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21.クローバーは本当に幸運を運ぶのかどうか

「久世。アイツをどうにかしろ」 「へ?」 廊下の途中でかけられた声に振り向けば、そこに四葉君がいた。相変わらず、スキンヘッドに刻まれた炎のタトゥが目を惹く。 …っていうか“アイツ”って誰。 棒付きのアメを咥えていた為に言葉が出ず、かわりにコテンと首を横に傾げた。 アメを口から出せばいいだろとか言うなよ。空気に触れたら味が変わっちゃうじゃないか。 って事で行動で疑問を表せば、四葉君はハァ…と深い溜息を吐いた。 「チェシャ野郎だよ」 「フェファファオウ?」 「…口からアメを出せ」 「ッブ」 抵抗する間もなく、突然伸びてきた手に口から出ていた棒を掴まれて思いっきり引っ張られた。 そして今、俺の愛用している棒付きアメは四葉君の手に。 「…あ、食べた…」 更に今、そのアメは四葉君の口の中。 食べ物の恨みは恐ろしいという事を知らないのかコイツは。 「なに怒ってんだ」 「それ」 俺の不機嫌な顔に、なんかちょっとだけびびってる四葉君の口元を人差指でビシっと指し示す。 「お前…、アメくらいでケチケチすんな」 「減る」 「そりゃ減るだろ」 「返せ」 「…へぇ…、返してほしいか」 四葉君が凶悪にニヤリと笑った。 え、何このイヤな感じ。 と思った瞬間に腕を掴まれて思いっきり引っ張られた。そして四葉君の体にぶつかって止まる。 「ちょっと、なんだよいきなり」 「お前が返せって言ったんだろ。だから返してやろうかと思ってな」 「待て待て待て待て」 顎先に指を掛けられて上を向かせられた時点で、ようやく四葉君の言っている意味が理解できた。 まさかの“溶けた飴を含んでいるであろう唾液返し” 「溶けた分をそのまま返せなんて言ってない!」 「なんだ、じゃあ減った分は諦めろ」 そう言った四葉君は、俺の口に無理やりアメを突っ込んできましたとさ。アメが戻ってめでたしめでたし。 ………いや、そうじゃなくて。 っていうか思いっきり棒ごと突っ込むから、アメが前歯に当たってめちゃくちゃ痛かったんだけど。 しょうがないから口からアメを取り出した。会話が出来なくなるからね。仕方がない。 「チェシャ野郎って誰」 「……まさかお前、それ本気で言ってる?」 「俺はいつでも本気です」 あ、いま絶対に“嘘つけこの野郎”とか思ったね、その顔は。失礼な。 またも溜息を吐いた四葉君は、面倒臭そうに口を開いた。 「志津だよ。志津奏」 「は?志津ちゃん?」 「いつもヘラヘラしてっから、裏じゃそう呼ばれてんだよアイツは」 「あぁ、そういえば呼ばれてたねぇ…」 確かに普段はヘラヘラしてるし、チェシャ猫とか呼ばれてたわ、うん。 「で?どうにかしろって、志津ちゃん何かしでかした?」 「うちのクラスのアホを誑かして捨てた」 「はい?」 「…って騒いでんだよ、小っせえのが。昨日から女みたいにグズグズ泣きやがって鬱陶しい」 「…はぁ…、そりゃ鬱陶しいわ」 思わず溜息吐いちゃったよ俺も。 そういや志津ちゃんって、中学ん時から男女問わず小っさいのにモテてた気がする。でも、優しい割にそういうところは結構ドライなんだよなぁ。 優しくされて勘違いした子が、勝手に熱を上げてつきまとって、それで結局は志津ちゃんに勘違いすんなって言われて…。 …あぁ…、よく知ってるパターンだ、これ。 「俺にどうしろって?そんなん志津ちゃんに言えばいいじゃん」 「俺が言ってもアイツは聞かねぇよ」 「あぁ、…あの子は人当たり良く見えて実はそうでもない子だからねぇ」 イチゴ味のアメが付いている棒を指先でクルクル回しながら、しみじみと呟く。 「だからお前がなんとかしろ、っていうかしてくれ。毎回毎回マジでウザイんだよチビどもが」 「だから、なんで俺」 「アイツが言う事聞くのはお前だけだろ」 「………んー」 そうだったような気もするけどねー。 ん~、そうかもねー。 「わかったよ、わかりましたー。志津ちゃんに、あっちこっちに気ぃ持たせんのやめろ、って言っておく」 「悪ぃな」 「この貸しは高いよ」 棒の先端に付いている赤いアメをビシっと向けて言うと、四葉君は微かに笑いながら「じゃあな」と後ろ手に手を振って行ってしまった。 四葉のクローバーが幸運を運んでくるなんて言ったの誰だ。運んできたのは“幸運”じゃなくて単なる面倒事だったんだけど…。 口に入れたアメをガリっと噛み砕きながら、四葉君の後ろ姿を見送った。

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