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第1―8話
そのブログはEmeraldのデビュー日、10月1日に開設されていた。
一番上にグリーンにゴールドで縁取られたEmeraldと流れるようなフォントで書かれており、その下に『男がEmeraldを応援してますけど、何か?』とタイトルが濃いグレーのゴシック体で書かれている。
センスの良さを感じされるが、タイトルの下に、『閲覧・コメントについての注意事項』が、タイトルより小さいフォントだが真っ黒な明朝体で書かれていて目を引く。
羽鳥はまずその注意事項を読んでみた。
『当ブログにご訪問ありがとうございます。
まずこのブログの注意事項をお知らせいたします。
タイトルにありますように、このブログは男でもEmeraldのファンだという皆様に向けたブログです。
男が男のアイドルが好きだと公言するのは勇気がいる、出来れば誰にも知られず一人でも応援しようと思っていた方に、気楽に男同士でEmeraldを応援して情報交換をしたり、Emeraldに関する事を何でもいいから話したりして楽しむ為のブログです。
ですので、女性の方のコメント等はご遠慮願います。
管理人の権限で女性であると気がついた時点でコメントは削除させて頂きます。
またこのブログにはブラックリストという機能がありますので、一度でも女性がコメントを書かれた場合、もしくはEmeraldに対する誹謗中傷をコメントされた方には二度とコメントを書けない措置を取らせて頂きます。
それでは、男でEmeraldファンの皆さん!
楽しく交流しましょう!!
勿論、自分の推しメンを書いて下さって結構ですよ!!
ちなみに俺の推しメンは小野寺律です。
管理人、モリミヤ』
そしてブログには、最新コメントと月刊アーカイブと、カテゴリとカウンターしかないシンプルな作りだ。
羽鳥は管理人モリミヤの男同士でEmeraldについて語り合いたいという熱い心情に共感した。
Emeraldを男の自分が応援しても普通なんだと安心した面も大いにあった。
まあ女性を徹底的に排除しようとしているところや、ブラックリストなどの単語に正直ちょっと引いたことは確かだが。
早速、最新の記事を読んでみる。
タイトルは『ファンクラブ初会報届く』
『昨日、Emeraldのファンクラブの会報が届いた。
まず全ての紙質が上質で、流石ドラゴンワン事務所と感心した。
会報には、今までファーストシングルの宣伝の為にEmeraldのメンバーがバラエティー番組出演時などでサービストークをしてくれた内容とは全く違ったプライベートの話を、メンバーがそれぞれ初披露してくれて凄く嬉しかった。
小野寺律と俺の趣味の共通点もあって、それも凄く嬉しい!!
それと小野寺律と吉野千秋、頑張れ!!
柳瀬優、くれぐれも二人を頼む!笑
横澤隆史の意外な一面も知れて嬉しかった。
やっぱりリーダーに選ばれたことはある。
木佐翔太は他のファンがどう思っているかは知らないが、俺の印象通りで、やっぱりなと笑ってしまった。
それにしても小野寺律推しの俺が言うのも何だが、吉野千秋のフォトは反則だろう。
萌え袖にあのポーズは、小野寺律推しの俺でさえ、吉野千秋かわいい!と悶えたし。笑
昨日はTwitterでEmeraldファンが柳瀬優と吉野千秋のコンビを『ユウチア』と呼んで騒いでいたが、たぶん定着するな。
そのうち小野寺律にもコンビ名が出来るか楽しみだ。
それと次の会報で小野寺律も吉野千秋みたいな衣装を着てくれないかな?笑
まあ、お坊ちゃま路線を貫いても、俺の小野寺律推しは変わらねーけど。』
羽鳥はまず上手い文章だな、と思った。
ファンクラブ会報の内容を漏らさずに、ファンクラブに入っている人はうんうんと頷くユーモアのある内容で、ファンクラブに入っていないライトなファンは、なに?なに?と想像を巡らせてしまう。
そんなに会報が充実してるならファンクラブに入ってもいいかな、と思う人は少なくないだろう。
それにしても。
『萌え袖』って何だ?
羽鳥はパソコンはそのままに、スマホの辞書アプリで検索してみた。
へーと納得する。
そして思った。
スタイリストさん、ありがとうございます!!
羽鳥は『萌え袖』の意味が解り、またパソコンのブログに目をやった。
まだ最新の記事しか読めていないが、自分がコメントをしたらモリミヤという人がどんな返事をしてくれるのか楽しみになってきた。
それに羽鳥はEmeraldのファンになったことは誰にも言うつもりが無かったので、匿名のネットでEmeraldのファンのしかも自分と同じ男と思い切りEmeraldの話しが出来るかもしれないと思うと嬉しくて頬が緩む。
早速コメントをしようとして、はたと気づく。
それはハンドルネームだ。
自分だとは絶対誰にも気付かれないようにしなくてはならない。
羽鳥芳雪という名前では、羽や鳥を連想させるものは論外だし、雪も危うい。
そうなると残るは『芳』だが、『ヨシ』ではそのまま過ぎる。
またスマホの辞書アプリで『芳』を検索する。
すると付随の植物辞典に、『芳』は『タケ』とも読めてキノコの別称とあって、これにしようと決めた。
芳雪という名前の自分も初めて知ったくらいだから、普通『タケ』から連想する名前なら『タケシ』『タケヒサ』など沢山ある。
『芳』を連想する人は稀だろう。
そうして羽鳥は最新記事の『ファンクラブ初会報届く』にコメントした。
まず名前の部分に『タケ』と入力する。
そうして本文だ。
『初めまして。
初めてコメントさせて頂きます、タケと申します。
男でEmeraldのファンで吉野千秋推しです。
まだこちらの記事しか読んでいませんが、このブログの姿勢、記事の内容に共感してコメントを残したくなりました。
過去記事もこれから少しずつ読まさせて頂きます。
ファンクラブ会報、とても良かったですよね!
吉野千秋推しの自分としては、最初は直視出来ませんでした。笑
『萌え袖』という言葉もこちらで初めて知りました。
ありがとうございます。
俺は普段漫画は読みませんが、漫画も読みやすくてかわいらしくて繰り返し読んでいます。
小野寺律と吉野千秋、本当に頑張れですね!
でも無理はしないで欲しいです。
吉野千秋推しとしては横澤隆史と柳瀬優に感謝しなければならないのでしょうが、いや実際感謝していますが、『ユウチア』は定着して欲しいようなして欲しく無いような微妙な気持ちです。
小野寺律にもきっとコンビ名が出来ると思います。
意外と5人でメンバー被りで色々なコンビが出来るような気もします。
その時が楽しみですね!』
羽鳥は三度コメントを読み直し、失礼なところが無いことを確認すると、フーッと息を吐き『送信』をクリックした。
直ぐに羽鳥のコメントが表示される。
そしてこの記事にコメントしたのは自分が初めてだと、今更ながらに気付く。
本当はもっとEmeraldの歌やダンスの事など、話したいことは沢山あったが、最初から長文でぐいぐい押すのは不快感を招くかもしれないと我慢した。
後はモリミヤからの返信を待って、その内容次第でこれからの行動を決めることにした。
そして翌日、羽鳥は講義の合間にスマホを何度も確認してしまった。
スマホからも『男がEmeraldを応援してますけど、何か?』を読めるようにブックマークをしておいたからだ。
だが大学の羽鳥の講義が全て終わり、バイトに行く時間になってもモリミヤからの返信は無かった。
羽鳥のバイトは自宅コーポの最寄り駅前のイタメシ屋のウェイターだ。
そこで働く理由は明瞭だ。
時給良し、賄いが出る、通勤時間が殆ど掛からない、大学から離れているからだ。
羽鳥は大学に入学したとほぼ同時に、大学近くのカフェでバイトを始めた。
繁華街が近いので時給は今より良かったし、他の条件もクリアしていたのだが、羽鳥目当ての同じ大学の女の子達が来るようになってしまい、ハッキリ言って対応に面倒で直ぐに辞めてしまった。
そのカフェより時給は下がるが、羽鳥の住むコーポも都内でそこそこ人気の住宅地だ。
駅前も充実している。
しかも何百円も時給が下がる訳じゃない。
それにイタメシ屋バイトを始めて気付いた事だが、バイトが済めば徒歩で帰れるのは本当に便利だ。
オーナーシェフも一緒に働く仲間も良い人達で、まだ大学2年の羽鳥のシフトを優先してくれる。
しかも賄いも美味い。
これで1食浮くのだから、一人暮らしの大学生には有難いことこの上ない。
羽鳥は今夜もバイトを頑張り、充実した気分で帰宅した。
11月に入った街は、気の早い店はもうクリスマスの飾りをしているところがチラホラある。
その光景を見ながらEmeraldの曲を聴きながら歩くのは良い気分だ。
もう100回以上どころじゃなく聴いている3曲の中にある、吉野千秋の短いソロは、いつも羽鳥の心臓を跳ねさせる。
羽鳥は帰宅してまずシャワーを浴びた。
それから明日の大学の支度を済ませて、後は寝るばかりにすると、テレビの録画をチェックする。
今日は生憎、Emeraldも吉野千秋も検索でヒットされていなかった。
ならばと、何十回観たか分からないEmeraldのDVDをセットする。
そして、Emeraldの映像が流れる中、あっと気が付いた。
『男がEmeraldを応援してますけど、何か?』のブログだ。
パソコンを立ち上げるのももどかしくスマホ版の『男がEmeraldを応援してますけど、何か?』を表示する。
新しい記事は書かれていないが、羽鳥は昨日のコメント欄をタップする。
そこにはモリミヤからタケへの返信が書かれてあった。
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