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MO RAIN ~もしかしてオレがヒロイン~
異世界転生/女性キャラあり/触診/クール×異世界転生者
雨が降っている。金色の髪に鮮やかな緑の瞳をした美青年メルヴィール・マリア・グレイは異母兄 を討つため、長い旅を共にした仲間たちを置いて1人出てきてしまってから1日。恨まれても構わない。だが危険な目に遭わせたくなかった。異母兄 はその身に宿った強大な魔力を使って世界を壊す気でいる。雨の中を歩く。仲間たちを巻き込むわけにはいかない。
空が光った。雷鳴が聞こえる。近くに落ちた。雨合羽を軽快に鳴らしていた雨粒が強まっていく。視界の脇で、見慣れたモンスターが蠢いていた。弾力性のある半透明の生き物。知能があるのかどうかも怪しく、モンスターと括られているが生きているのかどうかも分からない。それはメルヴィールへイエローの体内に巻き込んだ獲物を見せつけるように振り向いた。スライムプリンと呼ばれたそれを叩き斬ろうとしたが、するとどうしても息があるのだか無いのだか分からない獲物ごと斬ることになる。いずれにせよあまり血生臭いものを好まない。獲物は衣服を溶かされていた。小さく動く腹や胸を見ているとおそらく生きている。一度剣を抜いたが、戻し、指先に魔力を溜める。スライムプリンは左右に踊るように揺れる。メルヴィールは魔力を溜めたスライムプリンに放った。弱点の炎がスライムプリンを地面から燃やす。雨の影響で威力は通常より劣ったがそれでも効果は抜群で、しゅうぅ…と溶けていく。地面に残された獲物に近付いた。メルヴィールの放った炎の実害は受けていないはずだが半裸の状態で長いこと雨に打たれていたらしく晒された肌が真っ白になっている。濡れた黒い髪がさらにその青白い肌を際立たせる。歳は幼く思えたが同時に同じ歳の頃にも思えた。メルヴィールはもうすぐで23になる。次の村までどれくらいか分からないがここに置いていくわけにもいかずメルヴィールはその者を抱き上げ、また雷鳴が轟く中を歩いた。
◇
宿屋にはすぐに着いた。宿の店主が慌てた様子でタオルや衣類を渡す。湯を沸かしてもらい、メルヴィールは共に浴室に向かう。冷えた身体を湯で温め、バスローブを着せるとベッドに寝かせ、メルヴィールも湯を浴びた。ベッドが塞がり、宿屋の主人の厚意で寝袋を出してもらう。寝ようとしたところで、運び込んだ者が意識を取り戻す。
「…ここは…?」
「目が覚めたのか」
寝袋で横になっていた身体を起こしベッドの上を確認する。
「え…、あの、外国の方ですか?」
「外国?貴様、ゾーラー公国の人間か」
ゾーラー公国はメルヴィールからすれば敵だった。この地にいるとしたら不正入国ということになる。異邦人 はええっ!と情けない声を上げた。
「ゾーラー公国?えっ、ここ、日本じゃないの?」
きょきょろと忙しなく辺りを見回してから縋るような目でメルヴィールを見た。
「ニホン?」
言語は通じている。だが言葉が通じない。異邦人 は丸い双眸でメルヴィールをじっと見つめていた。一挙手一投足に注目している。送り込まれた工作員かも知れないと細い首を掴んで、壁へと押し付ける。赤みの強いブラウンの瞳がメルヴィールを凝視し、不安に揺れている。
「ま、待って…、ほんと、ここ、日本じゃないんです、か…?ドッキリ…?」
上擦って震える声で異邦人 はメルヴィールにはよく分からないことを言った。
「ここに何しに来た!」
怒鳴り声に泣きそうに顔で怯えた。後退ろうとして壁に阻まれる。
「わ、分からないで、す…」
メルヴィールは冷たく見下ろす。厄介なものを拾ってしまった。胡散臭い異邦人 と同じ部屋で寝るわけには行かない。寝首を掻かれそうだ。メルヴィールは首から手を放す。
「出ていけ。出ないなら俺が出ていく」
異邦人 は自身の首を押さえて呼吸を整える。潤んだ目が緑の瞳に縋る。
「ま、待ってくだ…オレ、ほんとに何も知らなくて…!何か怒らせるようなことしたなら、すみませっ…」
かふっ、かふっと咳をして背を向けたメルヴィールをベッドの上で身を引き摺るように追おうとする。
「名と出身は」
「雨宮 音夜 と申します…東京都板橋区出身で…」
聞いたこともない地名だ。名も珍しい。ゾーラー公国のものとは違う。信じていいのか。まだ分からない。
「俺のことはメルと呼べ」
「メ、メルさん…」
「まだ信じたわけじゃない」
ベッドから離れ出入口付近に寝袋を引っ張り、武器を抱く。けほっけほっと異邦人(エトランゼ)は咳をして、眉を下げベッドに寝る。
「…ッはい」
咳の音を立てないように口元を押さえる。寒さと暑さが音夜と名乗る異邦人 の身体を襲う。気怠るさ。時折鉛のような上体を起こしてメルヴィールを確認すると、仄暗く緑の瞳が見つめている。監視されている。咳を数度繰り返してまた眠りにつく。室内の張り詰めた空気と、倦怠感と眠気に音夜は引き込まれるように眠ってもすぐに目が覚めてしまった。現状を理解しきれないまま1人ではないくせ孤独な夜を過ごす。気付けば、異国情緒のある美しい顔立ちの金髪碧眼の青年に敵意とも疑心ともいえないものを向けられている。ここに来るまでの前のことを思い出せない。寝呆けているのかも知れない。身体は休みたがっている。だが漂う緊張感がそれを許さない。目覚めてはメルヴィールを確認してまた眠る。
◇
窓から射し込む日差しで目が覚めた。小鳥の囀りで目が覚める。喉が酷く痛んだ。ぼんやりとした頭を振り回すようにメルヴィールの姿を探す。濡れたタオルが落ちた。寝袋は片付けられている。身体が半分暑く、半分とても寒い。再びベッドに背から沈んだ。何も考えられない。天井を見つめて、意識が混濁していく。耳鳴りがした。
「起きろ。何か腹に入れろ」
焦点の定まらないぼやけた視界の中に金髪が入る。緑の瞳が孔雀石のようだった。窓の前に少し動き、日差しに金糸か煌めいた。
「綺麗…」
音夜は笑いながらむにゃむにゃとまた眠りに引き込まれそうになる。
「おい」
力強い腕に背を支えられ壁へ凭せかけられる。
「寝ていても構わんが喉に詰まらせるなよ」
メルヴィールは手にした器からスープを掬う。鶏ガラの半透明スープによく煮込まれた野菜とパスティーナが沈んでいる。口元に運ばれたスプーンを受け入れる。
「う…ん。美味し…い」
壁に体重を預け、スープを飲む。身体に染み渡っていく。また口に運ばれる野菜と、パスティーナ。数度噛んで飲み込む。次へ次へと運ばれてくる。あまり好きではない人参の味がした。だが少し変わった鶏ガラが染みた懐かしい味に悪くないと思った。スープを掬う音と飲み込む音がぼやけた意識と耳鳴りの中で確かに聞こえた。
「薬だ。自分で飲めるか」
メルヴィールの声は聞こえていたが内容は入ってこなかった。溜息が聞こえる。鼻を摘まれ、口に何か入った。紙だ。苦い粉が広がり生温かい水が流れ込む。咳き込み、水が口の端から漏れ出た。冷たい指がその水を拭う。意識が一度浮上する。
「メ、ルさ…ん?」
「寝ろ」
小さく咳の音がした。だが音夜ではない。扉の閉まる音がして、壁から滑るように横になりまた眠りに落ちていった。
鍛錬を終えてメルヴィールは部屋に戻ってきた。音夜の状態を確認する。昨晩はあまりゆっくり入れなかった湯浴みで汗を洗い落とす。湯上がりに再び音夜の様子を見て、床に座る。旅立ちから連れ添い、それから少しずつ増えていった仲間たちを置いてきた意味がない。だが拾ってきてこの宿の者の世話になってしまった以上置いていくわけにもいかない。名前は聞かない響きで、出身地も聞いたことがない。妄想に囚われた異常な者か、もしくは公国の手先。ゾーラー公国のことはどうでもよかった。メルヴィールにとって今すべきことは異母兄を討つこと。両親の仇の国であり、ゆくゆくはこの地に戦火を齎 すであろう隣国につい怒りを露わにしてしまった。起きたら謝ろうという気になった。けほっと空咳をする。音夜同様に風邪かも知れない。
「メルさん…」
「寝ていろ」
鼻声で呼ばれる。突き放せば音夜は黙った。
「すまなかったな」
「…え?」
重そうに顔を上げる。熱っぽい目が泳ぐ。
「どう、して…メルさんが謝るんですか…」
メルヴィールは答えず眠げに瞬く音夜の瞳を見つめる。
「迷惑かけてるの、オレなのに…」
「子供が要らないことを気にするな」
「…すみません…」
音夜は小さく謝る。メルヴィールのようなしっかりした大人に保護されてよかったと安堵した。何も知らない土地にいつの間にか来てしまっていた。だがここではない土地で何をしてしまってここに来たのかは覚えていない。
「あの、訊いてもいいですか」
「質問によるな。言ってみろ」
「メルさんは何をしていらっしゃる方なんですか?ご職業は…」
メルヴィールは深い色の瞳を真っ直ぐ音夜に向けるだけで口を開く様子はない。
「ご、ごめんなさい…いきなり不躾でした」
「いや。特に答えるほどのことはしていなかったから」
「お前はどうなんだ。まだ名前と出身しか聞いていなかったな」
整った顔と瑞々しい色をした瞳で問われ、音夜はじっとメルヴィールを見ていられなくなりわずかに顔を逸らす。
「サラリーマンです。どこにでもいるような」
「どこにでもいるのか。聞かない単語だな」
「…そう、でしたか」
ここは日本で、メルヴィールが変なやつなのでないかとふと思う。だが良くしてもらった。疑うことに罪悪感を覚える。変なメルヴィールがサラリーマンも知らないだけで、ここは日本だと一縷の望みをかけていた節がある。会話らしい会話を交わし、しかしすぐに打ち切られる。良くしてもらっているが、メルヴィールはどこか冷たい。眠気が覚めて布団を抱き締め壁に背を預ける。メルヴィールは床に座り武器の手入れをしていた。音夜はコスチュームプレイか何かだと思った。あまり趣味を訊くのも憚られる。そういえば。
「メルさんはいつまでここに滞在なさるんですか」
「堅苦しい。子供は子供らしくもっと砕けろ」
「あ、すみませっ…」
「お前の風邪が治るまでだ。その後は自分でどうにかしてくれ。俺はやるべきことがある」
振り向いたメルヴィールの瞳を肩越しに見つめてしまう。深い色に吸い込まれそうだ。
「あ…はい。本当に感謝しています。すぐに治しますので…」
治らなければいいな、とも思ってしまった。知らない地に1人残ることになる。メルヴィールのこともよく知らないが今知っている者はメルヴィールしかいない。
「養生しろ」
「は、い…」
メルヴィールは空咳を繰り返す。音夜は何か声をかけようとして、ベッドを占領しているのは誰なのかと、咳は気になったが何も言えなかった。メルヴィールの後ろ姿を眺めながら枕に頭を預ける。身体は随分と良くなっているような気がした。だが油断できない。病み上がりで調子に乗ってぶり返すことが多々ある。だが夜には体調が逆転してしまった。
赤い顔をしたメルヴィールが音夜の容態を確認するものの、どこか瞳が定まらない。不躾と分かっていながら、音夜は額に手を当てる。熱い。耳に触れる。怒られるものかと思ったがメルヴィールは心地良さげにそう冷たくもない手に頬を寄せた。耳も熱い。
「メルさ…」
「あ、あぁ、すまないな」
謝る前に謝られ、メルヴィールは音夜の腕を取る。潤んだ双眸。空咳をしながらベッドの前から去ろうとする。しかし音夜に腕を掴まれ、困惑した。
「寝ていてください…ここはメルさんが取った宿ですし…」
「構うな。病人に構われるほど、」
メルヴィールは音夜の手を解こうとしたが、意外にも力が強かった。音夜の責めるような眼差しにたじろぎながら、また咳が出る。
「オレが移しちゃったんだと思います…」
「流行病など珍しくないだろう」
メルヴィールは突き放そうとするものの音夜の意思は固い。
「オレ、もう大分良くなってますから!」
わがままを言う子供のようにメルヴィールの腕を抱く。
「…やることがあるんでしょ?」
メルヴィールは黙って音夜を睨む。赤い顔をしているとその威圧感は弱まっている。
「オレのせいで予定引き延ばしてるんですよね…?」
睨んでいた眼差しが緩くなり、泳ぐ。
「寝ていてください。オレが身の回りのこと、しますから」
メルヴィールは額を押さえて、数秒黙った。
「…分かった」
音夜がベッドから退くとメルヴィールは躊躇いも見せずベッドへ横たわる。
「風邪薬はありますか」
「切らした。いい。苦いのは好きじゃない」
枕を掴んでメルヴィールはまた言った。音夜に布団を掛けられる。他人の香りが枕に残っている。頭がくらくらした。咳を繰り返す。身体はやっと訪れた休息に意識を泥沼に引き込もうとする。金髪を撫でられ、何か言われたが聞こえていなかった。鼻を包む柔らかな匂い。布団に身を預け、瞼を開けていられなくなった。
◇
目が覚める。喉が痛み、がらがらと乾燥していた。唾を飲むたび引き攣るように痛んだ。水が飲みたい。起き上がって、部屋を見渡す。すぐに情報はついてこず、頭が冴えるのに暫しかかった。1人ではなかったはずだ。ベッドの上にある着替えは自分の物ではない。自身が宿の店主から預かった。だが自分が着る物ではない。少しずつ広がっていく、寝る前のこと。異邦人を拾ってしまったのだ。だがどこにいる。汗だくの重苦し身体を引き摺り宿を探す。どこにもいない。咳をしながら壁伝いに歩く。宿の店主に訊ねることにした。宿の店主はそれが…と困った様子だった。風邪薬が欲しいが金が無いため何か手伝えないかと言われたため、隣の村にお遣いを頼んだと言う。メルヴィールは頭痛を抑える。頭を抱えた。礼を言って戻ろうとしたが、それにしても遅いという呟きに足を止める。
「俺が様子を見てくる」
何をしているのか。怒りよりも呆れが上回る。外は夕方だ。視界が揺らいだ。咳が喉を痛め付ける。寒い。殺風景な草原に夕日の先にある隣村の小さな影を浮かばせる。大した距離でもなく迷うような地理でないがあの異邦人は情けなさが目立つ。あの宿の店主が訳の分からない妙な男に頼むにしても容易いお遣いだろう。普段なら心地いいはずのそよ風に鳥肌が立つ。海岸に近い最果ての村だ。夕飯の支度の時間帯らしく磯の香りがした。暗くなってもまだ活気がある。生臭いと思えば魚を捌いている者がいた。他にも紙芝居を片付けている者や、木で彫り物をしている者が目に入る。あまり人と話す気分になれなかった。どういう遣いの内容だったのか訊いておくべきだったと迂闊さに苛立ちながら村を歩き回る。音夜はどこにいるのか。ガンガンと頭の中が響く。咳をしながら村を歩いた。歩いている青年に声を掛ける。
「すまない、髪が黒くてちょっと情けない感じの18歳くらいの男、見なかったか」
青年は難しい顔をしてから、見たと答えた。宿屋にいるらしい。礼を言って宿屋へ急いだが村のどこに宿屋があるのかも訊き忘れていた。気怠い身体を引き摺りながら散々に探し回り、魚を捌いていた男が別の魚を持って建物に入っていくのがたまたま目に入り、そこには宿屋の看板が掲げられていた。大きな溜息を吐く。全く向かうつもりのない建物だった。偶然通りがかった小道を渡って宿屋へと入る。中は忙しそうにしていた。喧騒が頭に響く。人々が階段前に集まって騒いでいた。本当にここにいるのかとメルヴィールは人混みを掻き分け2階へと入っていく。まさか問題を起こした張本人か。踵を返しかけて、覚悟を決める。宿の店主からは衣類まで恵んでもらった。遣いくらい果たさせねばならない。階段を上がる途中で耳に入った音に足を止める。村人たちと思われる階段下の者たちが、大丈夫か、具合はどうなんだ、友人か、家族かと問い、物品を持ち寄って渡そうとひしめく。酒や魚や卵だだ。まさかまた風邪がぶり返したのか。耳に届いた声は幻聴なのだとメルヴィールはまた階段の続きを登っていく。
「なっ、ぁっ、ぁん、ンンっ…あぁ、」
だが幻聴ではなかった。何をしている。扉を乱暴に開いた。頭がふらふらとして、壁や扉に手をついた。目の前の光景にちかちかとした。見知った顔。2人。片方は音夜で、片方は別れを告げたはずの許嫁。
「ぁっぅ、う、メルさっ…っぁ!」
音夜は何も身に纏っていない腰を高く上げ、メルヴィールの許嫁に尻を向けていた。
「メルヴィール様…?」
大きな銀世界のような瞳をさらに大きくして、音夜のあられもない姿を直視していたらしい可憐な姿が振り向いた。長い銀髪が揺れた。
「アリ…シア……、音夜…これは、どういう…」
力が抜けていく。理解するには前後関係がまるで分からない。遣いに行ったのではなかったのか。遣いがこれか。混乱してメルヴィールは冷たくなった掌で熱い額に当てた。アリシアが何故ここにいるのかも、何故音夜が下半身を露出してアリシアに晒しているのかも分からない。
「モンスターに襲われていらしたので、この村に運んだのですが…」
「それで、これか?」
医療用の手袋を嵌めたアリシアを見てから、薄い色の窄まりをひくつかせる音夜を見た。説明が説明になっていない。
「少し厄介なモンスターで…」
佳麗な小顔に困惑が浮かぶ。
「ひっあ、」
すみません、と一言謝りを入れてアリシアは細い指を音夜の蕾に挿し入れた。周りに何か塗られているのか白く照っている。
「今は周りの筋肉を解すしか手段がないみたいで…」
傍に開かれたモンスターの学術書と軟膏の入れ物が置いてあった。呆れた色を隠せないまま雑に返事をする。
「あ、ひっ…ッ、ぅん…」
音夜の高い声に胸がざわつく。体温が一気に上がってさらに強い浮遊感を覚えた。
「アリシアは何故ここにいるんだ?」
音夜から目を離し、アリシアに向き直る。仲間とと共に置いてきたはずだ。
「わたくしはメルヴィール様を追って参りました」
「ぁ…ぅン、ふぅ、ぁ、」
アリシアは音夜を気にしながらもメルヴィールの瞳を捉えて話す。細い指が音夜の粘膜に締め付けられている。
「…一緒には連れて行けない」
「でも…」
「連れて行けない。分かってくれないか。君にもしものことがあっては、おじさんおばさんに顔向けできない」
アリシアは俯いてしまった。音夜の体内から指を抜く。
「でも、メルヴィール様をお1人にできません…」
メルヴィールは頭を抱えて、ひぃひぃ肩を揺らす音夜を顎でしゃくる。アリシアはきょとんとしている。少々厄介であるが仕方がない。
「そいつと添い遂げる」
「え…」
アリシアを通り抜け、音夜の目の前に立つと屈む。下げた眉と潤んだ瞳がメルヴィールをぼんやりと映す。閉じられない口がはくはくと動いている。
「歩けるか」
今は背負えそうにない。持ち上げられたとしても数歩で転びそうだ。
「メルヴィール様?」
「おじさんとおばさんにはすまなかったと。俺は俺で幸せになる……」
臀部を上げ、情けない顔をしている音夜を一瞥する。
「こいつと」
恭しく手を取って音夜を立ち上がらせる。頬が赤く染まっている。
「遣いは済ませたのか」
音夜の目が少し大きく開いて、メルヴィールはまた溜息を吐いた。手を差し出せば小包を渡される。メモ書きが貼られている。住所が書いてあった。その場所に届ければいいらしい。
「アリシア、来てくれ」
アリシアは手袋を外しながらメルヴィールに同行する。音夜が余計なことを言うか、アリシアが真実を問う前に、2人を離す必要がある。
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