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第1―10話
大物男性司会者と局アナの番組紹介があって、出演アーティストが番組のテーマ曲と共にステージに現れる。
Emeraldは一番初めに登場した。
羽鳥の心臓がドキッと音を立てる。
Emeraldはいつもの白いステージ衣装で、横澤隆史を先頭に、その後を木佐翔太と小野寺律が並び、最後に柳瀬優と吉野千秋が手を繋いで階段を降りて来る。
Emeraldが出てきた瞬間、会場がどよめいて、悲鳴のような歓声が上がった。
最初羽鳥は、柳瀬優と吉野千秋が手を繋いでいることにムッとしたが、吉野千秋を見てそんなことはどうでもよくなった。
吉野千秋はいつものふわふわとしたヘアスタイルと違い、右側を編み込みにして右耳を出している。
それが余りにもかわいくて、羽鳥は鼻血を吹きそうになる。
羽鳥はローテーブルに用意しておいたティッシュを素早く掴む。
そして羽鳥がティッシュを掴んだ、正にその時、柳瀬優と吉野千秋がアップになった。
柳瀬優はクールに微笑んでいて、吉野千秋は頬を赤く染ながら、羽鳥が好きで堪らないあの大きなタレ目気味の黒い瞳で、しかも上目遣いでカメラを見ながら空いている方の手を小さく振った。
羽鳥は脊髄反射のように、テレビに向かって手を振っていた。
片手で鼻をティッシュで押さえながら。
それから出演アーティストが全員ステージに揃うと、司会者が中継で出演するアーティストに声をかけて挨拶を交わし、ステージに揃っているアーティスト全員にも同様に声をかけ挨拶を交わす。
Emeraldも緊張していたようだが、物凄い歓声の中、なみいるアーティスト達の一番端に並び、皆笑顔で「よろしくお願いします!」と元気良く挨拶をしていて、羽鳥はひとまずホッとした。
羽鳥はこのアーティストの中で一番の新人はEmeraldだから、Emeraldが最初に歌うと思い、この番組の恒例の段取り通り、司会者がEmeraldに話しかけ、近況を聞いたりするトークの後直ぐにスタンバイすると思っていた。
だが司会者が初めに話しかけたのは、Emeraldとは反対側の端にいた大人数の女性アイドルグループだった。
司会者は大歓声の中、イヤモニを手で押さえ苦笑しながら、今夜センターで歌うメンバー中心に二言三言質問し、話かけられたメンバーもイヤモニを押さえて楽しそうに答えている。
そして女子アナの「ではそろそろスタンバイをお願いします」の言葉を合図に、その女性アイドルグループはステージに向かった。
その時には他のアーティストは全員ステージから捌けていた。
司会者と女子アナと女性アイドルグループしか映っていない間に移動したらしい。
これは番組が終わるまで、テレビの前から動けないな、と羽鳥は思った。
Emeraldがいつ登場するか分からないからだ。
けれど羽鳥はEmerald以外のアーティストに全然興味が無かったので、他のアーティストがパフォーマンスをしている間は、コーヒーを飲みながら初回限定盤や通常版のブックレットを見たり、会報を見たりしながら過ごした。
そしてふと、モリミヤはどうしているだろうかと思って、スマホからTwitterを見てみた。
すると羽鳥のTLにモリミヤのツイートが、Emeraldが登場して司会者と挨拶を交わし終わるまでの映像付きで表示されていた。
『今夜のEmeraldも最高だな!
生放送はこれで3回目だけど、会場の規模が全く違うから心配もあるが、それ以上にパフォーマンスがチョー楽しみだ!
衣装チェンジにも期待大!
今日のトークが誰に振られるかも!笑』
羽鳥は、そうか!と思った。
この番組は毎週生放送されている音楽番組の年末スペシャルバージョンだ。
いつものスタジオでは無くコンサート会場だし、正面ステージだけでは無く、会場の両端から二階席に向かうスロープ状の階段があり、階段の交わる二階席の高さに小さなステージまである。
実際、最初にパフォーマンスをした大人数の女性アイドルグループは、会場をフルに使ってパフォーマンスをしていた。
Emeraldもいつもとは違うパフォーマンスをする可能性は大きい。
「…嘘だろう」
思わず羽鳥は独り言を言っていた。
楽しみ過ぎてどうにかなりそうだ。
それに羽鳥はEmeraldのファンになるまで、こういう音楽番組に全く興味が無くて見たことが無かったので、衣装チェンジにまで気が回らなかった。
それも楽しみ過ぎる。
トークも少しでも吉野千秋に絡みがあればいいな、と自然と期待してしまう。
羽鳥はモリミヤのツイートにいいねをすると、『俺もすっごく楽しみです!!』とリプした。
直ぐにモリミヤからいいねが押される。
羽鳥はモリミヤはEmeraldのパフォーマンスの映像もツイートするだろうから、邪魔にならないようにそれ以上のリプは控えた。
その代わりモリミヤがツイートしてくれたEmeraldの登場シーンを、繰り返し見ていた。
そして番組開始から1時間半も経った頃、CM明けに「Emeraldでーす」と司会者が唐突に言ったと同時に会場を揺るがすような歓声が上がり、羽鳥がハッと顔を上げてテレビを見ると、司会者の左側にEmeraldが木佐翔太をセンターにしたいつもの並びで立っていた。
羽鳥は「あっ…」と声が漏れた。
Emeraldは赤い衣装に着替えている。
赤いスパンコールの襟付きの上着は、腰の辺りで三つのプリーツで細く絞られていて、ふんわりと裾が広がり尻の半分が隠れる位の丈だ。
シャツは白で木佐翔太と吉野千秋は赤いスパンコールの蝶ネクタイ、横澤隆史と小野寺律と柳瀬優は赤いスパンコールのネクタイをしている。
そして5人それぞれ形が違う凝ったデザインの大きめの赤いスパンコールのブローチを左側の胸元に付けている。
羽鳥は初めて見た衣装に見とれた。
それ程Emeraldに似合っている。
だが、羽鳥に問題が生じた。
それはボトムスだ。
横澤隆史と小野寺律は足元まである普通の丈の細身のパンツだ。
勿論、赤いスパンコールの。
そして赤いビジューで飾られた赤いブーツに裾を入れている。
まさに王子様スタイルだ。
だが、木佐翔太と柳瀬優と吉野千秋は、赤いスパンコールのショートパンツと言うよりホットパンツを履いていて、横澤隆史と小野寺律と同じブーツを履いて赤いラメの入ったニーハイソックスを履いている。
羽鳥は別にニーハイソックスを履いた人間を初めて見た訳じゃない。
街中でも、それこそ女性アイドルが履いているのを見た事は数えきれない程ある。
だがそれが、吉野千秋となると話は別だ。
ほんの数センチ見えている、か細い太股が、こんなにも色っぽいとは…!
羽鳥は吉野千秋が破壊的にかわいいと思い続けていたが、色気を感じたのは初めてだった。
慌ててラグに置いてあったティッシュを掴む。
司会者がにこやかに「今日もEmeraldはかわいいね~」と話し出す。
羽鳥はテレビに向かって深く頷く。
Emeraldのメンバーは皆、「そんなことないです!」「全然!」と照れくさそうに笑って謙遜している。
「横澤と小野寺は王子っぽいからカッコいいの方が良かったかな?」
続く司会者の言葉に、横澤隆史と小野寺律が「いえいえ!」と言いながらお互いを見て顔を赤くしている。
横澤隆史は照れを通り越して気まずそうにすら見える。
そんな横澤隆史に司会者は冗談っぽく「大河が決まっておめでとう。でも来年もウチの番組も忘れないで出てくれよ」と言って隣りに立つ横澤隆史の肩をポンポンと叩く。
横澤隆史はまた赤面して「あ、ありがとうございます!忘れるなんて絶対無いです!こちらこそよろしくお願いします!」と頭を下げる。
「横澤は真面目だよね、ホント。
良いよね、そういうとこ」
司会者は横澤隆史の緊張を解すように、おどけた仕草で会場に向かって言う。
会場から歓声が湧き上がる。
「隆史く~ん!!」「横澤く~ん!!」と叫ぶ女の子の声をマイクが拾う。
そして司会者の視線は、木佐翔太と柳瀬優と吉野千秋に移る。
「木佐と柳瀬と吉野はかわいいで正解だな」
木佐翔太は完璧なアイドルスマイルで「そんなことないですよ~」と言い、柳瀬優もクールな雰囲気を醸しながらも完璧なアイドルスマイルで「結構恥ずかしいんですよ」と答えている。
だが吉野千秋は真っ赤になってモジモジしているだけだ。
羽鳥はそんな吉野千秋がかわいいのと心配なので、頭の中がゴチャゴチャだ。
すると司会者が助け舟を出すように、「吉野はいつ見ても細いけど、今日は衣装のせいかいつもより細く見えるな~。好き嫌いがあるって聞いたけど、ちゃんと食ってる?」と訊いた。
吉野千秋は真っ赤なまま、小さな声で「多分…食べてます」と答える。
羽鳥は吉野千秋の頼りない答えに、かわいいが心配で、胸が痛くなる。
司会者が「多分?多分食ってんのか~」と笑い、「じゃあ好きな食べ物って何?」と再度訊く。
横澤隆史の時のように、緊張を解そうとしてくれているんだろう。
吉野千秋が俯いて答える。
「…出汁巻き卵…、です」
その瞬間、羽鳥の時が止まった。
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