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25.大樹の日常の一幕
愛唯の前では一切口を開かない高校一年生。大樹。
強面の男前で喧嘩も強く、学校内外で、そこそこ名が知られている。
彼の声を聞いた事がない愛唯は内心思っていた。大樹は何かの病気で喋れないのだろう…と。
「ちわっす、大樹さん」
「あ、大樹さん。八代さんがさっき探してましたよ」
「……うるさい」
………、はい。愛唯のいない所では喋ってましたこの人。
無口とは言えど、愛唯が思っているのとは違って心身ともに健康体なのだから喋れないなんて事があるはずもなく…。
ぶっきらぼうに一言で切り捨てるその姿は、愛唯の前で見せる可愛い大型犬のような様子とはまったく違っていた。
学校帰りにそのまま繁華街へ向かった大樹は、知り合いから声をかけられる度、それを適当にあしらっていく。
無表情で眼光鋭い大樹を恐れる人間は多いが、まったく何も感じない人間もいた。
「あれ?大樹」
歩く大樹の後ろ姿に声をかけた人物が一名。
それまで大樹に視線を送っていた通りすがりの少年は、そんなに気安く呼びかけるなんて誰だよ?!とギョッとした様子で振り返るも、その人物を目にした瞬間、鉛でも飲み込んだような重い顔をしてすぐさま歩き去って行った。
「………志津」
後ろから大樹に声をかけたのは、同じ学校の同級生、志津奏だった。
ホスト風の優男に見える志津が、実は敵対する相手には容赦ないという物騒な人物だと知る者達は、咄嗟に目を逸らして歩き去って行く。
それぞれ単品でも目立つのに、2人一緒ともなれば相乗効果で空気は重いし関わったら危険だし、で、気配を消して通り過ぎるその他の通行人たち。
そんな彼らを尻目に、2人は歩道のど真ん中で立ち止まって向き合った。
「屋上で愛唯さんと一緒にいた時のあれ、なんなんだよ」
「あれ?」
「あの態度の事だよ。豹がラブラドールの振りしてるみたいでしたけどー」
「………うるさい」
以前、屋上で愛唯と会った時、その横に大樹がいるのを見て驚いた志津は、更に大樹の穏やかな態度にビックリした事を昨日の事のように思い出していた。
いつもは近寄りがたい空気をまとっているくせに、愛唯と一緒にいる時は無害で穏やかな、まるで別人のような空気を醸し出す。
お前は二重人格か。と志津が思うのも無理はない。
「今だって、お前と目を合わさないようにしてる奴が山ほどいるっていうのに…」
「………」
志津の言葉を聞いてチラリと視線を流した大樹。
偶然にもその視線の先にいた中学生男子は、鋭い眼光にかち合ってしまい「ヒッ」と呻き声を漏らして足早に去ってしまった。
それを見た大樹は志津に視線を戻すも、顔には「だからなんだ」という表情が浮かんでいる。
「この猫かぶり野郎」
「チェシャ野郎が」
お互いにムッとしたまま見つめ合う。というより睨みあう。
誰もが2人を避けて通る為、半径1メートルの空間が出来ている事にまったく気が付いていない。
そんな時、
「あれ…?2人で何やってんの」
聞き覚えのある声に、2人は勢いよく振り向いた。
「愛唯さん」
「…………」
歩み寄って来たその人物を見て、大樹は途端に口を閉ざして穏やかな空気をまとう。その鮮やかな変貌ぶりに、志津が呆れた眼差しを向けてしまったのは言うまでもない。
「あぁそうか、2人は友達だったんだよね」
「………」
「………」
顔見知りだとは言ったが友達だなんて言ってない。一言も。
固まってしまった2人に気付かず、愛唯はご機嫌にニコニコと笑っている。
「ここで会ったのも何かの縁って事で、今から3人でカラオケ行かない?」
「愛唯さんとカラオケとか最高」
「………」
大樹も無言で頷く。
志津の脳裏に、愛唯の前では口を開かないお前がカラオケに来てどうすんの、という言葉が浮かんだが、結局それは口に出さずに飲み込んだ。
そんな2人を連れて愛唯は意気揚々とカラオケへ。
まさか直前までの大樹が強面全開だったなんて知る由もなく。
愛唯が好きだから、愛唯を前にすると幸福感と緊張で大人しくなる大樹。
呆れた溜息を吐いた志津を不思議そうに眺めた愛唯だけが、まったく意味がわかっていなかった。
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