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26.クロちゃんの正体

今、目の前にある状況を整理しようと思う。 ゴツイ高校生男子が3人。そして、可愛い高校生男子が1人。 場所は、繁華街のメイン通りから一本中に入った裏通り。 可愛い高校生男子が、ゴツイ高校生男子2人に地面に押さえつけられ、もう一人のゴツイ高校生男子が可愛い高校生男子の上に圧し掛かっている。 そして会話。 「顔が女っぽいって事は立場も女なんだろ?」 「「ギャハハハハハ!」」 「いつも突っ込まれて喜んでんだろ?」 「そうに決まってる!」 「暇な俺達の相手してくれてもいいだろうが」 「その制服、園中だろ?相当乱れてるって聞いたぜ?」 「「ギャハハハハハ!」」 「俺らにもイイ思いさせろや」 誰がどう見ても、これから何が始まるのかわかる。 レイプだ。 愛唯は、普段のヘラヘラした様子からは想像もできない程、その顔を怒りで凍て付かせていた。 そして、偶然その裏通りに入り込んだ長身の男子校生が、そんな愛唯の姿と、もつれ合う4人の男子校生の姿に気付いて立ち止まった。 …愛唯さんじゃん。……って、ヤベッ!あの顔、死神時代の愛唯さんじゃねぇか! 更に偶然な事に、その長身男子校生は、愛唯の昔を知っている人間だった。 そんな彼の前で、殺気を通り越して殺意を滾らせた愛唯がゆらりと歩き出した。 「うちの学校の子に何やってんの?」 緩い口調の愛唯の声に気付いたらしく、ゴツイ3人が一斉に振り向く。その隙間から、抑え込まれている可愛い男子校生の顔が見えた。 それは、以前学校の屋上で志津が連れていたクラスメイトのリス君だった。 チラリと見えた姿から、たぶんそうだろうと予測していた愛唯は、その予測が当たっていた事を知って双眸を細める。 嫌いな暴力行為の第一位。 『レイプ』 こいつら全員殺してやる。 そんな愛唯の胸の内など知らぬ男達は、 「つまんねぇから下の処理をしてもらうんだよ」 そう得意気に言って、またゲラゲラと笑いだした。 愛唯の登場に一瞬顔を強張らせたものの、その容姿を見て反応は一転した。甘い端正な顔立ちを見て獲物が増えたとでも思ったのだろう。 「それ本気で言ってんのー?」 「本気に決まってんだろ。コイツよりお前の方が綺麗なツラしてんじゃん、待ってろよ。こっち犯ったらお前も可愛がってやる」 「園中の性奴隷が2人。俺達ついてるー!」 そんな様子を後ろから見ていた長身男子校生は、さすがにこれはヤバイと顔を引き攣らせた。間違いなく死神化している愛唯を、自分が止める事は出来ない。無理だ。 だからと言って、愛唯が殺戮行為に走るより先に馬鹿男3人をぶちのめせるほど、己の力量は高くない。 誰か呼んだ方がいいかもしれない。 そう考えて長身男子校生が踵を返そうとした時、厳かに死刑宣告が告げられた。 「………死ね」 愛唯がとうとう切れた。 ヤバイ! これは誰かを呼んでいる間に死人が出る。こうなったら、自分も殺される勢いで飛びこむしかない! と、一歩踏み出した瞬間、長身男子校生の横を黒い影がスッと通り抜けた。 ………え? 「グハッ!!」 まずは、リス君の上に圧し掛かっている汚い面を排除ー。 ローキックを鼻面にぶちかまし、派手に血を噴き上げたそいつの顔面に改めて蹴りを入れる。 あ、なんか白い物が飛んでったけど、歯か? 喉奥から込み上げるクツクツとした笑いが抑えられない。なんだろうこの感覚。久し振りに血が沸騰して熱くて熱くて仕方がない。今ならコイツら全員殺せるよ。 リス君の顔が青褪めてるけど、それはそうだよね。男に犯されようとしたなんて、怖いに決まってる。 待ってろ。すぐに俺が助けるから。 頭の片隅に甦る記憶。 『バイバイ』 昇降口で手を振ったそれが、家に帰る為の別れではなく永遠の別れになるなど、想像もしてなかった。 『亜矢美、一昨日の夜レイプされたの』 亜矢美の親友が泣きながら教えてくれた。 『ショック受けてたけど、家に帰って落ち着いたら、こんなの大丈夫だって言って笑ってて…。それなのに…っ…』 中学の時に仲の良かった亜矢美は、美人で優しく、そして気風の良い姉御肌だった。 そんな性格だから、自分を思って泣いている親友をそれ以上心配させたくなくて、強がったに違いない。 でも、負った傷はあまりにも深かった。 あの気丈な亜矢美が、みんなが寝静まった深夜に、…マンションの屋上から飛び降りてしまうなんて…。 現在と過去の情景が混ざり合い、怒りで目の前が真っ赤に染まる。 リス君を襲おうとした3人が、亜矢美をレイプした犯人とダブって見える。 こんな奴らは死ねばいい。何故亜矢美が死んでこいつらが生きているのか。 「…なぁ、おかしいだろ?」 そう呟くように問いかけながら首を傾げると、血に塗れて顔面全てが赤く染まっている男がこっちをじっと見つめている事に気がついた。その顔は恐怖と焦燥に歪んでいる。 でも、こいつはまだ生きてる。のうのうと生きてるじゃねぇか。 地面にへたりこんでいるそいつ目がけて、シルバーの指輪をはめている拳を斜めに振りおろす。 「…ヒッ!!」 「…………」 俺の拳は、そいつに届く事はなかった。 斜め後ろから伸びてきた腕。細くも引き締まったその長い腕が、俺の拳を止めた。 制裁を邪魔するのは誰だ。 ゆっくりと斜め後ろを振り返ると、そこにいたのは…。 「………クロちゃん?」 思わぬ人物の登場。 え?なんで?…っていうか、クロちゃんのくせに俺の攻撃を軽々と止めるなんて…。 あまりに驚きすぎて、なんだかハッと目が覚めたような感じ。 え…っと…。 なんだ? 今俺は何をしてたんだ? 瞬きと共にサーッと開けていった視界に映るのは、血まみれで地面に這いつくばっている3人の男。そして、目を見開き、怯えた顔をして俺を見る華奢な子。 あ、この子、志津ちゃんの友達のリス君。 突然、走馬灯のようにこの数十分の記憶が脳裏によみがえってきた。 狂った自分。 止められない怒り。 封印したはずの、死神だった頃の自分。 「間違えてはダメですよ。悪いのはアイツらですから。あなたがそんな顔をする必要はない」 呆然としているところへ聞こえた、落ち着きのある澄んだ声。 ビクッと肩を揺らして横を見れば、腕を掴んだままのクロちゃんが、穏やかな表情で俺の事を見つめていた。 深い黒曜石の瞳。初めてまじまじと見つめたクロちゃんの瞳は、とても綺麗で鋭く研ぎ澄まされたものだった。 そこで不意に何かが記憶を過った。 「あれ?…その目、どこかで……」 黒い髪。漆黒の瞳。俺を止める事が出来る程の強さ。落ち着き。 そして、大変な時にだけ現れて手を貸してくれる。 「………もしかして、顔無し君…?」 昔は顔面包帯グルグルで目しか出ていなかったから、切れ長のその目だけは強烈に覚えている。 いま目の前にいるクロちゃんの目は、記憶の中にある顔無し君のそれと同じだった。 『死神の影』とまで言われた顔無し君の瞳を、俺が間違えるはずがない。 まじまじと顔を凝視しつつ当時の通称を呼んだら、クロちゃんの顔がフッとほころんだ。 間違いない。クロちゃんは顔無し君だ。 驚きと歓喜と懐かしさ。それと同時に感じたのは、 ………顔無し君って変人だったんだ…。 という残念感。 当時は一言も喋らなかったし、喧嘩の時にしか現れなかったからわからなかったよ。俺の中では、無口で頼りになる粋な奴ってイメージだったのに。 なんだろう、このガッカリ感…。 よくよく見れば、顔立ちは地味に端正。ただ、そのキャラが強烈な為に地味端正顔が目立たないという罠。 「……なんで占いなんてやってんの?」 「趣味です」 「………へぇ…」 なんか一気に疲労感が襲ってきた。 えーっと、何してたんだっけ? 掴まれていた腕を取り戻して周りを見渡せば、さっきの血だらけ男達が消えていた。 「あれ?」 と、更に後ろを振り向けば、見知らぬ長身の男子校生が血だらけ男達をひとまとめにして壁の隅に寄せていた。 俺の視線を感じたのか、その男子校生君はハッとこっちを振り返り、 「あ、コイツらの顔を撮って仲間内に一斉送信したんで、もうこの辺で悪さは出来ないっすよ」 なんて事を真顔で言い放った。 よくわからないけど、良い奴だと思う。 「ありがと、助かる」 満面の笑みで礼を言えば、男子校生君は顔を真っ赤にして「うー」とか「あー」とか、わけのわからない呟きを残して走り去ってしまった。 ………なんだったんだ…。 「あ、あの」 今度は後ろから声が聞こえた。 そうだよ、忘れてた。 「え~っと、ごめんね?なんか余計に怖い思いさせちゃって」 さっきの自分を思い出せば気まずくて仕方がない。 困惑しながらリス君を見れば、もう既にきっちりと制服を着て何事もなかったようにそこに立っていた。 「いえ!…ちょっとビックリしたけど、余計に怖かったなんて思ってません!ありがとうございました!」 物凄い勢いで頭を下げられてしまった。いやいや、参ったね。 「アイツらはもうこの辺には出没しないから、安心していいよ」 「何かされる前に愛唯さんが助けてくれたし、女の子じゃないんであれくらい大丈夫です!逆に、抵抗できなかった自分がムカつきます。…明日から、道場に通う事に決めました!」 「うん、いいんじゃない」 志津ちゃんが仲良くするだけあって、根性はあるらしい。近づいて頭をワシワシと撫でまわしたら、気持ち良さそうに目を細められた。 いやー、可愛いね、この生き物。 そう思わない?クロちゃん、 と振り返ったら、いつの間にかもうクロちゃんの姿はなかった。 「神出鬼没なのはホント相変わらず」 さすがに俺も苦笑い。 …顔無し君がまた現れたと槇さん達にバレるのは、そう遠くないような気がする。 平穏なんて夢のまた夢だよ。 でもまぁ、こんな驚きの再会がある日常も、いいんじゃない?

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