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赤と白か黒 5
「ンぐっ、ぐふっ」
「全体的にお上品すぎ」
頬を窄めて頭ごと揺らして神楽常寺を舐め上げている途中で、神楽常寺が悪戯するように突然腰を突き上げる。意図していなかった奥の粘膜に先端が当たり、苦しさに一度口を放してしまう。妖しく光る神楽常寺の屹立と呼べるまでには成長させられたものを、喉を押さえて睨む。
「すみませッ…っ」
息を整えながら、口を放してしまったことを詫びてまた神楽常寺の中心を口に含む。
「吸う力と締める力が弱い」
「っ、ひゃい」
歯を立てないように返事をすると、口の中のものがわずかに質量を増す。また小さく神楽常寺が腰を突き上げたが、神楽常寺の意思ではなかったらしく、神楽常寺を窺いみれば、熱い息を深く吐いた。
「~~~っ口に入れながら喋らない!」
返事をするなという神楽常寺の言いつけと、返事をしなければという義務感が綯交ぜになって、ふぅン、と甘えた猫の鳴き声のような息が鼻から抜けた。先端を中心に小刻みに頭を動かすと、ぐぽぐぽ、と下品な音がして羞恥で顔が熱くなる。
「うっ」
神楽常寺の眉間に皺が濃く刻まれて、力んだ。雪村の頭を撫でていた指が髪を押し付ける。
「ふ、ン、ぅむ、」
その手つきと漏れる声が。
「よく、なって、きたッ…」
いいよ、峡多。
感じる声が好きだった。お互い向き合って、雪村が上に乗って擦り付け、未馬は髪を撫でたり耳を食んだり首筋を舐める。
峡多、オレだけの、峡多。
それは秘密だった。2人だけの秘密。未馬は年頃になっても、性的奉仕をする者を就けなかった。むしろそういった教育のされていない雪村を選んだ。
もっと、気持ち良くなって、くださ、い――
「ん、ぐ、ん、んふ、んっ」
未馬様、未馬様、未馬様。未馬の滑らかな肌を思い出す。長い指、白い手。浮き出る手の甲の骨が扇情的だった。頭を撫でている手も、口の中の猛ったものも、愛しいもののように思てえてきて、じゅぽ、じゅぽ、と水分を多く含んだ音が大きくたつのも気にせず、唇を締める。
「っあ…!ちょ、なんか、いきなりッ」
神楽常寺の腰が揺れはじめ、雪村は押さえつけるように根本を扱く手を止める代わりに指の腹で締める。
「っぅ、すげぇ、いい」
神楽常寺の掠れた声に雪村は目を細める。記憶の中の心地良い声。
すげぇ、いいよ、峡多、峡多…
月の綺麗な日は特に未馬は雪村を激しく求めた。
お前は綺麗だな。顔も、目も、肌も…
月の光よりも優しく触れられて、慣れることのない照れ臭さに目を逸らすと、お仕置きだ、と目元にキスをされる。
「顔、見せ、ろ…っ」
言われた通りに顔を傾ける。頭の中の人物と、一致しないことに一瞬の戸惑いを覚えて、また顔を戻してしまう。視線が合うと頬の内側で締められた神楽常寺のものがびくりと大きく震えた。挑発的だが余裕のない表情で雪村の視線を捕らえていた。
「イ、 く、」
口内を満たす唾液ごと強く吸い上げると、後頭部を引き寄せられる。
「ぅぐぐ、ぁっく」
鼻から悲鳴が抜ける。雄の匂い、青い苦味も抜け、眉を寄せ目を閉じる。
「飲んで」
神楽常寺は身体を支えていた腕を額に当てて、ベッドに背を預けて余韻に浸っているらしかった。雪村も倒れ込んでしまいたかったが神楽常寺の手前それは出来ず、神楽常寺の言った通りに神楽常寺の体液を飲み下す。味を判別するまえに大きく息を吐くが、独特の風味から逃れられはしなかった。
「理想タイムは5分なんだわ」
「…5分、ですか」
雪村の眠っていたベッドで仰向けになって顔だけを雪村のほうに曲げる。
「出来そう?」
「善処は、致します」
それは神楽常寺の機能の問題ではないのだろうか。
「まぁそれ専門ならってタイムだから。お前なら15分くらいを目標に頼む」
まだ神楽常寺の体液が喉に絡み付いているような気がして喉を押さえて何度も唾液を飲みこむ雪村の肩を、上体を起こして叩く。
「ナイスガッツだわ」
それならもう寝かせてくれ、と頭を下げたかった。立ち上がって前で手を組み、姿勢を正して真っ直ぐ立つ。今日はまだ仕事開始日ではないはずだ。この疲れは何なのだろう。治る怪我も治らない。重くなった頬と顎を確かめるように触れ、神楽常寺が退室するのを待つ。だが神楽常寺は退室どころかベッドの上に放置していたPCを再び操作しはじめた。
「あんま、煌をいじめないでやってくんねーかな」
「心当たりがございません」
口元を曲げて神楽常寺は雪村を横目で見る。ホントかよ、と得意の煽るような嫌味っぽい喋り方で笑う。
「かわいい男だろ」
「神楽常寺様がそうおっしゃられるのなら、そうなのでしょう」
「疎ましいのか」
PCがスリープ状態から起動する音が微かに聞こえる。
「10年もあれば人間は変わるものです。昔の私を追って、押し付けられるのは居心地が悪いのです」
「ほ~ん。まぁオレに対するドライさは変わってねぇやな」
頬杖をついてパープルの光りを浴びる神楽常寺は怠そうにクリックしている。
「そうですか」
「自覚ねぇの。別にいいんだけど、もうオレのものだから」
貴方のもとで働くことにはなりましたが、貴方のものになったつもりはございません、と言えたらよかったがそういった気力もとうに失せていた。
「今度お前をパーティーに連れてってやるよ」
「身に余る大役でございます」
「あ~、まぁ“ご奉仕 ”だから。何着せよっかな。スタイルいいし顔がいいしから何でも様になっちゃいそうだな」
よくある探偵のような、顎に手を当てるポーズをして画面と雪村を見比べる。黒だな、いややっぱ清楚に白…、と色について思案しているようだ。雪村は肩を落とした。神楽常寺が関わるパーティーなど碌なものであるはずがない。以前未馬に連れられて行ったことがある。料理は美味いし、サービスも良い。音楽や照明、衣装、どこれも良かった。だが乱交パーティーと実質変わらなかった。
「嫁探しだから、君が選んでくれた子ならオレ、うん、多分イケるわ」
神楽常寺家は結婚しない。ある程度の家柄の女性を選んで、孕ませて、産まれた途端に取り上げる。
「そのような大役、やはり私にはとてもとても…」
未馬は当時ただの見学として参加し、雪村もどうせ暇をするだろうから、と連れられた。絵本で見たことのある人魚姫のようなブルーともグリーンともいえない色のドレスを身に纏った巻き髪の女性の後ろ姿が印象的だった。露出した白い肩から不思議と目を放すことが出来ず、それに気付いた未馬にからかわれた。遠い昔の話だ。あれは何をしていらっしゃるのでしょう、と身体を寄せ付け重なり合い、覆い被さり縺れ合う男女の姿のその意味を雪村は当時はまだ知らなかった。未馬がけたけた笑って、今度オレたちもやってみれば分かるんじゃねぇの、と意地悪そうに言っていた。
「ちゃけば 煌の選ぶ女 はあんまシュミ良くねぇんだわ」
「そう、なのですか?」
それもやはり神楽常寺の趣向や性癖の問題なのかもしれない。
「太った年上、それも四十後半とかばっか選ぶんだよな。ヤれないこともねぇけど、問題は過程よ」
神楽常寺から明かされる籠原の趣向にどう反応していいか分からず、戸惑う。人それぞれの感性や経験だろう。
「オレは誰でもいいんだけどよ」
吐き捨てた言葉はおそらく独り言で、どこか不満そうな色を含んでいる。
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