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15.世間の狭さを実感した日

「着いたぞ」 学校から連れ去られ、ここまで辿り着くのにかかった時間は正味30分。 街外れにある寂れた倉庫。 え、もしかして俺ここでボコられるの? 「馬鹿な事考えてないで降りろよ」 俺の表情筋が素直なのか、橘さんが鋭いのか…。 呆れたように言った橘さんに続いて車を降り、砂利の敷かれた地面を踏みしめて倉庫へ向かった。 企業用の倉庫と比べれば、そこまで大きくはない灰色の倉庫。今はもう使われていないのか、人が通る用の小さなドアを開けて中に入ってみれば、物が何もない空間だけが広がっていた。 ただし、壁際に青と黒の赤のバイクが3台置いてある。黒じゃなくて黄色であれば信号だったのに。 中を見回している間に、橘さんは奥の壁に張り付いている階段を上り始めていた。よく見ると、この倉庫は二階建てのようだった。行くぞとかなんとか一言くらい言ってほしい。 置いてきぼりをくらった感に見舞われながらも、のんびりと後を追った。 カンカンという金属音を響かせてのぼった先。またしてもドアが一つ。 橘さんがノブを回して中に入ると、 「お、久し振りじゃん」 「あー!橘さんだ」 声が聞こえてきた。 どうやら中は部屋のようになっているらしく、数人の気配と声がする。 こっちをチラっと振り返ってニヤリと笑った橘さん。 なにその危ない微笑みは。 片眉を引き上げて警戒を表すも、大丈夫だとばかりに先に入っていく姿を見て諦めの溜息を吐いた。 そして俺も中に足を踏み入れた訳だけど…。 何これ。どういう事? 「うぉい!!愛唯さんだし!」 「えーーーーーーーーっ!?」 「めっちゃ久し振りじゃねぇか!!」 ただいま耳を塞ぎ中。静かにしたまえよキミ達。 俺の顔を見た途端、目玉が落ちるんじゃないかとこっちが心配になるほど驚愕している奴が4名。これは見知った顔だ。 やはり驚いているけれど声は発しない奴が3名。これは俺の知らない奴。 …そして…。 「あれ?なんで四葉君がここにいるわけ?」 そう、同じ学校の同級生、強面四葉君がそこにいた。これには俺が驚いた。 「なんだ、お前ら知り合いか」 20畳くらいある部屋の中央。いくつもあるソファの内、1人掛け用のソファに座った橘さんは、俺と四葉君を不思議そうに見ている。 「同じ学校。っていうかこれ何?どういう状況?」 一年以上会っていなかった昔の知り合いが4名。 見知らぬ3人の事はまぁどうでもいいけど、四葉君までいる。 その四葉君は3人掛け用のソファに1人で座っていて、俺と目が会うと少し横にずれた。どうやらそこに座れという事らしい。 遠慮なくドカッと腰を下ろした途端に、四葉君の長い腕が絡みつく。 「…眠ィ…」 そうだったよ。この人、俺のこと抱き枕か何かと勘違いしてるんだった。 横から抱きつかれ、肩に頭を乗せられ。…またしても寝る気か? まぁいいや、と正面を向けば、全員の目が俺達に向けられていてちょっとビックリ。 「四葉が誰かに甘えるなんて珍しいな。さすが愛唯」 「何がさすがなのかわからないんですけど…。ちなみに橘さんと四葉君って知り合いだったんだ?」 「あぁ。従兄弟だから」 「へ?従兄弟?」 寝耳に水。 それにしても濃い血筋だな、オイ。 感心しながら二人を眺めていると、そこで突然嵐が発生した。 それは、俺の知らない3人の内の1人が発生源だった。 「……橘さんと四葉さんには申し訳ないんですけど、俺その人嫌いなんですけど」 俺を指差しての言葉に、空気がビシリと固まった。 見れば、中学生っぽいまだあどけなさが残る容姿。 いつでも勝気なのは若い証拠。羨ましいね。 微笑ましく見守っている俺とは裏腹に、何故か四葉君から恐ろしいオーラが昇り始めた。 「ふざけた事言ってんじゃねぇぞ、森田」 ドスの利いた声に、森田と呼ばれた少年はビクリと体を震わせて顔を引き攣らせる。それでも彼は気丈に言葉を放った。 「…だって…、だってこの人、たかが顔がイイだけの普通の奴なのに、凄い人達に気に入られてるってだけでデカイ態度とってるじゃないですか!!」 わめいた瞬間。久し振りの顔見知り4人は爆笑し、橘さんは苦笑した。 森田少年は何故自分が笑われているのかわからず、益々苛立ちを込めたように俺を睨んでくる。 あ~ぁ、面倒くさいな、もう。 溜息を吐くと、それに気がついた四葉君が更に腕に力を込めた。ちょっと苦しい。 「あのなぁ、森田。お前らはこの一年以内にウロつきはじめたばかりだから知らないだろうけど、一年以上前まで愛唯さんはあの槇さんや苓さんと同じレベルで危険人物だったんだぜ?」 「…………え…?」 昔馴染みの1人が言った言葉に、森田少年を含めた3人の少年の目が驚愕の色を混じえて俺を見た。 イヤン、そんなに見つめられたら照れちゃうじゃん。 そう言ったら、橘さんが一言。 「無表情で言うセリフじゃないだろ」 すみませんね。表情作るのが面倒だったんですよ。 ベーと舌を出せば、何故かくっついている四葉君から頭を撫でられた。 なんだこの扱い。ペットか。子供か。 っていうか、四葉君と、ここにはいない無口な後輩の大樹って、どこか同じ匂いがするのは俺の気のせいか? カテゴリーはさしずめ“大型犬”。話す大型犬と話さない大型犬。 …なんだかなー…。 俺が内心でそんな「新事実発見!」をやっている間、いつの間にか話は徐々にヒートアップ。 「いや、誰かれ構わず半殺しにしてたぶん、槇さんよりヤバイ奴って言われてただろ。もうバーサーカーだよバーサーカー。それが気付けばこんな温和な子になっちゃって…」 さっき説明してたのが昔馴染みAとすると、これは昔馴染みBのセリフ。 そして次はCの番。 「まぁ愛唯ちゃんの素…っていうかその時の本性を知ってる奴は、絶対に愛唯ちゃんには手出ししないし逆らわない。キレたらヤバイってわかってるからねぇ。…でも、お前らみたいに最近ウロつきはじめた奴は、愛唯ちゃんのその姿を知らないだろ。だから、一見美人で温和な愛唯ちゃんを、槇さん達に気に入られているからってだけでデカイ顔してるって勘違いをする」 最後にDが一言。 「知らぬが仏っていうより、知らぬが地獄だよな。愛唯の昔を知ってる奴は、怖がって喧嘩を売る事もしねぇよ」 そう締めくくった。 そうか、多少の自覚はあったものの、当時の俺ってそんなにヤバイ奴だと思われてたんだ。槇さんとか苓ちゃんレベルって事は、相当最悪じゃん。 あぁ…、泣きたい…。 へこんでいる俺を尻目に、見知らぬ少年3人は今度こそ大人しく黙り込んだ。 後から知った事だけど、あの倉庫は四葉君のチームの溜まり場の一つだったらしい。 ちょうど四葉君に会いに行く用事があった橘さんは、1人じゃつまらないから…と俺を拉致ったようだが、本当に世間は狭い。 それに何度でも言うけど、濃い血筋だよな。

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