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28.昔日~中学時代の志津ちゃん~

苓ちゃんと初遭遇した日から数日後。待ちに待った終業式がやってきた。 壇上で生活指導のオッサンが額に青筋立てて必死に注意事項を話しているけど、それを真剣に聞いてる奴は極僅か。みんな明日からの夏休みに浮かれていて、終業式どころじゃない。 「愛唯さん、今夜どこ行きます?」 SHRが終わったと同時に、後輩の志津ちゃんが教室後ろ側のドアから顔を覗かせた。途端に、女子とか女子とか女子とか一部の男子とかが色めき立つ。 さすが志津ちゃん。9割が女子とはいえ、男子も1割いる。キミのフェロモンは性別関係なく効いてるらしいよ。 んー、でもね、女の子ならともかく、中3男子が中2男子を見て頬を染めるってなんなの。どうせなら、志津ちゃんに喧嘩を売ってくれれば面白いのに。 「気の向くままー」 答えながら席を立ち、中身の入っていない薄っぺらな学生カバンを手に持って肩へ乗せる。 教室を出る時、いかつい男子共から放たれた「お疲れ様っした!」の声に軽く上げた手をポケットに突っ込んで、待っていた志津ちゃんと歩き出した。 そして夜。 外に出れば熱気がジットリとまとわりつくけれど、夏特有の空気は不快感とは別に高揚感をも呼び起こす。 不快感と高揚感が同時に発生。それは徐々に攻撃性を煽りだす。 志津ちゃんとの待ち合わせ場所に辿り着くまでの間、道路に沈めた人数は4人。 まだまだ夏の夜は長そうだ。 この夏休みでどれだけの人間が喧嘩売ってくるのかなー、なんて事を考えながら額にかかる前髪をかき上げたところで、前方に志津ちゃんの姿を発見した。 そして美人な女の子の姿も同時に発見。 「(かなで)~、なんで遊んでくれないのぉ?」 甘えた声を出して志津ちゃんの腕を掴む女の子。 …なんか面白いから、ちょっと見学。 そういえば志津ちゃんて、奏って名前だったっけ。うん、忘れてた。 2人がよく見えて、なおかつ目立たない場所。駅前広場と車道とを分けるガードレールに浅く腰をかけた。 「なんか携帯も繋がらなくなってるしぃ…」 上目遣いで志津ちゃんの顔を見上げる彼女。高校生くらいか。かなりの美人さん。9割の男は、あんな子に言い寄られたらどんな事でも頷きそう。 志津ちゃんも鼻の下を伸ばす事だろう…。 なーんて予測は見事に裏切られたけどね。 驚く事に、志津ちゃんは女の子を冷めた目付きで見下ろすと、 「っていうかアンタ誰」 一言で切り捨てた。 んー、男前~。…というよりロクデナシか?あまりに酷過ぎて変な笑いが込み上げてくるよ、志津ちゃん。 抑えきれない笑いが喉奥からクツクツとわき起こる。 「いくら顔が良くても一人で笑ってると変態に見えるぞ」 …って、それは俺の事ですか橘さん…。 本日初めての遭遇なのに、第一声で変態呼ばわりはないでしょうよ。 「俺が変態なら世の中の男は全員変態だね」 「まぁ人間なんて多かれ少なかれみんな変態だろ」 ふーん…、なかなか言うね。 横に腰かけた橘さんはシレっとした顔で言いながら、何故か俺の首にヘッドロックをかましてきた。 まぁ、力は入ってないから苦しくはない。 …けど、 「暑い…」 いくら太陽が落ちた夜って言ったって夏だよ夏。筋肉含有量が多そうな橘さんに張り付かれたら、か弱く繊細な俺の体が沸騰する。 なんとか引き剥がそうとしても、それ以上の力を込めてくるせいで、まったくもって隙間が出来ない。 なんなのこれは。 横目でジロリと睨んでも、にやりとした笑顔が返ってくるだけ。 抵抗するだけ疲れる。…と諦めた俺は正しい。この暑さで体力を消耗してもいい事はない。と嘆息して目を伏せた。 それなのにねー。 「アンタ誰ですか」 明らかに不機嫌だとわかる低い声が聞こえた。真正面から。 伏せていた目を上げると、俺の正面には何故か無表情の志津ちゃんがいて、冷めた目付きで橘さんを見ているではないか。 …あれ?志津ちゃん、さっきの女の子はどうした。 志津ちゃんの周囲を見ても、さっきまで立っていた場所を見ても、あの女の子の姿はどこにもない。 「愛唯さん、誤解してるみたいだから言っておくけど、あれホントに知らない子だから」 あー、放置してきたわけね、うん。 そして、ここから俺が様子を見ていた事にも気付いてたわけね。うんうん。 「それより、この馴れ馴れしいのはなんなんですか」 馴れ馴れしいのって…。この場合、その対象となる人間は一人しかいない。 「橘さん」 「…それって、この前知り合ったっていう例の2人のうちの1人?」 「そうそう」 頷くと、何故か志津ちゃんは更に不機嫌になるし、橘さんは俺にヘッドロックかましたままニヤリと笑ってるし。 なんなのこれ。 と思ったら、志津ちゃんが俺の首に回っている橘さんの腕を鷲掴んで思いっきり引き剥がした。 暑さから逃れられたから文句は言わないけど、一瞬俺の首が絞まったよ。え、もしかしてそれ狙ったの? 「知り合って間もないくせに、馴れ馴れしいんだけど」 「嫉妬か?」 あー、橘さんが火に油を注いでる。すごく楽しそうに。 フフンと鼻先で笑う姿が板についてるのは、さすが。 「愛唯さん、行こう」 でも、志津ちゃんは見事にスルーした。 橘さんに向けていた無表情とは違い、いつも通りの緩い笑みを浮かべて俺の手を引っ張る。 その志津ちゃんの態度は、橘さんにとって予想外だったらしい。火が燃え広がらなかった事に感嘆したのか、隣で「へぇ…」と面白がる呟きが聞こえた。 「それではサヨウナラ」 志津ちゃんに引っ張られながら立ちあがって別れの言葉を告げると、橘さんは片手をヒラリと振って大人しくお見送りの体勢。 それまで絡んでいた人とは思えないあっさりした態度に、今度は志津ちゃんが、橘さんへ向ける眼差しに一瞬の変化を見せた。 互いに見せたそれらは、敵→好敵手に変更した、といった感じ。 両想いだね、と志津ちゃんに言ったら、物凄くイヤな顔をされた。 うーん、これぞ男の友情?

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