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23.変人vs無口
放課後。
昇降口に辿り着いた俺の目に映ったのは、下駄箱に寄りかかって立っている大樹の姿だった。
ポケットに手を突っ込んで俯きがちに目を閉じている姿は、欲目無しにかっこいい。どこからどう見ても硬派な男前だ。
それなのに、どこで道を踏み外して俺なんかに懐いちゃったんだろうね。もったいない。
そんな事を思いながら大樹に近づいた。
いや、違う。その言い方だと少し語弊がある。正確に言えば、“大樹”に近づいた訳じゃない。大樹が寄りかかってるのって、俺の下駄箱のすぐ横なのね。だから必然とそうなるわけだ。
靴を取り出して、履いている校内用のスリッパと交換。
誰かと待ち合わせでもしてんのかなー、って何気なく視線を向けてビックリ。いつの間にか大樹の瞼が開いて俺を見ていた。
や、とりあえずなんか言おうよ。心臓に悪いから。
「あー…、誰か待ってんの?」
「………」
「へぇ、そうなんだ。じゃあな」
いつものように頷くだけの大樹に片手を上げて靴を履き、昇降口を出る。
「………」
「………」
「………もしかして、待ってたのって俺?」
「………」
またも頷く大樹。
うん、そうだよね。じゃなきゃなんで俺のあと着いてくるのって話だもんね。
昇降口を出てすぐ、背後に感じる大樹の気配。俺が止まれば大樹も止まり、俺が歩けば大樹も歩く。
ハーメルンの笛吹きじゃないんだからさー。
もうね、ホント可愛いよ。頭撫でたくなる。
「大樹っていつも歩き?」
横に来た相手を見て問えば、無言でコクリと頷かれた。なにこの外見とのギャップは。癒されるじゃないか。
それにしても、この外見で“癒し要員”だなんて詐欺じゃない?外見的には癒し要員なはずの苓ちゃんなんて腹黒悪魔だし。本当に外見って当てにならない。
まだ夕暮れには早い時間。爽やかな蒼色をしている空の下、正門を出て右へ曲がる。
その爽やかな景色に一点の黒。
……黒?
「………クロちゃん…」
なんでココにいるの、マジで。
脱力してピタリと足を止めれば、大樹も一緒になって立ち止まった。その眼差しは鋭く、前方に立ちふさがる黒い物体を睨みつけている。
そりゃそうだ。大樹も警戒しちゃうくらいに怪しいよ、クロちゃんって。
なにあの変人オーラ。めちゃくちゃ目立ってるし。
「大樹ー、なんか危ないから回り道しよっかー」
すぐ横にある児童公園を示して言えば、それがいい、とばかりにコクリと頷く大樹。
よしよし。それじゃあ公園を横切って迂回しようね。
「待ちなさい少年!」
…少年って、……誰?
あぁ、
「ちょっと少年!なんかあの人に呼ばれてるよ」
「え?え?俺?え?」
横を通り過ぎた見知らぬ少年の腕を掴んで呼び止めると、俺の言葉と視線の先にいるクロちゃんを見てアタフタしている。
「じゃ、そういう事で」
片手を上げて少年の健闘を祈りながら、すかさず公園へ……、行けなかったんだよねぇこれが…。
俺の腕を掴んでいる黒い人。少しだけど俺より背が高いのに、何故か上目使いで見ている黒い人。
…っていうかアレだよね。結構距離が離れていたのに、なんで一瞬でここまで来れるかな。
気が付けば、生贄少年の姿は影も形も見えなくなっていた。当たり前だけど逃げたらしい。
溜息を吐く俺の腕を掴むクロちゃんの腕を掴む大樹。
なにこの三つ巴。とりあえず、俺も大樹の腕を掴んだ方がいいのだろうか。
絡まっている腕を眺めた後に顔を上げると、俺を放置して大樹とクロちゃんが見つめ合っていた。
熱い熱い。物凄く情熱的だよ、うん。
「その腕を離しなさい」
「………」
「なんですかその目は。言いたい事があるなら言葉で話しなさい」
「………」
「離しなさい話しなさい」
…え、クロちゃん、今の笑った方がいいの?ちょっと寒かったんだけど。
俺と大樹のシラーっとした空気に気が付いたのか、クロちゃんはゴホンと咳払いをして俺の腕から手を離した。
それを見て。大樹もクロちゃんの腕から手を離す。
「で、なに、クロちゃん」
「…クロちゃん…」
果てしなく嫌そうな顔をしている。
だって名前知らないんだからしょうがないじゃん。
「…まぁいいでしょう。今日は貴方に大切な話があって来ました」
クロちゃんの大切な話=どうでもいい話、だよな、間違いなく。
「聞きたくないっていう選択肢は」
「ありません」
「だよねー。……って、ん?」
突然背後から何かに包まれた。振り向くと、すぐ横に大樹の男前な顔がある。
何故抱きしめられているのかわからないけど、その鋭い目はクロちゃんを睨んでいる。どう見ても威嚇だ。
でもさすがは変人クロちゃん。大樹の睨みを真正面から受け止めても、まったくもって平静な様子。
ホントに何者なんだろうね。ただの変人ではなさそうだ。強いて言えば、怪しい変人か?
「それで、今度は何事?」
ゴーイングマイウェイのクロちゃんから逃れたければ、とにかく話を聞くしかない。
そんな俺の態度に、クロちゃんはいたく満足したらしい。ニヤっと笑った。
「朝も昼も夜も365日貴方の事が気になって気になって仕方がなかったので、占ったんです」
「………」
…ストーカー?
いやいやその前に、クロちゃんと出会ってから365日もたってないから。
若干引き気味の俺と大樹を気にもせず、得意気なクロちゃん。
「明日は絶対に年上の男に近づかないで下さい」
「は?年上の男?」
なんなんだ一体。
「出たカードは皇帝の正位置と悪魔の正位置。年上に近づいたら貴方の貞操の危機が訪れます」
「………へぇー……」
いや、だからそれ以外にどう言えと。
悪いけど俺は強いよ?槇さんレベルになったら苦戦するけど、そもそもあの人達は別格だ。その辺の野郎には100%勝てる自信がある。
…待てよ…、もしかして、年上で俺の貞操を狙えるって言ったら…。
うん、槇さんか苓ちゃんか橘さんあたりだね。間違いなく。
そういう事?そういう事なんですか?
思い当たる節がボロボロと出てきた。
「…わかった。あの3人には近づかないようにします」
「3人?」
人物までは占えなかったクロちゃんは、3人という具体的な数字にコテっと首を傾げた。
あらら。ちょっと可愛いじゃないか。
…と思ったのが伝わったんだね、うん。
物凄い力で引っ張られてるよ、後ろに。
「ちょっ…、大樹、苦しい」
「………」
無理やり引き摺られ、後ろ歩きしている状態から体勢を立て直して見てみれば、大樹の顔がムスっとしているのがわかった。
なんで俺の心の中がわかちゃうんだろうね。空気読み過ぎも大変だ。リード・エアの精神をクロちゃんに分け与えたらいいと思う。
しょうがないからクロちゃんに向かって「アデュー」と手を振ったら、にこやか~にお見送りをされてしまった。
本当になんなんだ。
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