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第1―4話
デビュー曲の前奏が流れて5人が映る。
5人はオーケストラをバックに古い館の中のようなセットで、歌い、踊っている。
衣装は全員白を基調としてビジューで飾られた衣装を着ている。
ただ一人一人、衣装のデザインが少しだけ違う。
パンツだけを見ても横澤隆史と小野寺律と柳瀬優は足元まである丈だが、木佐翔太は七分丈、吉野千秋はもっと短く膝が見えている。
Emeraldのダンス全体を観たいと思うのに、吉野千秋の白く細いすらりとした足が映ると、どうしても羽鳥はそちらを観てしまう。
これじゃただのスケベオタだろ…と落ち込みそうになるが、初めて観たんだから仕方ない!そのうち慣れる!と開き直る。
メインの踊りに差し込まれる1人ずつの映像も良かった。
デビュー曲が終わり、羽鳥が放心状態でいると、30秒程ブラックの場面が続いて5人がパッと映り「オマケ!」と声を揃えて言った。
羽鳥が身構える。
するとバックが黒く板張りの簡素なステージに5人は普段着のような衣装で現れた。
センターの木佐翔太がにっこり笑って「定点カメラで撮るからみんなもダンス覚えてねー!」と言うとデビュー曲が始まる。
みんなダンスは真面目に踊っているが、表情はMVとは違いメンバー同士で笑い合ったりしている。
そして曲が終わると、5人でハイタッチをして騒いでいる。
リラックスしている雰囲気が伝わってきて、羽鳥も楽しくなる。
そして5人でワチャワチャしてる中、今度は横澤隆史が「オマケのオマケ!」と言った。
画面が一気にバックヤードに切り替わる。
5人がそれぞれメイクしたり、衣装を着替えたりしている。
流石にパンツ一丁ということは無いが、上半身は裸の事が多い。
時間に追われているのが痛いほど伝わってくる。
そんな中でもEmeraldのメンバーは笑顔を絶やさない。
吉野千秋の裸のシーンは無くて、羽鳥は不思議とホッとした。
その映像は15分程で終わり、羽鳥はDVDも全て見終わった。
羽鳥はまさかここまでDVDが充実しているとは思わなくて、感動してしまった。
ただひとつだけ不満があった。
それはバックヤードの柳瀬優の態度だ。
吉野千秋がたった数分しか映っていなくても、かなり不器用なのは伝わってきた。
その吉野千秋に柳瀬優はピッタリくっついて、何くれとなく世話を焼いてやっている。
吉野千秋はその度「優、ありがとう~!」と何度言っただろうか。
すると柳瀬優は「当然だろ」と言って、また吉野千秋の世話を焼く。
柳瀬優は気に入らないが、それでも羽鳥は吉野千秋の普段の様子が見れて、やっぱり嬉しくなるのだった。
10月の終わり。
羽鳥は朝作った弁当を二つバッグに入れて、自分の学部の裏庭に向かっていた。
そこは高屋敷のお気に入りの場所で、裏庭にしては広いし、日当たりも良い。
ベンチもある。
高屋敷は将来ゲームクリエイターを目指していて、ここに来るとアイデアが湧くとご機嫌なのだ。
だが、もう10月も終わりを迎えて、季節は確実に冬に向かっている。
高屋敷はもう裏庭で休憩を取るのは最後にしようと言って、最後だからと羽鳥に手作り弁当を強請った。
羽鳥は友達と昼食の約束が無い日は大抵弁当なので、いいぞと気軽に請け負った。
一人分作るのも二人分作るのも、大して手間は変わらない。
吉野千秋は10月1日のデビュー以来、全く大学に来ていない。
それもその筈、Emeraldのデビュー曲は歴史ある音楽データ集計会社で初登場1位になり、発売以来2週間でミリオンを達成したのだ。
そうして芸能界にEmerald旋風が巻き起こった。
長寿番組で名高い生放送の音楽番組に新人としては異例で二週連続で出演したり、アイドル誌や女性誌は勿論、ドラマにも出演していないしレギュラー番組も持っていないのに、テレビ誌で表紙を飾り特集を組まれている。
Emeraldが載るだけで雑誌は発売日には完売だ。
羽鳥は買いもれが無いように、朝晩EmeraldのHPで雑誌の発売をチェックし、ネットで予約注文をしていた。
雑誌では、デビュー曲やカップリング曲の話が中心で、大抵「これからも応援して下さい!」と締めくくられていて内容も似たりよったりだが、グラビアがそれぞれ違うのが羽鳥が買ってしまう大きな理由だ。
それにチラリとでもプライベートな話をしてくれるかな、との期待もあった。
だが仕事以外の話は載らない。
きっとドラゴンワン芸能事務所の方針なのだろうと、羽鳥は納得するしか無かった。
羽鳥はiPodにEmeraldのデビュー曲とカップリング曲を落とし、通学時や時間のある時は必ず聴いている。
もう百回以上は聴いているだろう。
歌詞も全て覚えてしまった。
そして寝る前にDVDを必ず観る。
特に定点カメラで撮影された映像のお陰で、デビュー曲の振りも完璧に覚えた。
だが、Emeraldが爆発的に売れたのは喜ばしい半面、寂しさもあった。
メンバー達の努力を考えたら、手放しで喜ぶのがファンとして当然だと理性では思う。
けれど、確実に吉野千秋は遠くに行ってしまった。
一般人の羽鳥では絶対に手の届かない所に。
羽鳥は学部の裏庭に着いた。
高屋敷の姿はまだ見えない。
三つあるベンチのひとつには、リュックを枕にして男子生徒が眠っている。
羽鳥は残りのベンチに座ろうとして、ギョッとした。
その男子生徒は薄手のカットソーにジーンズしか着ていない。
いくらこの場所が日当たりが良いと言っても、もう10月の終わりだ。
風も冷たくなって来ているし、その男子生徒は上着すら着ていないのだ。
左腕で日差しを遮るように顔を隠していて誰だか分からない。
細い身体がより一層寒そうに見える。
羽鳥は深いため息を吐くと、着ていたジャンパーを脱いでその男子生徒に掛けてやった。
面倒見の良い自分の性格が、この時ばかりは恨めしい。
そして驚かさないように、そっと男子生徒を揺すった。
「おい、起きろ。
そんな恰好で寝るなんて風邪引くぞ」
男子生徒は、うーとかあーとか言いながら、目が覚めたのか、顔を覆っていた左腕を外した。
羽鳥は我が目を疑った。
そこに居るのは紛れも無い、吉野千秋本人だった。
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