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第1―2話
羽鳥はEmeraldのファンクラブ入会を朝一番に済ますと、大学に登校した。
羽鳥が教室に入り席に着くと、早速「羽鳥、はよー」と声を掛けて来て隣りに座るのは、羽鳥と同じ学部の友達、高屋敷玲二だ。
高屋敷は「これ見た?」とニヤッと笑って自分のスマホを羽鳥に向ける。
そこにはEmeraldの5人の記者会見の画像が映っている。
羽鳥は表情を変えず「いや」と短く答える。
高屋敷はそんな羽鳥の様子に納得したように「羽鳥はアイドルなんか興味ねーもんなー」とスマホを見ながら頷いている。
羽鳥はさり気なく「どうかしたのか?」と訊く。
高屋敷がまた羽鳥にスマホを向ける。
「このさー向かって左端の男、吉野千秋って言うんだけど、ウチの大学なんだって」
羽鳥は思わずガタンと音を立てて立ち上がった。
「どした?」
高屋敷は目を丸くして羽鳥を見上げている。
教室にいる生徒逹も何事かと羽鳥を見ている。
羽鳥は何も無かったかのように、無表情で素早く座り直す。
そんな羽鳥に、羽鳥に注目していた生徒逹も通常に戻る。
「いや…ちょっと驚いて」
「だよなー」
高屋敷はそんな羽鳥を気にすること無く話し出す。
「文学部の2年なんだって。
一般教養で一緒になったかなあ?
俺は全然記憶に無いんだけど。
つか、吉野千秋レベルでアイドルになれるなら、俺と羽鳥も芸能人になれるよなあ?」
笑って言う高屋敷に、羽鳥はムッとしそうになるのを必死で堪えた。
確かに高屋敷は誰もが認めるイケメンだ。
羽鳥も派手な容貌では無いが、二重の切れ長の瞳とすっきりした顔立ちのイケメンだとよく言われる。
だが、あのドラゴンワン芸能事務所からアイドルデビュー出来る吉野千秋は、普通には無い魅力を持っているということだ。
ただスマホの画面越しで、同じ男の羽鳥をドキドキさせて止まらせないくらいに。
そしてEmeraldを知った翌日には、ファンクラブにまで入会させてしまうくらいに。
けれど高屋敷の失礼発言が吹っ飛ぶほど、ポーカーフェイスの裏で羽鳥は舞い上がっていた。
吉野千秋が同じ大学。
しかも学部も分かった。
もしかしたら大学で吉野千秋に会えるかも知れない。
羽鳥はその日から講義の合間に、こっそり文学部に通うようになった。
だがそれも無駄な努力だと早々に気付く。
それはEmeraldがワイドショーやバラエティ番組などに出演しまくるようになったからだ。
勿論、CDデビューの宣伝の為だ。
これでは大学どころじゃ無いだろう。
そしてインタビューする方も、される方のEmeraldも、大抵決まった受け答えをするのだが、たまにEmeraldのメンバー内のこぼれ話をする事がある。
羽鳥はEmeraldが出演するテレビ番組を片っ端から録画した。
そして分かったことは、リーダーの横澤隆史はグループ1の常識人で、自分逹の立場をわきまえた受け答えが出来ること。
木佐翔太はまさにアイドルの見本。
それにその場を明るく回すことが出来る。
小野寺律もアイドルの見本のようだが、木佐翔太より優等生の印象が強い。
柳瀬優は雰囲気の通りクールだが、アイドルとしての基本は完璧だ。
ただ吉野千秋は。
柳瀬優が話しの流れで暴露したのだが、人見知りらしい。
それにインタビューは事前に打ち合わせをしてあるのは、素人の羽鳥でも分かるのに、吉野千秋は話しを振られる度、あからさまに動揺したり、話していても最後はゴニョゴニョと尻つぼみになったりする。
そんな時羽鳥は、吉野千秋が心配で、上手く切り抜けられるようにと祈る思いだった。
すると必ず柳瀬優が吉野千秋のフォローをする。
吉野千秋も心底ホッとした顔をして、柳瀬優に頼っているのは見え見えだ。
柳瀬優はその度、吉野千秋の肩を抱いたり、吉野千秋の頭をポンポンとやさしく叩く。
安心させるように。
羽鳥はそんな場面を見るたび、嫉妬で胸が痛くなる。
そして羽鳥は録画を見終わると、不思議な気分になる。
羽鳥は今まで何かに夢中になる事も、拘ることも無く生きてきた。
女の子と付き合うのも、大抵相手から告白されて相手から振られる。
羽鳥は振られても、悲しくも寂しくも無かった。
そんな羽鳥が男のアイドルに一喜一憂し、嫉妬までしているのだ。
自分でも普通じゃ無いと思う。
けれど羽鳥は吉野千秋から目が離せない。
そして9月の下旬、羽鳥は彼女に呼び出されて振られた。
羽鳥はいつものように、悲しいとも寂しいとも思わなかった。
そしてコーポに帰宅すると、配達証明つきの白い封筒が届いた。
差出人は『Emeraldファンクラブ』。
羽鳥はペーパーナイフを取りに行くのももどかしく、キッチンハサミで封筒を開けた。
そこには一枚の白い紙とキャッシュカードのようなカードが入っていた。
まず紙を見てみる。
それは手紙のようだった。
『ようこそEmeraldへ!!』から始まって、ファンクラブ会員になってくれたお礼、ファンクラブ会員の特典が書かれていた。
CD・DVD(BD)・コンサートチケット発売日の一般発表より早いお知らせ。
番組収録の際の協力のお願い。
月に一度の会報の送付。
どれも楽しみで、自然と頬が緩む。
そして最後に、印字されたものだが、Emeraldメンバー5人それぞれのサイン。
吉野千秋のサインをそっと指でなぞってみる。
指先が熱い。
それからカードを手にする。
全体がゴールドで中央にグリーンで『Emerald』と印字されており、一番下に『000440』という数字と、『YOSHIYUKI HATORI』と刻印されてあった。
羽鳥は『000440』という数字が少し残念だった。
もう少し早い番号かな、と思っていたから。
だが羽鳥がEmeraldの存在を知ったのは、午前中にデビュー記者会見があった日の夕方で、ファンクラブに入会したのも翌日だ。
午前中にEmeraldの存在を知って、その日のうちにファンクラブに入会した人もいる事を考えれば、早い数字と言える。
でも『000440』という数字を眺めているうちに嬉しくなった。
440は『よしの』とも読めると発見したのだ。
羽鳥はファンクラブ会員証を大切に財布にしまった。
9月30日。
羽鳥は大学の講義を終えると、真っ直ぐに帰宅するつもりでいた。
ここのところバイトや友達との付き合いで、Emeraldの番組チェックを出来ずにいたからだ。
それに明日はEmeraldのCD発売日。
今までEmeraldの出演した番組を録画をして、Emeraldの部分だけ編集したDVDを一気見して気分を高めるのも良い。
顔や態度に出ないように、内心うきうきしながら自宅の最寄り駅に降り立ち、CDショップの前を通り過ぎようとすると、CDショップから出て来た3人の女子高生とすれ違った。
女子高生逹はCDショップ専用の袋を大切そうに抱えながら「フラゲ出来てラッキー!!」と口々に言っている。
フラゲ…!!
羽鳥はその言葉を聞いて、足早にCDショップに入った。
一番目立つ場所にEmeraldコーナーが出来ているのを横目で見ながら、カウンターに直行する。
カウンターで初回限定盤と通常版の引換券を出す。
店員はにっこり笑って「こちらですね」とEmeraldの初回限定盤と通常版を羽鳥に見せる。
初回限定盤のジャケットも通常版のジャケットもHPで確認済みだ。
羽鳥が「はい」と答えると、店員は手早くショップ専用の袋に二つのCDを入れ、手渡してくれる。
羽鳥は袋を受け取りながらEmeraldコーナーを一目見て行こうかな、と一瞬思ったが、止めた。
明日にでもじっくり見ればいい。
それより今は。
羽鳥はバッグの中にCDをそっとしまうと、バッグの中で動かないのを確認すると、CDショップを出た。
そして羽鳥は全速力で自宅コーポまで走ったのだった。
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