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第1―6話

ファンクラブの会報の封筒は真っ白なB5サイズだ。 表の上部にグリーンの横長の部分があって、『Emerald』と白抜きで印刷されている。 中央には当然だが羽鳥の住所と氏名が印字されたシールが貼られている。 個人情報保護の為か会員番号は印字されていない。 裏には下部に小さくファンクラブの住所と『Emeraldファンクラブ』の文字が印字されている。 羽鳥はペーパーナイフで慎重に封を切る。 そしてやはり慎重に中身を取り出す。 中身はB5サイズの小冊子。 羽鳥は封筒にも思ったことだが、紙質が凄く良質な物が使われているな、と嬉しくなった。 表紙はハウススタジオで撮ったのだろうか、お洒落な一軒家の庭で木佐翔太がセンターの定番の並びでメンバーが一列になってそれぞれ自由にポーズを取っている。 衣装は普段着っぽく、表情はみんな笑顔だ。 木佐翔太はダブルピースをして、いつもの完璧なアイドルスマイル。 小野寺律は左手をちょっと上げて、やはり完璧なアイドルスマイル。 横澤隆史は身体を小野寺律に向かって少し横向きで立ち、照れたように微笑んでいる。 柳瀬優も完璧なアイドルスマイルを浮かべているが、やはりどこかクールな雰囲気だ。 特にポーズを取っていないのが、柳瀬優らしい。 そして柳瀬優の隣り。 吉野千秋はアイドルスマイルというより子供のようにニコニコ笑って、両手を柳瀬優の右肩にちょこんと乗せている。 そして右足をぴょこんと跳ねさせている。 ……何だこのかわいい生き物!!! 羽鳥は吉野千秋のかわいさに鼻血を吹くかと思った。 思わずティッシュをボックスから素早く数枚取り出して掴む。 そしてこの兵器並にかわいい吉野千秋から逃げるようにページを捲る。 1ページ目は左側に横澤隆史のフォト。 衣装は表紙と変わらない。 窓辺に立って外を見ている横顔が凛々しい。 右側には横澤隆史の直筆で書かれたメッセージ。 勿論直筆と言っても印刷された物だが、直筆はファンには嬉し過ぎる。 横澤隆史は、いつも応援ありがとうございます、から始まって、11月に入ればファンの皆さんに喜んで貰えるニュースが色々とあるので楽しみに待ってて下さいと、リーダーらしく告知から始まっている。 それから、自分の趣味の話に移った。 読書が好きなこと、高校ではサッカー部だったので、身体を動かすことも好き。 ただ身体が固いのが悩み。 料理も得意で、仕事に集中すると平気で食事を抜く上、好き嫌いのある吉野に時間がある時は差し入れを作ってやっている。 あいつを太らせてみたい。 それと猫が好きでデビュー前まで飼っていたが、今は忙し過ぎて実家に預けているのが残念。 最後に最近読んだ本の名前が書かれてあった。 横澤隆史らしくきちんとした文章だが、楽しそうな雰囲気伝わってくる。 そして羽鳥はまた鼻血を吹くかと思った。 吉野千秋のプライベートが書かれていたからだ。 特に『あいつを太らせてみたい(笑)』には激しく同意だ。 横澤隆史が年上の吉野千秋を心配し、かわいがっているのが伝わってくる。 初めて知った吉野千秋のプライベート。 そこで羽鳥はハッとした。 これはEmeraldのメンバーが初めてプライベートを語ってくれているということに。 羽鳥はいつも殆ど一定で上下しないテンションが急速に上がって行くのを感じながら、うきうきとティッシュは離さず、次のページを捲った。 次は木佐翔太。 木佐翔太も表紙と変わらない衣装で、胡座の姿勢で中央に座っていて、その周りを沢山の風船が取り囲んでいる。 木佐翔太らしいアイドル感満載のフォトだ。 早速、木佐翔太直筆のメッセージを読む。 木佐翔太のメッセージは意外にも、いつもの完璧アイドルとは思えないほど短かった。 今、仕事以外夢中になっているものは特にない。 流行りものは一応チェックするが、広く浅く。 最後の、質問があったらHPからどんどんメールしてね、超楽しみにしてる、というメッセージが辛うじて木佐翔太らしい。 羽鳥は木佐翔太はイメージと違って、意外と男らしい性格ではないかと思った。 次のページを捲る。 次は小野寺律だ。 小野寺律のフォトは大きな木の下で木漏れ日を浴びて、いつもの完璧なアイドルスマイルを浮かべている。 こうして見ると小野寺律は王子様っぽいというよりお坊ちゃまっぽいな、と羽鳥は思った。 メッセージもアイドルトークなのかな、と期待せず読んでみると、良い意味で期待を裏切られた。 読書が大好きなこと、中学では学校の図書館の本を読み尽くしてしまい、タイトルも全て覚えた。 でも最近本を読めないのが寂しい。 忙しい日は玄関で眠ってしまい、迎えに来たマネージャーに怒られる。 それと不器用なのでダンスが中々覚えられず、不器用仲間の吉野さんと二人で早朝や深夜に練習したりしている。 すると必ず柳瀬さんが差し入れを持ってやって来てくれて、練習に付き合ってくれる。 柳瀬さんは見た目はクールだけど、とてもやさしい頼りになる先輩。 最後に今まで読んだ中のオススメ本のタイトルと、これから読んでみたい本のタイトルが書かれてあった。 不器用仲間…!! なんてかわいい仲間なんだっ…!! 羽鳥はまた鼻血を吹き出しそうになる。 お坊ちゃまみたいな端正な小野寺律と小動物みたいなかわいい吉野千秋が、二人並んで一生懸命ダンスの練習をしているのかと思うと自然と頬が緩む。 しかし引っかかるのが、柳瀬優。 柳瀬優は吉野千秋がダンスの練習をしているから、超忙しい中、差し入れまで用意して、ダンスの練習にまで付き合っているに違いないと羽鳥は確信する。 羽鳥はティッシュをぎゅっと握り締めながら次のページを捲る。 次は、その柳瀬優。 柳瀬優は英国風の窓の下の床に右足を伸ばして座り、左足を立てて、左足の膝に両手を置いてその上に顔を乗せている。 一見無表情のようだが、微かに微笑んでいて、クールな雰囲気と美人さが絶妙なバランスで写っている。 認めたくはないが、やはり柳瀬優は綺麗だし美人だ。 右側のページのメッセージを読む。 小さい頃から漫画が大好きで、少年漫画も少女漫画もジャンルを問わず何でも読む。 漫画を自分で描くこともある。 その中でも一番好きなのは丸川書店から出版されている伊集院響先生の『ザ☆漢』。 千秋も俺と同じマンガオタクだから、仕事の待ち時間を使って一緒にプロットを考えたり、ネームを描いたり、原稿を仕上げをしたりしている。 その時間が今の一番の癒し。 いくら仕事で疲れていても千秋と漫画の話をするだけで、疲れが吹っ飛ぶ。 ただ自分は素材本来の味が好きなので、お子様味覚の千秋と好みが合わないので、食事を作ってやれないのが残念。 でも千秋とは漫画以外の趣味も合うから、休みが取れたら二人で何処かに遊び行きたい。 そして付け足すように、みんなのオススメの漫画があったら教えてね、と締めくくられてあった。 羽鳥は自然と凶悪な表情になってしまう。 柳瀬優のメッセージは、自分の趣味を紹介してはいるが、殆どが自分と吉野千秋の仲良しアピールだ。 惚気とも言える。 羽鳥は強く握り過ぎてくしゃくしゃになったティッシュをゴミ箱に放り投げる。 それから深呼吸をして、新たにボックスからティッシュを数枚引き抜く。 そして次のページに手をかける。 その瞬間テンションがMAXになり、心臓は高鳴り、ドキドキとうるさくて堪らない。 ページを掴んだ指先が震える。 それでも羽鳥はティッシュ片手に、震える指先で吉野千秋のページを開いた。

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