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27.昔日~苓ちゃんとの出会い~
愛唯。中学三年生の夏。
もうすぐ待ちに待った夏休みが訪れるという頃。
数ヶ月前に知り合った槇さんとも、あれからたまに顔を合わせたりするけれど、特に喧嘩を売ってくるわけでもないところが不気味でしょうがない。それどころか、何故か親しげに話しかけてくる。
橘さん曰く、
『愛唯の事が気に入ったみたいだな』
という事らしい。
魔王ともいわれている槇さんに気に入られる要素がまったく思いつかないけど、まぁなんでもいいや。
楽しければいい。
そんな刺激的な日々に、更なる刺激が追加されるなんて…。ホントに世の中って何が起きるかわからない。
「俺に負けたら下僕ね」
「…………誰が?」
って聞いた俺は悪くない。
だって突然目の前に美人な兄さんが現れて、ニッコリ腹黒く笑ってそんな事を言われて疑問に思わない奴がいる?
いないだろ。
っていうかそれも何故いきなり下僕!?
イラっとするよりも唖然とする気持ちの方が大きくて、目をパチパチとさせていると、いきなり蹴りが放たれた。
「…っ…ぶないな、いきなり」
「もう始まってるよ」
「いやいや、勝手に始められても…」
と言いながらも応酬する俺の反射神経は素晴らしい。よね?
だって痛いの嫌いだし、意味がわからない喧嘩でも『負ける』という文字は俺の辞書には無い。
それに、負けるだけでも屈辱なのに、更に下僕なんてオプションが付いちゃったら勝つしかないでしょ。
「抵抗しないでくれないかな」
「マゾじゃないから」
「喜んで俺の下僕になればいいのに」
「全然嬉しくない」
…っと、危ない危ない。前髪ギリギリに拳がかすったよ。眉間に当たったらヤバかった。
「避けないでくれる?」
「当たったら痛いでしょ」
「痛がる愛唯の顔が見たいのに」
「変態!」
放たれた蹴りを、バックステップでかわす。そのすぐ後に、こっちからは回し蹴りをプレゼント。
あ、避けられた。
なにこの人。強い。
「しぶといね」
「そっちこそ」
「じゃあお菓子あげるから下僕になりなよ」
「………」
…お菓子って、アンタ…。
突然動きを止めたかと思えば得意気にそんな事を言う相手に、一気に殺る気が失せた。
ホントになんなのこの青髪の兄さん。絶対に頭おかしい。
………
ん?
青髪?
琴線にピーンと引っかかったよ、青髪が。
赤髪が槇さんなら、青髪って、確か…。
「思い出した。槇さんとこと敵対してるチームの…」
「あれ。俺の事知ってるんだ?」
「腹………」
危ない危ない。本人目の前に腹黒大魔王とか言いそうになっちゃったよ。
ヘラリと笑って誤魔化したけど、相手は俺の言いたかった事がわかったらしく、その綺麗な顔にニコリと優しい笑みを浮かべた。
「苓様って呼んでもいいよ?」
誰が呼ぶんだそんなの。
思わず深ーい溜息を吐いた俺は悪くないよね?
「……苓ちゃん。なんで俺?」
反抗してそう呼んだら。それまでの腹黒い微笑みに、何故か嬉しそうな色が混じった。
なんで?
「愛唯が可愛いからに決まってるでしょ。俺の目に適う奴なんてそういないよ。それを逃がすわけがない」
「……そうですか…」
槇さんもそうとうな俺様だけど、この人もかなりの俺様だ。
どうして俺の周りには、こんな人種ばかりが集まるのだろうか。
「あれ?なに帰ろうとしてるのかな」
「疲れたからに決まってるでしょ。もう今夜は苓ちゃんの相手する気力ないし」
踵を返して歩き出しながら後ろ手にヒラヒラと手を振れば、意外にも苓ちゃんは引きとめてこなかった。それどころか、「またね」なんてお見送りまでしてくれちゃって。
赤い槇さんに青い苓ちゃん。次に黄色い人が現れたら、俺は絶対に信号レンジャーを結成させるよ。
それにしても、このままいくといつか過労で倒れそうだ。
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