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第1―20話

木佐翔太と小野寺律のラジオは楽しくサクサクと進んでいく。 木佐翔太がツッコミで小野寺律がボケという感じだろうか。 兎に角、木佐翔太のトークは明るくて、聴いているこちらも自然と楽しい気分になる。 そして小野寺律は一見優等生っぽい発言だが、天然が入っていて、そこに木佐翔太が絶妙なツッコミを入れる。 それに答える小野寺律がまた真面目で、自分のボケに気付いておらず、余計笑える。 まるで高校生の昼休みのようだ。 けれど、これはれっきとしたラジオ番組だ。 途中でCMも入れば、曲紹介もある。 分刻みで台本があるだろう。 当然ディレクターがいて合図を出しているのだろうが、木佐翔太は自然にそれをこなしている。 たまに緊張でカチンコチンになった小野寺律がその役目を担うこともあるが、それがまたかわいらしい。 それと少しだが、Emeraldのメンバーのプライベートの話もあった。 木佐翔太は今大学4年で、卒業論文に追われていること。 小野寺律は高校1年の途中からイギリスの全寮制の高校に転校して、デビューに合わせて日本に帰国したが、大学に進学するつもりなので来月のセンター試験に向けて頑張っているらしい。 羽鳥は木佐翔太も小野寺律も凄いなと感心した。 あれだけメディアに露出していて、木佐翔太は大学をきちんと卒業する気だし、小野寺律は大学受験を当たり前のようにする気でいる。 それと横澤隆史は大学1年で、単位をひとつも落としていないらしい。 木佐翔太も小野寺律も、横澤さんなら大河ドラマに出演しても、今と変わりなくスムーズに大学を続けていくだろうな~と、当然のように話している。 そして柳瀬優は美大生で、柳瀬優もまた、横澤隆史のようにスムーズに大学を続けているということだ。 ただ、吉野千秋の大学の話だけは出なかった。 羽鳥はそれに気付いた途端、楽しい気分が吹き飛んだ。 吉野千秋が心配で堪らなくなる。 そう言えば大学で、吉野千秋の話どころか、噂さえ全く聞かない。 今の吉野千秋なら、大学に現れただけでも大騒ぎになるだろう。 いくら学部が違うと言っても、羽鳥の耳にも少しくらい入ってくる筈だ。 交遊範囲が広い高屋敷に聞いてみようか? 駄目だ…と羽鳥は項垂れる。 羽鳥が急に吉野千秋に興味を持っているような発言をすれば、外見は軽く見えるが勘の鋭い高屋敷に何か気付かれてしまうかもしれない。 流石に羽鳥が吉野千秋に恋してるとは思わないだろうが、Emeraldのファンで吉野千秋推しだと気付かれることは大いに有り得る。 なんせEmeraldがデビューするまで、羽鳥は同じ大学の吉野千秋の存在すら知らなかったのだから、疑問は即確信に変わるだろう。 高屋敷は良い奴だが、享楽的なところがあるので、アイドルに無縁だった羽鳥を冷やかし、羽鳥の為と理由を付けて吉野千秋について情報収集をしたりと騒ぎ立てることは目に見えている。 そして見た目が派手で目立つ高屋敷の行動は大学で注目されるだろう。 冷やかされるくらいは羽鳥はどうということも無く切り抜けられる自信があるが、高屋敷や他の学生達に興味本位であれこれ言われるのは絶対に嫌だ。 羽鳥にとって吉野千秋はただのアイドルでは無い。 大切な運命の人、大切な初恋の人なのだから。 羽鳥が向ける吉野千秋への想いを、土足で踏みつけられるようなことは許せない。 こんな時は、やはりモリミヤと話したくなる。 例えネット上の繋がりしか無くても、羽鳥が吉野千秋を運命の初恋の人だと打ち明けて無くても、モリミヤは羽鳥の気持ちを一番解ってくれる。 けれど、今夜は初めての木佐翔太と小野寺律のラジオ放送の日。 小野寺律推しのモリミヤは、ラジオを聴いて楽しんでいる筈だ。 モリミヤの邪魔はしたくない。 そしてふと羽鳥は、モリミヤにファンクラブミーティングに当選したことを告げるのは無神経ではないだろうか?と思った。 モリミヤは落選しているかもしれないからだ。 もしこれが逆の立場だったら? 画面では『良かったですね!おめでとうございます!』くらいはカキコミ出来るだろうが、羽鳥は正直なところ複雑な心境になるだろう。 自分の狭量さが嫌になるが、本心だ。 そして羽鳥は、木佐翔太と小野寺律のラジオを聴きながら、まずモリミヤのTwitterを見てみた。 モリミヤは番組の始まる5分前に 『これから待ちに待った木佐翔太と小野寺律のラジオだ! どんな内容だろう? チョー楽しみ過ぎてツライ!!笑』 と、ツイートしている。 羽鳥はいいねを押すとTwitterを閉じ、モリミヤのブログ『男がEmeraldを応援してますが、何か?』を開いた。 タイトルは『祝!木佐翔太と小野寺律のラジオが今夜から放送!』。 今日の午後に更新されている。 今までのモリミヤのブログの記事の中で、ハッキリ言って一番浮かれている内容だ。 木佐翔太には悪いが、と前置きして、小野寺律の事が延々と書かれている。 だが記事を読み終わり、コメント欄を見て羽鳥は思い出した。 コメント欄は『管理人の承認待ちです』が3件ほど並んでいる。 次にモリミヤが横澤隆史のラジオ放送の初日に書いた記事のコメント欄を見てみると、コメントが50件程表示されていて、承認待ちのコメントは無いが、モリミヤのコメントへの返事はまだ無い。 そして最新記事に向けて戻るようにスクロールしていくと、今日の記事の前日の記事に『コメントのお返事についてのお知らせ』とあって、『コメントのお返事が遅れていて申し訳ありません。徐々になりますが、お返事は必ずいたしますのでご了承下さい。エメオタにも日常生活っつーのがありますので。笑』と書かれている。 そこまで読んで、羽鳥は自分の馬鹿さ加減を自覚した。 Emeraldの先月末に届いた会報で、SNSもネットも炎上した。 でもそれだけでは無い。 モリミヤのブログも炎上したのだ。 SNSとネットの炎上に言及した記事に、120件を超えるコメント来ている状態で既に異常事態だったのだ。 だからモリミヤはコメントを承認制に切り替えた。 たぶん自分のブログを読みに来てくれるEmeraldファンが不快にならないように。 そしてモリミヤは罵詈雑言が書かれていたであろうコメントを削除し、モリミヤがEmeraldのファンとして受け入れられる男性からのコメントを表示した。 モリミヤは一言も自分のブログが炎上してる事を記事にしなかった。 罵詈雑言を浴びせられていることも。 けれどブログを立ち上げるくらいEmeraldの大ファンで、堂々と小野寺律推しと明言しているモリミヤが、心無いコメントを読んで傷つかなかった筈は無い。 そしてモリミヤは羽鳥をも傷つけないようにしてくれた。 Twitterでもネットでも今回の会報について炎上してると教えてくれて、『タケさんはトレンドは見るな。つーか当分はTwitterもEmerald関連のネットも見ない方がいい。俺がブログに纏めて記事を書くから、それを読んでくれ。』と言ってくれた。 だから羽鳥はモリミヤの言う通り、SNSもネットも見なかったから、Emeraldが責められている事に心を痛めはしたが、Emeraldに向けられる罵詈雑言を見て傷つかずに済んだ。 「それではまた来週~! 来週の月曜日と火曜日の2日連続のテレビの生放送の歌番組と、金曜日のラジオ、土曜日のテレビの生放送の歌番組、楽しみにしててねー!」 という木佐翔太の楽しげな声と 「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」 という小野寺律のちょっと緊張した声で、羽鳥は我に返った。 ラジオは4分の1程しか聞けず終わってしまったが、録音はしてあるし、書き起こしもするから問題は無い。 それよりも、今更ながらモリミヤのやさしさに胸がいっぱいになった。 それに今更モリミヤにブログが炎上していた事に気付かなかったことを謝ったとしても、モリミヤのブログを読めば、もうあの件はモリミヤの中では終わっていることが分かる。 羽鳥は深く息を吸い、吐いた。 モリミヤのブログの炎上にも気付かなかった馬鹿な自分。 そんな自分がモリミヤのやさしさに応えられるとしたら、何だ? 羽鳥はTwitterを開くと、迷わずモリミヤへDMを打つ。 Emeraldのファンクラブミーティングに当選したことを。

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