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19.昔日~槇との出会い~

中学3年の春。 まだまだ反抗鬼まっさかりだった死神は、魔王に出会った。 「最近この辺で暴れてんのはテメェか」 「だったら何?」 夜、路地裏でバッタリと出会った紅髪の魔王は、そりゃあもう、放つオーラが普通じゃなかった。 あー、これは一筋縄じゃいかないわ。 今まで地に沈めてきたその辺の輩とは全てが違う。負ける気はないけど勝てる気もしない。 面白くなりそう。 自然と顔がニヤける。本気で殺り合える人間なんてそういないから。腕と足がムズムズしちゃうよね。この兄さんを沈められたら、そりゃもう天にも昇る気持ちだろう。 「あまり好き勝手されても面白くねぇんだよ、クソガキが」 「弱い奴が悪いんでしょ。怪我したくなかったら大人しく家で寝てればいい」 バカバカしくて鼻で笑う。弱肉強食の連鎖に巻き込まれたくないなら“場”に出るな。それが当たり前。そんな事、目の前に立つこの人はわかってると思うけど。 案の定、紅髪魔王は鼻先でフッと笑った。 「“弱い奴は大人しくしてろ”…よくわかってんじゃねぇか」 意味ありげなその一言。 言いたい事がよくわかった。今から俺を沈める気だ。…で、弱い奴は引っ込め、と。 ハハハ、俺も随分舐められたものだねぇ。 「じゃあ、明日からアンタはこの辺歩けないねー」 目を眇め、薄ら笑いでそう挑発すれば、魔王の体から一気に殺気が溢れだした。 どうやら本気らしい。 魔王の鋭い眼差しに見据えられて、アドレナリンが沸々と湧きあがる。 楽しくて高笑いしちゃうよ俺。 「そんなデカイ口叩けるのも今だけだ」 魔王様の静かな呟きに、その場の気温が数度下がった気がした。 やっぱり只者じゃないよ、この人。今まで会った中で、たぶん一番強い。腕も、精神も。 路地裏で邪魔者はいない、という事で、俺達は遠慮なく拳を繰り出した。 「…ッ」 当たり前だけど見事に人体の急所ばかり狙ってくる打撃。足技。間一髪で避けながらカウンターを狙っても、それが決まらない。 急所を狙えば体を捻って避けられる、そして逆にこっちの急所を狙われて咄嗟に避ける。体を反転させて、膝を狙った蹴りを不発に終わらせ、代わりにこっちは鳩尾を狙って足を突き出す。 互いに殴り合い蹴り合ってはいるものの、確実に急所から外れる為に致命傷にはならない。 「…ック!」 「チッ」 こめかみを狙ってきた拳を腕で防げば、途端に聞こえてくる舌打ち。 ざまーみろ。そう簡単にくらってたまるか。 代わりにこっちは脛を狙って蹴りを繰り出す。脚に当たりはするものの、狙ったはずの位置は避けられる。 急所を外しているだけで攻撃自体は受けている為に、徐々に疲労と打撲痛が全身を覆う。時間を追うごとに呼吸は荒くなり、体の動きは鈍くなる一方。 でもそれはお互い様で、無表情な魔王の肩が、荒い呼吸の為に上下に動いているのがわかった。 致命傷を与えられない事で、勝負が決まらない。ただひたすら殴り合い蹴り合う。消耗するのは体力と忍耐。 反射神経という本能からの指令に体の動きがついてこなくなった俺達の顔や体に、傷や痣が増え始めてきた。 「お前…、意外とやるな」 「それはどうも。アンタも強いね」 拳が止まった。 なんなの、この妙に居心地の良い空気は。 ライバル・戦友・同士。そんな陳腐な言葉が思い浮かぶ。 だってこの兄さん、純粋に喧嘩を楽しんでる。他の奴らみたいな醜い二心が全く感じられない。 地に沈める事が出来ないのに、それを苛立つよりワクワクする方が大きい。 楽しい。楽しくて仕方がない。 「もういいや。やめ、終わりー」 いっそ清々しい程の殴り合いに、心が晴れ渡る。久し振りだ。こんなに気分がいいのは。 ヘラリと笑いながら、大の字で地面に寝転がった。 すると、少し離れた横で、紅髪魔王も同じように地面に寝転がったのが視界の端に映った。 「今日のところは引き分けだ」 「次は俺が勝つからねー」 「フッ、言ってろ」 あ~ぁ、余裕だよこの人。格好良いねぇ。 アドレナリンとエンドルフィンの放出が止まった途端に、全身の至るところから鈍い痛みを感じる。口端がピリピリ痛むって事はたぶん血も出てるだろうし、たぶん明日は色とりどりの恐ろしい様相になっているはずだ。2人共に。 心地良い疲労感に身を任せて目を閉じた。このまま眠りそう。っていうか眠れる。 朝日を浴びたら灰になるかもねー、なんてくだらない事を考えていたら、何やら紅髪さんが身を起こす音が聞こえた。 そして気配が近づいてくる。 殺気は感じられなかったから、警戒する事もなくそのままでいたんだけど…。 「…なに、この体勢」 あまりに気配が近すぎたから目を開けてみれば、何故か紅髪さんが俺の顔のサイドに両手を着いて真上から見下ろしているではないか。 打撲痕や所々の流血で人相が悪くなっているけれど、それでもわかる男前が俺に覆いかぶさっているこの状況。殴り合っている時よりギョッとした。 「面を覚えとかねぇとな」 「覚えなくていいから。アンタ面白いけどなんか面倒くさそうだし」 そう言ったら、何が楽しいのか紅髪さんはクククククッと悪役さながらの笑いを披露してくれた。 挙句の果てには、 「………は?」 なんか更に顔が下りてきたと思ったら唇に触れた感触が…。 「なに、どういうつもり」 「したかったからした、意味はねぇ」 本能に忠実なのもいい加減にしろと言いたい。いきなり俺のスイートな唇を奪うなんてありえないだろ。 「この貸しは高いよ」 「借りといてやる」 どこまでも偉そうなのは、魔王だからに他ならない。 一発殴ったらまた戦いのゴングが鳴るだろうか…、なんて考えている俺の耳に、聞き慣れない声が届いた。 「槇、何こんな所で襲ってんだよ」 その声に、魔王は溜息と共に舌打ちをした。 ……っていうか、 「………槇?」 なんだその聞き覚えのある名前は。 ボソッと名を呟くと、俺の上から退いて立ち上がりながら、なんだとばかりにこっちを見る魔王。 うわー、嫌だー。強いはずだよこの人。紅髪で喧嘩が強い槇さんって言ったら、かの有名な鬼じゃないか。 っていうか、 「槇さんに“暴れてる”とか言われたくないし」 最初に言われた言葉を思いだしてぶつくさ文句を言った俺は悪くないと思う。だって槇さんっていえば、俺より問題児って事で有名な人だ。 微妙な気分になりながらも立ち上がれば、槇さんは迎えに来たらしい人の方へ向かって歩き出している。 そして、路地裏を出る直前にこっちを振り返り 「またな」 そう言って、今度こそその姿を消した。 「なんだよ、もしかしてあのお嬢ちゃんの事気に入ったのか」 「さぁな」 槇を迎えに来た橘は、珍しく機嫌の良い相棒にチラリと視線を向けた。 その視線の先にいる槇は、愛唯の事を思い出し、 (可愛い面して化け物並みに喧嘩が強いなんて、そんな面白い奴にはそうそうお目にかかれねぇ) うっすらと笑みを浮かべている。 そのなんともご機嫌な表情を見た橘は、先程組み敷かれていた少年を脳裏に思い浮かべ、ご愁傷様とばかりに肩を竦めた。

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