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第1―13話

羽鳥は素早くリモコンを掴むと『早送り』のボタンを押す。 木佐翔太と柳瀬優と横澤隆史と小野寺律がクリスマスカラーに彩られた部屋で楽しそうに食事をしたり色んなゲームをしているらしい。 お互いをハンディカメラで撮りあったり、クリスマスソングも歌っているようだ。 そして4人がアップになると、全員で「メリークリスマス!」と言って、やはりクリスマスを思わせる色とりどりに飾られたフォントで『End』という文字が中央に現れてDVDは終わった。 たぶん普通に再生したら15分程度の映像だろう。 そして吉野千秋はチラリとも映らなかった。 羽鳥は茫然としながら、黒いテレビ画面を見つめていた。 それから慌てて立ち上がると、会報の封筒の中身を見る。 だが、この4人のEmeraldを説明する用紙などは入っていない。 羽鳥は次に会報を手に取った。 前回届いた会報と同じ順番で、横澤隆史、木佐翔太、小野寺律、柳瀬優、吉野千秋のフォトと手書きのメッセージが印刷されている。 羽鳥は『DVD』という言葉を探してページを捲る。 メッセージの内容なんて頭に入って来ない。 だが、何処にも『DVD』の文字は無い。 そして吉野千秋のページに辿り着く。 羽鳥は吉野千秋のフォトを目の端で捉えただけでメッセージを読む。 メッセージは前回の会報同様、デフォルメされた二頭身キャラの吉野千秋が漫画の中から語りかけて来る。 『明日からは12月ですね! みんなのクリスマスが楽しく幸せに過ごせるといいな~!! 微力ながら祈ってます! DVDのデザイン見てくれたかなあ? すっごく恥ずかしいけど、喜んでもらえたら嬉しいです! 今回は透明水彩で色を塗りました。 12月は歌番組が立て続けにあるので、みんなと会えるのを楽しみに頑張ります。 勿論会場に来てくれるみんなも、テレビの前で応援してくれるみんなとも!』 メッセージ自体が短いせいか、今回は1ページで終わっている。 それにDVDの絵の事は書かれているのに、肝心のDVDに出演していないことは何も書かれていない。 羽鳥は何気なく、吉野千秋の次のページを捲った。 前回はこの会報に携わったスタッフの役職と氏名と『企画・制作ドラゴンワン芸能事務所』と印字されていて、会報は終わっていた。 だが、今回は吉野千秋のメッセージの裏は白紙で、右側のページのトップに『お詫びとご報告』の文字があり、文章が書かれている。 羽鳥の心臓がドキリと嫌な音を立てる。 『Emeraldファンクラブ会員の皆様、いつもEmeraldを応援して下さって感謝の言葉しかありません。 本当にありがとうございます。 しかし今回の会報について、お詫びとご報告をしなければなりません。 DVDをご覧頂ければお分かりになるとは思いますが、今回のDVDに吉野千秋は出演しておりません。 このDVDはファンクラブ発足からの企画で、メンバー全員楽しみにしていたのですが、当初決定していた撮影日の数日前から吉野千秋が体調を崩しました。 それでもEmeraldのスケジュールと撮影日をギリギリまで調整いたしましたが、最終的に吉野千秋の出演は無理と判断いたしました。 それでも4人だけでも撮影をして欲しいという吉野千秋の強い希望もあり、DVDを制作いたしました。 Emeraldの5人を応援して下さる皆様、吉野千秋を応援して下さる皆様、このような形でDVDを制作したことにご不満やご批判もあろうかと思いますが、どうぞ吉野千秋の心情をご理解頂きたく、お願い申し上げます。 それでもご不快に感じられた方は沢山いらっしゃると思います。 本当に申し訳ございませんでした。 それとDVDのデザインは吉野千秋の作画ですが、こちらは吉野千秋が体調を崩す前に予定通り仕上がっておりましたので、DVDに出演していないこととは関係ございません。 ただ今、吉野千秋は元気です。 体調管理も仕事のうちと吉野千秋は猛省しております。 そして私共スタッフも、吉野千秋が最悪の状態になるまで気付かなかったことを猛省しております。 今後、このようなことが無いよう、吉野千秋共々、私達スタッフも精進する所存でございます。 ご迷惑、ご心配、またご不快な思いをファンの皆様におかけいたしましたこと、本当に申し訳ございませんでした。 どうか今後とも、Emeraldをよろしくお願い致します。 Emeraldファンクラブ・ドラゴンワン芸能事務所』 羽鳥の手から会報が宙を舞って、床のラグの上に音も無くフワリと落ちる。 体調不良… 最悪の状態… 羽鳥は棒立ちのまま、考える。 この会報の冊子だけならまだしも、DVDを制作し、日付指定をして、10万人を越えるファンクラブ会員全員の手に渡るように作成するためには、かなりの時間を要するのでは無いだろうか? 羽鳥にはそちらの知識は全く無いが、常識として1ヶ月は軽くかかるんじゃないかと思った。 その頃の吉野千秋はどうしてた? 羽鳥は必死に記憶を辿る。 羽鳥の考え通りなら、吉野千秋は10月の下旬から今月の初めには体調を崩していたことになる。 羽鳥は、あっと思った。 大学の裏庭で吉野千秋に偶然出逢ったのは、10月31日に会報が届いた1週間前だ。 じゃああの頃から体調が悪かった…? でもあの時の吉野千秋は元気だったし、羽鳥が作った弁当を一生懸命食べて完食してくれた。 でも吉野千秋は腹が鳴るほど減っていたのに、何て言った? 『昨日も1日中撮影で弁当は支給されたんだけど、食う気になれなくて。』 『別に弁当が不味いとかじゃなくて、仕事に集中すると食欲が無くなっちゃうんだ。』 『それになんつーか豪華な弁当とかケータリングとかじゃない、フツーのごはんが食べたくて』 もしあの時、羽鳥が手作り弁当を渡さなければ、あの日も吉野千秋は何も食べなかったかもしれない… 羽鳥は自分の考えにゾッとした。 そして寝室に走った。 まず照明のスイッチを入れ、勉強机の一番下の引き出しを開ける。 そこから、前回の会報を取り出す。 横澤隆史のメッセージの内容。 『料理も得意で、仕事に集中すると平気で食事を抜く上、好き嫌いのある吉野に時間がある時は差し入れを作ってやっている。 あいつを太らせてみたい。』 そして吉野千秋のメッセージの内容。 『横澤さんはとっても面倒見が良くて、偏食気味な自分に俺好みの味付けでお弁当を作ってくれる。 いつもありがとう!!』 『小野寺さんは真面目で努力家。 でも俺と同じで不器用なところもあるから、仕事のスケジュールの合間にダンスのレッスンを一緒にしている。 でも二人とも加減が分からないから、自主練習のやり過ぎでフラフラになってしまうこともしばしば。 でも優がその事を知ってから、スケジュールが合えば必ず差し入れを持って練習に付き合ってくれるようになったから、凄く助かってる。 優はキツイことも言うけど、それは全部俺の為を思ってだから、本当に感謝してる。 優、ありがとう!!』 それから柳瀬優も自分と吉野千秋の味の好みが違うから、食事を作ってやれないのが残念と言ってた… その代わり差し入れをしてやっている。 たぶん吉野千秋の好物だろう。 ハードスケジュールの中、メンバーの2人が吉野千秋の食事を心配して行動している。 羽鳥はこの時点で何も疑問に思わなかった自分が、馬鹿としか思えなかった。 そして吉野千秋はハードスケジュールの中、自主練習までして、加減が分からないからやり過ぎて、フラフラになって… それでも最悪の体調をメンバーやスタッフに隠し通し、ついに倒れた。 吉野千秋は先日の特番の生放送の時には、もうきっと自分が出ないDVDが制作されていたことを知っていただろう。 でもそんな素振りはチラッとも見せず、プロとしてEmeraldのパフォーマンスをやり遂げた。 それがプロならば、当たり前かもしれないけれど。 司会者に好物を訊かれて『出汁巻き卵』と答えた吉野千秋は、本当に嬉しかったのかも知れない。 いや、食事が取れない中、自分の好みにピッタリと合った弁当が食べられて吉野千秋は本当に嬉しかっただろう。 そして、大好物とも思える出汁巻き卵を知って、嬉しくて堪らなかったから、全国ネットの生放送で迷うこと無く答えた。 俺はその時、何してた? 吉野千秋との出逢いを運命だと思って、勝手に吉野千秋を運命の人だと思って、勝手に初恋に落ちた自分の為に泣いていた… 羽鳥は前回の会報をそっと引き出しに戻すと、壁に向かって思い切り頭を打ち付けた。 ゴンと鈍い音が響く。 白い壁には赤い跡が着いている。 羽鳥の額からツーっと真っ赤な血が流れる。 羽鳥は勉強机の上にあるティッシュボックスから、ティッシュを乱暴に引き出すと額を押さえる。 そしてその場に崩れ落ちた。 吉野千秋が心配で胸が張り裂けそうで、それでもプロとして頑張る吉野千秋がいじらしくて、こんな時なのに吉野千秋が恋しくて。 初恋の人。 運命の人。 その人は芸能人のアイドル。 羽鳥が吉野千秋個人にしてやれることは無に等しい。 でも。 ファンとして応援することは出来る。 羽鳥はぐずぐずと悩んでいたのが嘘のように、鮮明に『吉野千秋の、Emeraldのファンでいたい』と思った。 そしてファンとして出来ることを精一杯やろう。 羽鳥にはもう、迷いは無かった。 羽鳥はリビングに戻ると、まず額の傷に大判の絆創膏を素早く貼ると、吉野千秋の映っていないDVDを再生した。 4人は本当に楽しそうだ。 けれど4人は、このDVDを4人で撮らなければならない真実を知っていて、尚、楽しそうに振舞っているのだ。 当たり前だが、吉野千秋がそうであるように、木佐翔太も柳瀬優も横澤隆史も小野寺律もプロとして仕事をしているのだ。 それから会報を読んだ。 フォトは前回のようにメンバーの魅力を最大限に引き出している。 メッセージは横澤隆史も木佐翔太も小野寺律も柳瀬優も、来月から始まるそれぞれのラジオ番組の話が中心だ。 それに吉野千秋のように、来月は歌番組が立て続けにあるから、ファンのみんなに会えることを楽しみにしている、勿論、テレビの前のファンのみんなともと締め括っている。 そして最後に吉野千秋のページを開く。 吉野千秋は表紙と同じ衣装で、暖炉の前でサンタクロースが担ぐような大きな白い袋にプレゼントを詰めている。 その傍らには2体の大きなトナカイのぬいぐるみ。 吉野千秋はやっぱりアイドルスマイルでは無く、ニコニコと子供のように笑っている。 かわい過ぎる吉野千秋に、羽鳥はクラクラする。 羽鳥は気が済むまで吉野千秋のフォトを見て、メッセージを読むと、吉野千秋のページを開いたままローテーブルに置くと、スマホを手にした。 そして『男がEmeraldを応援してますけど、何か?』を開いた。 だが、今日は更新されていない。 次にTwitterを開く。 TLには目もくれず、モリミヤにDMを打つ。 『モリミヤさん、お久しぶりです。 わざわざこんなことを今更言うのもおかしいですが、モリミヤさんには伝えたい。 俺、Emeraldのファンです! 吉野千秋推しの! これからもずっと。』 モリミヤから即返事が来る。 『タケさん、ホント今更だね!笑 俺もそっくりそのまま返すよ。 但し、小野寺律推しだけどな!笑 それと今、Twitterでもネットでも今回の会報について炎上してる。 タケさんはトレンドは見るな。 つーか当分はTwitterもEmerald関連のネットも見ない方がいい。 俺がブログに纏めて記事を書くから、それを読んでくれ。 感想はコメントでもDMでも構わないから。 勿論、DMは何時でもくれていいよ。 吉野千秋の惚気でも!笑』 羽鳥は『分かりました』と返事をするとTwitterを閉じた。 モリミヤはやっぱり良い人だな、としみじみ思う。 そして明日からEmeraldのファンとして出来ることを考える。 自然と口元が緩んでしまう。 羽鳥は清々しい気持ちであれこれ考えていたが、顔にこびりついた血を拭くのを忘れていたのに気付いたのは、風呂に入った時だった。

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