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16.クロちゃん

…出た…。 朝。学校へ向かう通学路途中。見覚えのある黒い塊が前方に立ち塞がっている事に気がついて、賢明な俺はすぐに足を止めた。 あれはダメだ。近づいてはいけない。脳内で赤い警告灯がグルングルン回っている。 他に迂回路あったかな。 そんな事を考えている内に、恐るべき速さで黒い塊が目の前に来た。 「さぁ、座りなさい」 「………」 相変わらずのクロちゃんは、どこから取り出したのか黒いミニテーブルを道路の真ん中に置き、その前に正座をした。 テーブルまで黒いんだね、なんて事はこの際どうでもいい。 自分の行動の全てが間違っている事に気がついていない様子が大問題だ。 「クロちゃんさー、」 「座って下さい」 「はい」 有無を言わさない一言。それに大人しく従って、クロちゃんの真向かいに胡坐をかいて座った。 いくらほとんど車が通らない道だからって、道路の真ん中にテーブル置いて男が二人向かいあって座っている、それはどうなんですか。なんだか俺まで変人のお仲間さんに思われそうで凄くイヤ。 微妙~な眼差しで見つめているのに、当の本人は全く気がつかない様子でタロットカードを取り出し、テーブルのど真ん中に置いた。 「さぁ、キミは今何を知りたいですか?」 「いや、別に何も…」 って本当の事を言ったら恨みがましい目で睨まれた。 俺にどうしろと? 「何かあるでしょ。よく考えなさい」 「…そう言われてもねー」 これは困った。なんだかまた俺の事を占おうとしているらしい。 なんで俺? あー、それだよそれ。今いちばん知りたい事。 「なんでクロちゃんが俺に付きまとうのか知りたい」 「………」 あれ、黙り込んじゃった。おまけに固まっちゃったし。 なに、どうしたの。 …と思ったら突然動きだしたよこの人。 え、カードを混ぜ始めてるけど、本当にそれを占う気? 綺麗に整えられていたタロットカードをテーブルの真ん中に広げて、両手でグチャグチャと混ぜ始めたクロちゃん。 「では今からご要望通りに、“明日の出来事”を占います」 「………」 え。 俺そんな事言った?言ってないよね?聞き間違いとかのレベルを超えてるよね? 「ではこのカードを好きなように混ぜて下さい。その際、明日の出来事を知りたい、と心の中で強く願って下さい」 俺が凝視しているのを完璧に無視して、まるで何事もなかったようにカードを示すクロちゃん。 仕方がない。こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃない。 なんでクロちゃんが俺に付きまとうんでしょうか。 どうしてクロちゃんは俺に付きまとうんでしょうか。 これから先、いったいどうなるのでしょうか。 よし。こんなもんでいいだろ。 グチャグチャにかき混ぜたカードの山。 「はい、混ぜましたー」 「では、その中から6枚のカードを選んで下さい」 無表情の中にも、クロちゃんからどことなく満足気なものが伝わってくる。俺が大人しく従っているからだろうね、きっと。 絶対に当たらないだろうという思いと、どういう結果が出るのかなという好奇心を抱えて、適当に6枚のカードを引き出した。 目の前にクロちゃんが手を差し出してきたから、選んだカードを渡す。 すると、もう用は無いとばかりに他のカードは鮮やかな手つきで纏められ、横に避けられてしまった。 怪しいけれど、カードを操る手付きは見惚れるくらいに綺麗。 「では展開します」 車が通らない民家の裏道だとはいえ、道路の真ん中でテーブルを挟んで座る男が二人。 どこからどう見ても可笑しいのに、クロちゃんの声はどこまでも厳かだった。 長い指が、裏面のまま横一列にならべた6枚のカードを順々にめくっていく。 全てのカードが表を向いたところで、クロちゃんが左右それぞれの端にあるカードを人差し指でトンっと突いた。 「今日はこの2つは省略します」 「省略とかしてもいいんだ」 「………。さぁ、始めますよ」 ……今スルーしたよね。実は省略しちゃダメなんじゃないの? なんか不安になってきた。大丈夫なのかな、この占い。 俺の危ぶむ眼差しなんてなんのその。全く気にしないマイペースなクロちゃんは、マイペースに結果を述べ始めた。 「明日の出来事、についてですね」 「うん」 本当はクロちゃんの事だけどね。 「ますは左から2枚目のカード。これはごく最近の過去の出来事を表します。聖杯の4。逆位置」 カードには、古めかしい絵柄の聖杯が4つ描かれている。 「最近、新しい出会いがありましたね」 ブッ ヤバイ。噴き出しそうになったよ。 たぶんクロちゃんは、明日の出来事に関連する何かだと思ってるだろうけど、俺がカードを混ぜながら考えたのはクロちゃんの事だからね。 合ってるよ。凄いなコレ。 「では続いて、現在の状況を示すカードは…。16番、塔の逆位置」 今度は、石の塔に雷が落ちて、人が落ちている絵柄のカード。なんとなく不吉に感じる。 クロちゃんの顔も、どことなく厳しくなったように見える。 「で、このカードはなんなの?」 「タワーの逆位置。…あまり良い意味ではありません。…そうですね…、何か詐欺にあったりしてますか?」 「…~~~っ」 もうダメだ!耐えられない! 「アハハハハハハハっ!!」 突然腹を抱えて爆笑し始めた俺に、クロちゃんは固まってしまった。 だって、詐欺だよ詐欺!クロちゃん詐欺師って事じゃん! もう涙まで出てきた。ここまで笑ったのはホント久し振り。 そしてそんな俺を放置して、平常心に戻ったらしい詐欺師クロちゃんは次のカードに手を伸ばした。 「次のカード。これはそれに関する障害を表します」 …はぁ…、笑い過ぎて死ぬかと思った。 俺が聞ける状態に戻るまで待っていてくれたのか、体勢を立て直して腰を落ち着けたところでようやくお告げが再開された。 「8番、剛毅の逆位置。これは以前も出た事がありますね。やはり全ては、アナタのその押しに弱い“事無かれ主義”が障害となっているようです」 「………」 俺そんなに事無かれ主義か? 最近誰かにもそんな事を言われた気がする。 …あぁ、橘さんだ。 えー、そんなに事無かれ主義に見えるのか? んー…、まぁいいや。 っていうかあれだよね。確かに、クロちゃんを遠ざけようと思えば出来るのに、別にどうでもいいからそのままにしてる。 あぁ、なるほど。納得。 うんうん、と小さく頷いているうちに、御神託は最後の段階へ。 「それでは最後のカードにいきます。これはごく近い未来を表します。…明日の出来事、とまでハッキリとは言えませんが、この数日の間に起きる事が出ています」 そう言って示されたのは、剣らしき物が描かれているカード。 「剣の7、正位置。…あまりよくないですね。人間関係において問題が発生しそうです」 あれだね、基本的に全部良くないカードだったね。 でも、そうか…。クロちゃんに付きまとわれた事によって、誰かといざこざが起きるって事か。 誰だろ。 「それでは今日はこれでお別れです。またお会いしましょう」 「は?」 考えている最中、ふと視線を上げれば、いつの間にかタロットカードは片付けられ、テーブルまでしまわれている。 道路に座っているのは俺1人。 神業レベルで行動が早い。 そしてまた何事もなかったかのように、クロちゃんは去って行ってしまった。 …なんだったんだ…。 そのまま唖然と見送っていると、背後から誰かの足音が聞こえてきた。 一度止まったその足音は、次の瞬間猛ダッシュに変わり、最終的に俺の背後でピタリと止まる。 振り向けば、無表情で見下ろしてくる背の高い無表情男が1人。 「あ、大樹だ。…一緒に行く?」 何故か俺に懐いている一つ下の後輩、大樹だった。 相変わらず一言も口を開かないままコクリと頷き、立ち上がって歩き出した俺の後をついてくるその姿。まるで大型犬の散歩をしている気分。 遠くの方で園中の始業チャイムが聞こえたような気がしたけど、俺と大樹は急ぐことなくのんびりと足を進めた。

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