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17.御神託的中
「愛唯さん、どういう事?」
「え?なになに。なんで志津ちゃん怒ってんの?」
2時間目が終了したと同時。突然教室の扉が開いたかと思えば、鬼の形相の志津ちゃんが飛び込んできた。
クラスメイトはそんな志津ちゃんの勢いに「なんだ?!奇襲か!?」なんて慌てふためいている。
でも薄情なもので、相手が志津ちゃんで、それが俺に向かっているとわかった瞬間、みんな何事もなかったように休み時間を過ごし始めた。
気分はスケープゴート。生贄のヤギさん。
「ちょっと志津ちゃん落ち着こうよ」
「俺は落ち着いてます!」
…嘘つけ…。
それはたぶんクラスメイト全員の意見だったと思う。
でも当の本人は皆の気持ちなんて全く気付かず、俺の腕を掴んで教室から引っ張り出そうとしている。
抵抗したらもっと怒られそうだから、ここは大人しく従ってみよう。
ぐいぐいと引っ張る志津ちゃんに連れられて、教室を後にした。
…覚えとけよ金田。
ちらりと振り返った後ろ。クラスメイトの金田がこっちに向かって合掌している姿が視界に入り、心の中で固く復讐を誓った。
そして押し込まれた場所。暗幕が引かれたままの薄暗い視聴覚室。
…いや、薄暗いを通り越して普通に暗い。
ドアが閉じてしまえば、外の喧騒が聞こえなくなって尚更暗さを増す。これで志津ちゃんの目がキランなんて光ったら、ヴァンパイアストーリーの主人公になれるね俺。
いまだ怒っている志津ちゃんから視線を横に逸らしてそんなくだらない事を考えていると、目の前で深~い溜息を吐かれた。
「…愛唯さん、なんで俺が怒ってるかわかってる?」
「ん~ん、全く」
首を左右に振った瞬間、目の前でガクリと項垂れられてしまった。それはもう脱力って感じで。
「なに、どうしたの志津ちゃん」
「どうしたのじゃない。少しは危機感を持とうって気はないの!?」
「危機感?…は常に持ってるけど」
「うーそーつーきー」
…うわ…、目が半眼になってるし。
ちょっと怖くなって一歩後退ったけど、その分だけ志津ちゃんが前進したら意味無いよね。
っていうか、さっきより近くなってない?まったく隙間がなくなってるよね?
志津ちゃんは俺よりホンの少しだけ背が高いだけだから、顔がぶつかってしまいそう。
ホストにでもなりそうな甘い顔立ちをした志津ちゃんのアップ。
俺はどうしたらいいわけ。
内心でウンウンと唸っていると、志津ちゃんの両手が俺の顔を左右から挟み込み、がっちりと固定して真正面以外向けないようにされてしまった。
「あの変人はどこの誰?」
「へ…、変人?」
って誰の事?
変人なんていっぱいいすぎて誰の事かわからない。
脳裏には、走馬灯のように色んな人の顔が浮かんでは消えていく。
「真っ黒い奴」
「あー、クロちゃんね」
あれはまさに変人だ。いや、変人っていうより変態?
志津ちゃんの見立ては正しい。
一人納得していると、間近にあった志津ちゃんの顔が更に近付き…
ゴツン
額がぶつけられた。
「ちょ…っと今のは痛かったかなー志津ちゃん」
「愛唯さんが答えてくれないから」
「え?何を?」
問い返せば、くっついたままの額を更にグリグリと押しつけられた。あまりに押すから背が仰け反る。
「し、志津ちゃん。荒川様のイナバウアーは俺には出来ないから!」
言外に「そんなに押すな」って事を伝えたかったんだけど、志津ちゃんは押すのをやめない代わりに、俺の顔を固定していた手を離して腰に回してきた。
…うん、確かに仰け反った背中は支えられて楽になったんだけどね。
なんか違わない?
どこからどう見ても抱きしめられている状況に、目を瞬かせる事しかできない。
「そのクロちゃんって何者?俺あんな奴知らないんだけど」
「いや…、俺も知らないし」
「え?」
それまで問い詰める尋問官のようだった志津ちゃんの顔が、途端に気の抜けたものになった。
そこでようやく、くっついていた額が離される。
「愛唯さん。知らない人とあんな道路のど真ん中で何やってんの」
「……あれ、もしかして見られてた?」
緩くなった表情の中、瞳だけは鋭い志津ちゃんに、少しだけ気まずいモードの俺。
だって志津ちゃんって、今はともかく、こう見えて昔は結構な喧嘩野郎として一部では有名だったんだよ。本気の目の鋭さは半端じゃない。
それにしてもクロちゃん。人間関係において問題が発生って、その原因はアンタのあの道路での行動だったんじゃないか…。
あそこで俺を占おうとしなければ、今のこの問題は発生しなかったんじゃないの?
あの時に告げられた、人間関係で問題発生という言葉。それを、元凶である本人に告げられる事ほど間抜けな事はない。
額が離れた事によって荒川様バージョンイナバウアー状態から元に戻ったものの、抱きしめられている事に変わりはなく。
もういいや…って面倒臭くなって、目の前にある志津ちゃんの肩に顎を乗せて寄りかかった。
「普通にしてても愛唯さんは変な奴に目を付けられるんだから、もう少し警戒しないと」
「んー…、クロちゃんは変人だけど、ヤバイ奴ではないって俺の本能が言ってるんだよねー」
「変人ってだけでダメ。許しません」
「えー」
互いの耳と口が近い為に小声でのやりとり。
なんか志津ちゃんって落ち着く。年下の癖に妙に頼りになるし。
…眠くなってきた。
制服越しに伝わってくる志津ちゃんの体温と、包み込まれる態勢からの安心感。
顎じゃなくて頬を肩に乗せて更に寄りかかると、それを支えるために志津ちゃんの腕の筋肉がぐっと少しだけ固くなった事がわかった。
「愛唯さん?」
「んー?」
「眠いの?」
「うん」
「じゃあオヤスミ」
「…んー」
背を優しくポンポンっと叩かれたかと思えば、俺を支えたまま志津ちゃんがゆっくりと床に座り込んだ。そして、開いた足の間に俺の体を上手い具合に当てはめて、眠りやすいように態勢を整えてくれる。
それに甘えて、幸せな夢の世界へ意識を飛ばした。
「オヤスミ。愛唯さん」
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