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跡 濁されたまま 8 ※
授業後に待ち合わせに指定された裏門へ向かう。原田も同じ講義に出ていた。隣には片寄の姿。片寄が原田に話しかけて、原田は遠慮がちに距離を取っていた。講義が始まれば、原田の肩へ片寄が身体を傾けて凭れていた。女子のスキンシップは分からない。原田と片寄が座る席の斜め後方に座って牧島は2人を見ていた。講義室で合流した牧島の友人たちもまた、片寄を見たり端末をいじったり配布資料に落書きをして講義に集中している様子はなかった。
「牧島くん」
考え事して、身体だけが裏門へ向かう。双海の柔らかい声が牧島を現実世界へ戻す。
「あ、すんません。待たせました?」
「ううん。さっき家片付けてきたところだから。牧島くんを待たせちゃってるかと思ったよ」
双海の肩に乗った鳥は牧島が双海に近付くと跳ぶように牧島の肩に乗り移る。おとなしくしているけれど首は忙しない。
「同じ名前だからかな。牧島くんの方が、居心地がいいみたいだ」
他意はないようだが、牧島が「なんかすんません」と謝れば、いつもより大きく笑みを浮かべて「そういうんじゃないよ」と返される。
双海の家は大学から近い。日野に連れられた時と同じように、和風な造りの敷地を見渡してしまう。古都や仏閣寺の特集や茶のコマーシャルでしか見ないような見事な庭が広がっている。まるで宿泊施設のようだ。双海はここで落ち着いて暮らせるのだろうか。
「やっぱすごいっすね」
「祖父の趣味でね。維持するのが大変だよ」
苦笑いで双海はポケットから鍵を出して玄関の戸を開ける。その間もずっと牧島は新興住宅の中にある異次元の静けさにきょろきょろと頭を動かす。まるで森だ。
双海が引き戸を開いて牧島を通す。
「お邪魔します」
「オレンジジュースで大丈夫?炭酸の方がいいかな」
双海が引き戸を閉めながら問う。日野から聞いているのか、それとも双海の気遣いか。茶も紅茶もコーヒーも、やはり牧島は苦手だった。
「気、遣わないでください。すぐ帰るすから」
「僕がそうしたいんだ。もしかして忙しかったかい?」
双海は笑みを浮かべたままだが不安げな表情になった。誘ったのは双海だ。すぐ帰るなどと言うべきでなかったのだと牧島は思って、すぐに取り繕う。
「いや、何もないすよ!じゃ、じゃあオレンジジュースお願いします」
日野に連れてこられた時と同じ部屋に通される。肩に乗ったままの鳥をどうしていいのか分からず、乗せたまま座布団に上に座った。双海は台所に向かったようで冷蔵庫を開ける音が聞こえた。すぐにオレンジジュースが運ばれて、牧島の目の前にコースターと共に置かれる。ストローの飲み口だけストローの包装紙で覆われている。日野の時と同じだ。煎餅やチョコレート菓子などが入った小さなお盆も一緒に出された。
「お茶も紅茶もコーヒーも、今の子は飲まないよね」
双海が牧島の肩に乗っている鳥に手を伸ばし、木製の軸に吊るされた籠へ入れた。話すことが思い浮かばず牧島はオレンジジュースを飲む。牧島はオレンジジュースもあまり得意ではなかった。薬品の味が強い気がしていたから。だがこのオレンジジュースはオレンジそのままの果汁の味がした。
「すんません。ペットボトルの甘いやつなら飲めるんすけど」
「淹れるの手間掛かるしね。牧島くんは何が好き?いっぱい来てもらいたいから、好きな飲み物、買っておくよ」
双海は好意的だ。息子の名前と同じだから、重ねているのだろうか。牧島はストローを口に入れたまま双海を見つめる。爽やかなで透明感のある風貌だ。牧島より大分年上のように思えたが髪は豊かだ。剛毛というほどでもなく、毛自体は細いように思う。男性ホルモンが多い、という風でもない。背は高いが線は細く痩せている。
「このオレンジジュース、美味しいすよ」
返答になっていない返答をして、牧島は質問を躱す。苦手な飲み物はあるが、出してほしいと言えるほど好きな飲み物も特にはない。炭酸飲料は大体好きだが言うのも憚られる。
「そう。なら今度もそれでいいかな。他に飲む人がいないから、遠慮しないで」
眦に寄る皺が柔らかい。形の良い桜色の唇が緩む。
「日野さんは飲まないんすか」
他に飲む人がいないから。牧島は引っ掛かって訊ねた。そもそも同居しているのだろうか。双海は少し顔を顰めたがすぐに戻る。
「漣くんは甘いの嫌いだから」
「あ~、何か想像つくっすね」
「漣くんと何か・・・あったでしょ」
日野の話を出すべきではなかった。牧島はストローを齧った。
「え?」
「怒らないから。言ってごらん」
いちいち話すほどの内容ではない。何と言葉にしていいのか。牧島は双海の目を見て固まる。日野にされたことは義理の兄に言う話ではない。日野の立場もある。双海とこれからどうするというのだろう。
「べ、別に、何も」
大事なところで舌を噛む。双海が怖い。華奢で儚げな男であるのに、今だけは大きな壁のように思う。
「身体とか、触られなかった?変な風に・・・」
日野が以前、ここでしたように双海の手が頬に触れる。包み込むように優しいけれど冷たい。日野も優しい手付きで牧島に触れた。けれど雰囲気は優しくはなかった。血縁関係のある兄弟ではないと聞いているが、仕草はそっくりで牧島は苦笑いを浮かべる。
「日野さんとは、別に何にもなかったすよ・・・」
誤魔化せば何度か頬を撫でる双海の掌は止まる。冷たく乾燥しているその手に、冷や汗が気付かれてしまうのではないかと牧島は思った。
「漣くんはそうは言ってなかったよ」
あくまで声音は優しいのだ。けれどやはり怒っている。悲しんでいる。ネガティブな感情が伝わってしまう。
「え・・・」
「僕が怒ると思った?きちんと説明しなかったからね」
「日野さん、何か言ってたすか・・・?」
日野から何か聞いているような口ぶりだった。牧島の胸が重くなる。日野に卑猥な悪戯をされた。そのことを双海に話したのだろうか。双海から詳しく話す気はないようで、牧島の頬から掌を離す。
「やっぱり何かあったんだね。話したくないなら、無理に聞く気はないんだ。ただ漣くんに傷付けられたりしなかったかな、と思って」
「傷付けられる・・・って・・・別に引っ掻かれたりしたワケじゃないすよ」
双海にかまをかけられた。試された。白状したも同然だ。
「拗ねないで。ごめんね。ただ本当に漣くんが君と何かあったようなことを言っていたから気になって」
「カラオケに連れて行ってもらっただけすよ。メロンソーダ飲ませてくれたんす。歌ったりはしなかったすけど、少し話したりして」
思い出したくはない。思い出したら戻ってこられないような気がした。あの感覚なしでは過ごせないようになるのではないかと思うと、手を伸ばしてはいけない記憶のようで。双海が牧島を見つめていることも気にせず牧島は頭を抱えて覚えている感触だけを捨てるように日野の言葉を拾い上げていく。双海は話の内容を言及してきたりはしなかった。ここにきて遠慮なのだろうか。何故そこまで自身にこだわるのか牧島は不気味に感じて、自ら話すことをやめた。
「・・・そう。何かあったなら正直に話してほしい」
「特に双海さんに話すことはないす」
干渉的な双海を睨み上げて冷たく返すと、ふと頭に言葉が蘇った。「義兄 さんの産卵、見たんだろう?」。日野が口にした当時は混乱していたが冷静になった今気に掛かる言葉。「基生、お父さんと遊びたがっていただろう?」。もとき。モトキ。日野の呼んでいた名前は誰に向けていたのか。
「双海さんの息子さんの話、してもいいすか」
牧島から切り出せば、双海は大きく顔を上げる。無神経な話だと思ったが双海が詮索してくるのだから仕方がないと割り切る。
「いい・・・けど」
傷口に爪を立てられた、そんな声と顔で双海はいいと言った。触れてほしくない話題であるということをこれでもかというほど身体で伝えてくる。正された姿勢も、力んだ肩も、組まれた腕も。神経質に歪んだ眉根も、泳いだ眼球も。
「カラオケで日野さんと何を話したか、聞きたいんすよね?それともそこまでは気にならないすか?」
追い詰められたネズミを実際に牧島は見たことがないけれど、今の双海のようなものなのだろう。触れてはいけない話題かもしれないという直感は本当のようだった。
「もときと関係があるのかい?」
「関係があるっていうか・・・病院で双海さんが使ってたビー玉、息子さんのらしいっすね」
何に、何に使っていたのかまでは言えず、牧島は口籠る。双海の白い顔が少し赤く染まって俯くのを気不味そうに見てから目を逸らす。双海の痴態を見せられたし、双海は見てくれとも喘ぎ喘ぎ言っていた。少し濁った桜色の窄まりからビー玉が顔を出すのを目の当たりにした。思い出すな、と牧島は自分で頬を引っ叩く。目の前に当人がいる。気不味くなる。直視出来なくなる。どう対応していいか分からなくなってしまう。あれは夢だった、妄想だったと誤魔化しが利かなくなる。
「そう、だよ・・・漣くんはそんなことを態々君に言ったのかい」
「はい。息子さんが双海さんと遊びたがっていた、みたいな」
「そうかい」
双海は自ら息子について語ろうとしない。訊ねようか迷って、訊ねてしまう。日野が譫言 のように口にする双海の息子のこと。同じ響きを持ちながら、向かう先は違う名前。
「もしかして、息子さん・・・」
言い切ることはできなかった。
「死んだよ」
特にどうということもないふうに双海は牧島の言葉に続けた。自嘲を含んだ笑みを浮かべて牧島の目を真っ直ぐ射抜く。
「・・・すみません」
「気にしないで。分かっていたんだろう?」
「確信していたなら訊かなかったすよ。離婚って方も考えていたんで。でも訊きたいのはそこじゃないすケド」
双海は笑顔を崩さず、けれど踏み込んでくるな、という雰囲気は醸している。牧島はその顔を見つめる。
「じゃあ、何?」
壁を作り始めたくせ、双海は問いを促す。訊かれたくない、何を訊いてくるのか、双海が身構えているのは、空気を読むのが苦手だと自覚している牧島にも分かった。
「訊こうか、迷ってるすよ。ホントは」
「何を。息子がなんで死んだかって?」
だから訊こうか迷っているのだと正直に打ち明ければ双海は牧島が考え付かなかった疑問を提示する。いや違うすよ、という否定をすぐに出せばよかったのだと、後から気付き、牧島は黙り込んでしまった。それを肯定と受け取った双海は一度は口を開くが、声を出さずにまた閉じてしまう。言わなくていいす、と返すことも忘れて、牧島は双海の唇を見つめた。色の薄い唇が震えながらもう一度開かれるのを確認すると同時に玄関の戸が開く音がした。引き戸の高い音。双海がしなやかに立ち上がる玄関の方からも遠慮のない足音が牧島たちのいる部屋を目指してきているようだ。立ち上がった双海の表情が途端に険しくなって、牧島を向くとさっきまで見つめていた唇に人差し指を立てられる。静かにしろ、ということのようだ。そして小声で「隠れて」と囁いて、牧島が背にしていた押入れを指す。
「え、ちょっ」
意味が分からない。どういうことかと訊ねようとすれば口元を塞がれ、双海は唇に人差し指を添えたまま牧島を一瞥して玄関へ向かう。牧島は仕方なく押入れを開けて、中に入った。
「漣くん・・・」
双海が口にした名前に牧島は反射的に口元を両手で押さえた。双海が隠れろと言った理由は日野だったのだ。
「義兄 さん」
押入れの戸の隙間から光が漏れる。曇ってはいるが声は聞こえる。どこか日野は怒っている。牧島はそのような気がした。
「漣くん、基生に近付かないでくれって・・・言ったよね?」
「彼はどこにいる?まだこの家にいるんだろう?靴があった」
「基生には会わせない」
隙間から漏れていた光が遮られる。双海が押入れの前にいるのだろうか。
「義兄 さん、彼はアンタの息子じゃない。俺の甥でもない。だから俺が何しようが、勝手だろ?」
言い争いだろうか。牧島は真横に積んである座布団の山に身体を預けながら呑気に話を聞いていた。
「でも漣くんは、基生と・・・あの子を同一視してるよね?」
「それは義兄 さんの方だろ。・・・彼に懺悔でもしていたのか?」
日野の声を最後に鈍い音がした。押入れの戸を開けそうになって、すぐに離れる。
「漣くん、そんなにおれから・・・奪って楽しい?」
すぐに聞こえた双海の声は震えていた。消え入りそうで、悲しそうだった。
「あの子に手を出さないでほしい」
「妬けるな。あいつはアンタの息子じゃない」
「だったらあの子に執着するのもよせ」
自分の話をされている。牧島は座布団の山から身体を起こし、戸に耳をそばだてる。
「義兄 さん」
日野の艶めいた声。牧島は耳を塞いだ。双海が息を吸った音が最後に聞こえた。
日野は双海を畳に押し倒して唇を塞ぎながら双海のシャツをたくし上げる。日野の姉が選んだブランドのシャツだ。日野の姉はブランド志向だ。双海は律儀にそれを着る。片肘を双海の顔の横について、片手で、シャツと同じブランドのベルトを外す。これもまた日野の姉からの誕生日プレゼントだった。
「姉さんの・・・」
呟くと、双海の白い身体が小刻みに震えた。唇を放して、ベルトを巻く。双海は口元を脱いで、日野から目を逸らした。
「ここで抱いたら、彼に声、聞かれるな?」
飲みかけのオレンジジュースと乱雑に置かれた荷物。押入れ。日野は順番に視線を移して、それからすぐ傍で仰向けに横たわる双海を見下ろした。双海の腕が力なく日野の腕に絡む。
「でも病院で見せたんだろう?」
こくりと頷く双海を確認して再び双海の唇に触れるだけのキスをする。
「もう、こういうのは・・・」
鳥籠の黄色の小鳥は能天気に跳ねている。双海が眉根に皺を寄せている様を見下ろしている。
「嫌?本当に?でも結局は義兄 さんから求めてくる」
双海の唇の端から端を指でなぞってから、狭間へ指を入れていく。前歯が侵入を拒むが、そのまま奥へと人差し指と中指を突き入れた。生温かい舌が怯えるように縮こまっている。
「ふっ・・・」
「この部屋にいるみたいだな?いっそ聞いてもらったらいいんじゃないか」
双海の口内で舌を摘まむように撫でる。
「んむっ・・・んぐ」
日野の指が双海の唾液で光る。
「無情だな。息子の代わりで飼った鳥は義兄 さんを助けてはくれない。あのガキも・・・名前も顔も雰囲気も似ている、が、他人だ。他人じゃ・・・どうしようもないな」
「ぅんっ」
双海を俯せに促しながら腰を上げさせる。後ろから覆いかぶさって、耳朶を食むと双海の肩が大きく震えた。畳の上に双海の呑み込み切れない唾液が滴る。まるで涙のようで、日野は双海の顔を一度確認してしまった。
「他人じゃ口を出せない。他人じゃアンタの息子にもなれない」
「牧島くんっには・・・何もッ」
「しない」
日野の指を噛まないように喋る双海の目は潤んでいる。抵抗できない小動物を目の前にしたときのような、残酷な感情が日野の中で湧き上がり、口の端を吊り上げて笑った。
「という約束はできないな」
ベルトが外れて下ろしやすくなったジーンズを日野は躊躇なく下着ごと腰からずり下ろす。これもまた日野の姉の趣味のブランド。誰がみるのかも分からない裏地に青を基調としたチェック柄の生地があしらわれている。
「漣くんっ・・・おれはっ・・・」
畳に立てた爪が白くなっている。全て合意の上だったはずだ。拒否の言葉を聞くつもりはなくて、日野は露わになった臀部に顔を寄せる。
「どうせすぐ何も分からなくなる。俺に身を委ねろ」
双海は頭を振った。穏和な顔はすでに蕩けている。まだ肝心な部分には触れていないくせに、そういう空気になればすぐにこうなるのだ。そうなるように日野がした。だのに口では嫌だ何だと抵抗する。臀部を撫でながら奥の窄まりを舌先で撫ぜた。双海の痩身が大きく跳ねた。
「見とけよ、基生。父さんが義兄に犯されてるところ」
「いや・・・ッやめて・・・漣くんッ」
双海に舐めさせてふやけた2本の指を慎ましげな菊に突き立てる。
「ふぅっ、ううう・・・」
「姉さんはこんな義兄 さんを知らないんだな」
柔らかい内壁が日野の生温かくなった2本指を締め付けて絡み付く。辿るように関節を曲げて粘膜に誘われながら日野はぽつんと呟いた。双海には合わない派手な女だった。親の再婚で血の繋がらない姉だったが、姉は姉だ。長年の同居で他人でもひとりの女として認識することはなかった。
「いや、意外と知っているかもしれない」
独り言だ。言葉で責めて遊ぶ趣味は日野の自覚のうちにはない。
「ねぇ、義兄 さん」
姉と血が繋がっていないのだから、双海に構うのはおかしい。双海を義兄 と呼ぶ度に過る疑問。けれど姉は姉だ。だから血の繋がらない甥も、甥に変わりはない。
「仮に俺と義兄 さんの間に子どもができても、俺と義兄 さんは赤の他人のままなんだ・・・」
いつもは日野の雄で触れるそこを指で撫でる。双海の甘えた声が漏れたが日野はぼうっとして、ただ指だけを動かす。
「クソガキ、聞いてるか?ここにいるんだろ?」
日野が押入れの戸を睨む。
「漣くんっ・・・あっ」
双海の手が日野の腕に触れる。牧島を気に掛ける余裕があるようだ。双海の弱味を強く押し潰すように擦ると嬌声を上げてから浅い呼吸を繰り返す。
「分かってただろ?病院で見たんだろ?どう思った?なぁ、お前の父さん、どうだった?」
「漣くん、漣くんッ」
双海が起き上がって日野の顔を固定すると噛み付くように唇を奪う。全体重をかけて日野を押し倒した。求めるように名前を呼ばれるけれど、求めているのではないことはすぐに分かった。自分ではない男のことを考えている。自分ではない人のことしか考えていない。身体はそうではないくせに。
日野の唇の狭間に舌を挿し込んで、日野の舌に絡める。双海からするのは初めてで、慣れないのかたどたどしい。それが日野には蔑ろにされた気分にしかならなかった。
「おれを見て、漣くん」
透明な糸が2人を繋ぐ。けれどすぐにその糸も切れた。
「いつだって義兄 さんしか見てないだろ、俺は」
双海の身体が滑るように日野の身体を辿り、スラックスを寛げる。躊躇いもなく、僅かな反応を見せている日野の股間に顔を埋めた。日野の手が双海の髪に触れる。暫くすれば室内に水音が響き出す。日野から見ても優雅でしなやかな普段の双海からは想像ができない、不器用で下品な音を出しながら双海は日野の中心を舐め上げて、吸い上げる。
「漣くん」
慣れないのか何度も顔を上げて口を放してしまう双海の髪を指で梳く。双海に名を呼ばれるのが好きだった。双海が自分を見てくれている気に、日野にはなった。配偶者の弟、しかも血の繋がらない嫁の弟。それでも実の弟のように接する双海に次第に姉の夫であるという事実以上の想いが募っていった。
「いいよ、義兄 」
根元を扱きながら先端部を中心に双海は口に含んで動かした。肉体関係を結んだのは想いを自覚して間もなく。姉が双海との子を孕んだ時は怒り、そして焦ったものだった。この淡泊そうだが柔和な男が姉を抱いたのだという事実に吐き気がした。そして双海の血を引いた基生という息子に、素直に感動した。
「口に、出す?」
顎が疲れたのか一度双海は息を整えるために顔を上げる。日野は首を横に振って、双海の腕をとって立ち上がらせる。向かい合って双海は日野の首に手を回す。日野のすでに天を仰ぐ先端に自らの窄まりを合わせながら腰を落とす。まだ解しきれてはいないものの、ゆっくりと双海は腰を落としていく。
「ふぅうっ・・・くっ・・・」
日野の身体にしがみつき、唇を噛みしめながら双海は下半身の内部に侵入してくる異物感に耐える。途中まで銜え込んで、強く日野を締め付けたため、日野は息を呑んだ。全て収めた直後の引き絞るような動きが日野を一気に昂ぶらせたが、それでも日野は耐えた。双海はぐったりとして日野に身体を預けてしまっている。
「基生、これがお前のパパだ」
「ひゃ、あ、あ、あ、あ、あ」
油断しているらしい双海に腰を打ち付ける。突き上げながら、だらしなく口を開いて涎を垂らす双海を見つめた。双海は日野に構うことなく拾ってしまう快感を逃がすことで精一杯のようだった。
「基生、お前のパパ、最高だな」
「あ、あ、ぃやっ、だめ、やめて、もと、き、れんく、ん、ああ」
上下に揺さぶられながら双海は日野の両肩を力なく押さえる。
「あ~、姉貴、2人欲しいって言ってたけどこの様子じゃもう姉貴抱けないだろう?」
双海の身体と連動して揺れる双海の前を優しく揉みしだきながら日野は笑う。頭だけがタイムスリップしたような感覚だ。姉がいつ帰ってくるのかもわからない休日の夕方はこうだった。姉も子どもも何も知らない何も分からない、何も気付かないと高を括りながら。
「あ、ああ、そこだめ、そこだめぇええ」
双海自身を弄る日野の手を力の入らない手が撫でるような手付きで抵抗する。
「どうなの、抱ける?姉貴のこと抱ける?」
「な、ぎさ、なぎさぁっ」
日野の姉を呼びながら射精しそうになる双海の根元を堰き止めて日野は激しく穿つ。双海が断末魔のような声を上げて首を振る。姉の名を出してくるとは日野も思わなかった。
「出し、たい、ああ・・・出させてぇ」
びく、びく、っと身体を大きく震わせて腰を突き上げるような動きで引き攣らせながら切ない声で絶頂を乞う。日野は無視して双海の前を戒めたまま腰を動かした。
「あああ、いや、いいいいいああああ」
虚ろな瞳で口の端から涎を垂らし、枯れた悲鳴を上げて日野に体重を預けている。日野の激しい腰の動きが止まる。
「あ、中・・・あッ・・・」
絞りとるように双海の結合部が蠢いた。日野の雄が双海の奥の奥で脈動し、双海を苛む。双海との行為でコンドームを使ったことはなかったし、全て腸内射精だった。男同士で妊娠はしないと分かっていながら、何かを期待している。女との行為は感染症のことも恐れて、自分の子を孕みたがる女の意見を全て無視した。日野は双海の中に吐きだすだけ冷静になっていく頭で双海の後頭部を掴んで胸に抱く。
「手、はな・・・しっ・・・」
双海の根元を力強く掴む日野の腕を引っ掻く。
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