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赤と白か黒 11 ※ 【未完】

 よく晴れた商店街。見慣れた土地。神楽常寺に連れ去られた大通りの近く。神楽常寺邸の者だと分かってしまう制服姿の長身の男2人が並ぶ図は人目を引いた。 「そ、そろ、そろ帰りますか?」  籠原が黙って歩く雪村に訊ねる。行くあてもなく雪村は実家の方へ無意識に進んでいた。籠原は様子を見ながら雪村に任せていた。お互いに進路を委ねていた。 「もう少しだけいいですか」  駅前に広がる大規模な公園の入口で微風(そよかぜ)が2人を打つ。籠原は頷いた。すぐに戻りたいと言われるのだとばかり思っていた籠原は目を丸くして地面に視線を落とす。  昔、4人でここへ来た。変装した未馬を連れて。真っ白い雲が美しい晴れた日。風は湿気を帯びて日差しは強かったが過ごしやすかった。胡散臭いシルバーや骨董品、ご当地の農作物やリサイクルした古着などの露店を見て回って、ケータリングで来ていたクレープを買って4人で食べた。長い年月を経て、様相は随分と変わっていた。見知らない商業ビルが増え、芝や石畳やトイレが整備されている。上下関係を気にして籠原を抜かさずに歩幅を合せる雪村に籠原は先に歩くことを促す。雪村は遠慮せずに了承し、先を歩いていく。ずっと昔から追い付けない背中が目の前にある。背が伸びて、雪村よりも歩幅は広いはずなのだけれど。立ち止まってしまって、雪村との距離はさらに開いていく。雪村はシルバーを売っている露店の前で店主と話しながらポケットを漁っている。店主から紙袋を受け取って、籠原の方へ身体を向けた。優しい風に包まれる。 「煌」  待っていた響き。焦がれた声。全身の熱が足元から駆け巡り、眼球へ迸る。 「昔、欲しがってたろ」  幻かも知れない。籠原は雪村の掌に乗せられている紙袋を直視できなかった。 「気付いて――」 「気付いてた。でも買ってやれなかった」  懐かしい笑みを浮かべた雪村に籠原は息が出来なくなった。戻らない日々。昔を語るには足らない温もり、声、姿。風の中どこか遠くを見つめる雪村が探している相手はいない。帰る場所だと思っていた神楽常寺邸に足が向こうとしなかった。他に帰る場所があるのではないかと思えて、籠原は言うことを利かない足元を見つめる。 「帰りましょう」  けれど雪村に言われると、首を横には振れなかった。  少し休んでもいいですか、と籠原が歩みを止めた。神楽常寺邸の敷地内ではあるがまだ邸内までには距離がある。構いませんよ、と言えば巨大な門の近くの噴水へ籠原は腰を下ろす。畳んである鼻血の染みたハンカチを鼻に当てている。再び鼻血が出たようだった。 「体調、優れないんですか」  快晴の下で籠原は浅い呼吸を繰り返す。草木の香りが混じった空気。見通しのよくなった庭。既に撤去されているガゼボがまだ見える気がした。そしてその下で話し合う2つの陰。爽やかな風が雪村の頬を撫ぜ、噴水の音がどこか夢の中にいるようだった。 「悪くはないはずです」  鼻血が大きく汚れたハンカチをさらに汚していく。汗ばんだ籠原の首や額に触れる。体温が高すぎるということはないように思えた。微風(そよかぜ)が吹くたびに柔らかく緩む目元は籠原の眼光の鋭さもあり猫を彷彿させる。 「動けますか。それともどなたか呼びましょうか」  大丈夫です、と籠原が小さく笑う。顔立ちに似合わない穏やかさを帯びている。 「懐かしいです、こういうの」  水の音、風の音、遠くの国道の音、鳥の囀り。全てに耳を澄ましているようで、目を閉じながら静かにそう籠原が呟いた。 「お、れも、未馬様の庭園がなくなったのは、本当は寂しいんです」  雪村は白い繊維の中に広がっていく赤い模様を見つめる。 「止められず、すみませんでした」  籠原の思い出の地でもあったはずだ。神楽常寺の元に移ってからは一切入ってなかったとしても、未馬の元に居た頃は毎日といっていいほど出入りしていたはずだ。他人事のような色を含みながら、だが振り絞るような謝罪に雪村は目を見開く。 「別に籠原先輩のせいだとは思っていませんよ」  神楽常寺の愛犬に期待はしていない。見下ろせば籠原は眉根を寄せながらも口元を緩ませていた。沈黙が流れはじめ、何も言わなくなった籠原に寝てしまったのかと確認すると微かな声で起きている旨を伝えられる。食後で、そして居心地のいい天気だ。寝てしまっても仕方ないと思った。 「おかえり」  付き人もつけず神楽常寺が姿を見せる。籠原がゆっくりと身体を起こそうとするのを制した。 「大丈夫か、煌」 「はい。ご心配おかけして申し訳ありません」  鼻を押さえているハンカチを一度外すが止まっていなかったようで慌ててまた押さえ、頭を下げる。 「ゆっくりしてろ。峡多郎、ちょっと付き合え」  邸宅の裏には神楽常寺野兎の庭園がある。未馬の庭園と比べると生垣の丈が低い箇所が多く、見通しが良い。時計塔や彫刻が多く飾られ、ところどころに草花が絡み付いて日除けになっているガゼボが設置されている。 「入るのは初めてか」  きょろきょろと辺りを忙しなく見回す雪村に神楽常寺が問う。まだ未馬の元に居た頃、内部ではわずかに神楽常寺家の派閥が噂されていた。庭園の出入りは自由だが仕えている者以外の庭園に入るのは暗黙の了解で禁忌のような風潮があった。 「はい」  そう返事をすると神楽常寺が雪村を振り返り手を差し伸べる。雪村は一度手を伸ばしかけたが袖から見えた手首の痕に腕を下ろす。神楽常寺はいつもの生意気な笑みを浮かべて差し伸べた手を下ろした。 「お前が煌と出掛けるとは思わなかった。断られる前提で外出許可出したから。まぁ半々くらいの気持ちではあったけど」  邸宅の裏は殆ど日陰になっていたが天気の良さもあり不快なほどの陰湿さはなかった。 「代わり、ですよ」  どういう意味かと神楽常寺の片眉が上がる。 「スイーツバイキングに行く約束をしていたんです。でも叶わなかった。だからいい機会だと思って。ずるずる引き摺っていたら、多分ここで働いていられない」 「いつからだ。いつからお前はあの男と」 「最近ですよ。でも勘違いなさらないでください。神楽常寺様が思っているような関係ではないですから」  神楽常寺の訝しむ強い口調からは邪推を感じられた。爛れた関係だとは思われたくなかった。事実無根で汚されたくはない。 「お前、初めてじゃなかった」  怒気を孕みだす声音。雪村は表情を崩さず、神楽常寺を見つめた。子どもっぽいこの男が嫌だった。年が明ければすぐ25になるはずだ。肯定も否定もしなければ、まぁいいやと神楽常寺は先に進む。 「初めてか初めてじゃないかなんてどうでもいい」  フェラ知らねぇくせに、と吐き捨てる。アゲハ蝶が神楽常寺の周りを飛び、白と灰の鳥が近くの木に留まった。大きな庭園の中を歩く神楽常寺の背が小さく見える。もともと上2人の兄と比べて背丈には恵まれなかったが態度や存在感は反比例している。 「お前のことになると煌のことを忘れちまう」  この前も、と神楽常寺は呟いた。 「夢かも知れないと思っていたのですが、本当にお抱きになっていたんですね」  まるで呪いのように一週間経っても消えない痕を確認する。 「すげぇ、良かった」  神楽常寺がいつの間にか目の前に迫っていた。雪村を見上げる可愛らしい顔。成人しているがまだ未成年でも通りそうだ。 「峡多郎」  嫌な響きだった。得意な煽るような笑みを浮かべ、だが笑っていない目がいやらしく光る。何を求められているのか分からないわけではない。だが分かりたくなかった。天気は良い。風は穏やか。景色も悪くはない。籠原と話してわずかな懐かしさを拾い上げられた。だが神楽常寺の要求は晴れやかな一日を台無しにする。  メルヘンな造りの庭園の中に赤い屋根の小屋がある。神楽常寺の腕が腰に回り、そこへ向かうことを促された。 「籠原の調子が良くなかったようなのですが…」  見下ろした神楽常寺の横顔。一瞬だけ目を張る。雪村の思う神楽常寺よりもさらにあどけなく、そして濁りのない色をしている。 「煌」  思い出したようにぽつり。雪村のことになると煌を忘れる。そう告げらればかりだった。 「すぐに、終わる」  籠原と別れた噴水の方を神楽常寺は引っ張られているかのように振り返ったが、すぐに雪村を向き直す。  童話の姫のイラストがプリントされたカーテンが窓ガラスを覆っているのが見える。鍵は掛かっていなかった。扉の前で神楽常寺よりも一歩先に出て、扉を開く。中に入った神楽常寺に続こうとするものの、真っ先に目に入ったベッドに躊躇いが生まれて立ち止まる。 「峡多郎」  名を呼ばれると強制された気分になる。ベッドに座るよう促される。失礼します、と発した声は小さくなった。  座った瞬間に押し倒される。唇を塞がれ、舌を捻じ込まれる。その隙間から何か固形物がともに口腔へと侵入した。巧みな舌遣いに抵抗もむなしく、広がる神楽常寺の甘さに酔いが回る。 「んぁ、あっ」  勝手に嚥下する喉。思い出す固形物。口を離したのは神楽常寺からで、してやったりとばかりに満足そうな笑みを浮かべて雪村を見下ろす。不足した分の酸素を取り込もうと必死に息を吸いながら働かない頭が神楽常寺を見つめる。口の端から溢れる唾液を拭うのも忘れていた。 「ひとつさ、分かったことあるわ。お前、姫なんだな。何も心配するな」  25年近く生きていても幼い手が雪村の制服へ伸びる。慣れた手付きで脱がされ、割り開かれたシャツの狭間からインナーを撫でられる。 「この刺青、エロいよなぁ」  いかにもそうは思っていないと言いたげに目は座り、棒読みよりも怒気を孕みながらも笑顔を作って神楽常寺は雪村の肌に沁み込んだ墨を撫でる。 「い…ぁ」  利き手がスラックス越しに中心部を撫で、もう片方の手がインナーの上から胸の突起を嬲る。 「かぐらじょ…じさ、ま…!」 「なぁに」  前を摩る度にぴくりぴくりと雪村の腰が突き上げるように動いた。神楽常寺の掌に押し付けるような動きが滑稽で、同時に可愛らしい。 「おやめ、くださっ…ッ」  神楽常寺の腕を掴むが、それが禁止されていることだと思い出して雪村はすぐに放す。 「お前とはずっと触れ合ってたいけどな」  雪村の手を取って、掌同士が合わさり、指を絡められながらシーツの上へと縫い止められた。生温かい乾いた手。雪村は握り返すこともせず手の力を抜く。 「ぃやっ、かぐっらじょ、じさま、ああっ」  胸を弄られると、下着やスラックスに抑え込まれた部分が主張する。そことここが繋がっているとは思わなかった。不本意にも片手で繋がれた神楽常寺の小さな手を握り締めてしまう。 「やめてほし?」 「…っはい、」  悪戯っ子が甘えたような声と仕草で神楽常寺が首を傾げて訊ね、雪村は何度も頷いた。 「分かった」  神楽常寺は雪村の身体から身を引いた。だが分かっていなかった。雪村のスラックスを留めるベルトを外しはじめる。身体を捩るが下着ごと大腿の半分ほどまで摺り下げられた。 「いやだ……いやです、神楽常寺様ぁっ」  何度見られても慣れることのない羞恥に顔が熱くなる。身体を捻って逃げようとするが容易に腰を掴まれる。  出の悪いマヨネーズのような音を立てて粘り気のある透明な液体が容赦も躊躇いもなく雪村の素肌へ落ちていく。 「っひ、」 「ショッキングピンクは煌のだから、お前のはこっちな」  滴り、水溜りを作るローションを指で絡め取り、雪村の奥へ触れる。 「いや、いや…いやですっ」  白みの強いピンクの卵型の小さな無機質が光っている。ファンシーグッズと見紛いそうだが、それが自らを苛む機械だと雪村には分かってしまった。 「見たことあるんだ~?うわ~、野兎ちゃん衝撃ぃ」  神楽常寺の細い腕が乱暴に雪村を四つ這いになるよう促す。神楽常寺の外見からは想像できない力強さに雪村は抗いきれなかった。 「あ、…あっ…あぅっ…」  視界がちかちかする。粘膜の筋肉が拒むのも気にせず、神楽常寺は手にした物を無理矢理に挿入した。 「だ、ぁう、ああ、」  ヴィーンという音が断続的に聞こえる。神楽常寺が楽しそうに雪村を見つめ、雪村は言葉にならない声だけが漏れる。 「あ、かぐっ、あ、あ、あ、ああ」  自然と腰が持ち上がった。鼓動とは違うリズムが身体に内部から叩き込まれ、心地の悪さに冷や汗が止まらない。 「あ、ああ、おやめ、くだ…んあっ」  震動が強くなる。シーツに爪を立てた。口が開いて、だらだらと涎が滴っている。窄まりから伸びる薄いピンクのコードが神楽常寺の手の中へ続いていた。 「勝手にイッちゃダメだよ」  神楽常寺はベッドに乗り上げ、雪村の背に覆い被さる。頭を(もた)げはじめた茎を雑に掴んで上下に扱きながら耳を()まれた。違和感とは違う甘い痺れが沸き起こって雪村は戸惑う。後ろを引き締めてしまい、強い異物感に襲われながらもそれが不快感ではなくなってきている。 「も、イき…ます、イく…ッ、」 「だぁめ」 「あ…いやだ…っ」  背後から耳を(ねぶ)られ、抱き込まれるように前を扱かれ、それでも果てることは赦さないと神楽常寺は言う。頭を振って、駄々を捏ねる姿に満足そうに神楽常寺は笑みを浮かべた。 「ご主人様のいうこときけないイケないちんぽにはお仕置きだな?」  雪村の首の後ろに手を当て、シーツに押さえつける。どこから出したのか、サテン生地のリボンを取り出して一度雪村の前に見せ付ける。 「ん、ぁ、御慈悲を…っ、かぐら…っじさ、ま…ふっ」  中途半端に芯を持ち始めた根本に真っ赤なリボンを結びながら 「もしかしてこういうプレイしたことある…?」  愉快そうな表情や声音が一変して、神楽常寺は顔を真っ赤にして肩で息をする雪村を軽蔑の眼差しで見下ろす。 「やめてっ…やめてくださっ…」  ローターの入ったそこに神楽常寺の指が突っ込まれる。  「あ~あ、ガン萎えだわ」  独りごちて雪村の内部を掻き回す。もっと奥へとローターを押し込み、指先に伝わる振動を楽しんでいる。 「あああっ、そこ、だ…めで、す…」  雪村の身体が大きく波打って痙攣する。冷ややかにそれを見て神楽常寺は小屋から出て行った。  頭がぼぅっとして何も考えられない。触れるたびに身体が震える。熱い息が止まらない。体内に捻じ込まれた小さな異物が雪村を苛む。膝に力が入らず、壁伝いによろよろと歩く。息だけでなく身体も熱い。下半身が溶けたように感覚がなかった。対面からやってくる従業員を見つめて、普段全く考えもしなかった妄想に取り憑かれ、両腕で身体を抱く。肌に布越しに触れただけでびくりと肩が跳ねた。同じ制服を着た逞しい腕に抱かれる光景が脳裏から離れず、すれ違う従業員の顔に何かついているのではないかというほど潤んだ瞳を向けた。 「大丈夫です?」  すれ違い様にその従業員は雪村に声を掛けた。作ったかのように妙に高い声。耳を劈くような。地声だったとすれば生活しづらいだろう。外見に反した声にわずかに理性を取り戻す。 「は、はい…」  声を出すのも喉が焼付くようだった。肩を支えるつもりらしく、従業員が優しく掴む。甘い電流が触れた場所から下半身へ走り抜け背筋を反らした。 「絶対大丈夫じゃないっしょ」  鼓膜を突き破って脳味噌を刺すような高い声。作っているのではないかというほど違和感を覚える。クセの強い喋り方。誰でも真似できる、どこか国民的キャラクターを思わせる。飛びそうな思考が少しだが戻ってきた。 「大、丈夫です…」 「腹痛(はらいた)?医務室行く?」  地毛とは思えない金髪のおかっぱ頭と顔半分に刺青が入り、マスクをしている。カラーコンタクトレンズと思われるほどに不自然な青い目が雪村を捕らえた。仮装だろうか。  身体が浮いている。目線が変な位置にある。見慣れた壁の装飾が線路のようだった。顔に布を掛けられて、見上げても視界は布に遮られている。 「木偶人形は所詮死ぬまで木偶人形」  小さく呟かれた言葉。頭が冴えてきたが身体は相変わらず熱い。まるで弱音のように響き、雪村は頭を上げるが視界は塞がれたまま。 「またいつか」 身体を下ろされて、やや乱暴に頬を手の甲で叩かれる。冷たい扉に顔を当てると心地がよかった。そしてここが廊下で、私室の前だと気付く。だが人の気配はない。夢か現実かを疑った。 「峡ちゃん?」  暫く冷えた扉で熱を下げながら、何度か絶頂に近い感覚に身を震わせていた。もう少しなのだと貪欲に自らの肉体に触れようとしたところで手が止まる。聞き慣れた呼び方、声で呼ばれるまで足音が近付いてきていたのも気付かなかった。ここは声の主は籠原だった。飲み込みきれない唾液がホワイトシャツに落ち、濃い色へ変わる。身体をまさぐろうとした手を投げ出した。 「のんさんと一緒にいたんじゃ…」  雪村の様子に驚いたようですぐに駆け寄って屈む。鼻がわずかに赤い。鼻血は(おさ)まったらしかった。 「あ、煌…」  雪村の前で跪くようなかたちで籠原は雪村の両肩を掴む。びりびりとした疼きが湧き起こり、快感へと変わる。 「峡ちゃ…っ」  籠原が切羽詰った表情で雪村の(おとがい)と捕らえる。唇が近付いた。泣きそうな目がさらに泣きそうになって、雪村に接近していく。籠原の指が雪村の滑らかな肌を撫でると甘い悲鳴を上げた。 「き…ら…」  頭を強く振って籠原は雪村を抱き上げ、肘で器用にノブを捻ると割り込むように部屋へ入っていく。ベッドが軋んだ。 「のんさんを呼んできます」 「煌、煌…イきたい…」  足枷のようだった。分銅を括り付けられたかのように籠原は錯覚した。 「峡ちゃん…ダメだよ。待って」  衣服を脱ごうとする雪村に籠原は目元を隠して慌てて制止を求める。息を吐きながらスラックスを手に掛けながらベルトに指を滑らせている。 「取って…取って…」  取ってほしいとしきりに訴えて潤んだ瞳が籠原を放そうとしない。 「峡ちゃん」 「…さっきの人、さっきの人呼んで…」 「さっきの人…?」  雪村の手が上げられる。籠原が顔を覗き込めば、雪村は籠原の頬を撫でる。 「さっきの人…」  籠原の手に巻かれた皮製の赤い組紐が雪村の目に入る。それをじっと見つめていた。 「未馬…様…」  天然石のブレスレットや数珠、皮製の組紐やプロミスリングを重ねて付けていた。 「峡ちゃん?」  籠原の腕を掴む。力が入らず、指が絡むだけ。だが籠原は掴まれた腕をそのまま雪村に委ねた。朱に染まった雪村の頬に自由な方の片手を添える。愛しそうに、甘えるように何度も擦り寄せる姿は普段では見られないだろう。 「すぐにのんさん、呼んで来ますから」  雪村の纏う雰囲気が妖しいものへと変わると籠原は身を引いて部屋を飛び出して行った。  

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