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君の絵にはアオが足りない 3
「い、や、あっあっあっ!」
イツミは彼の名を執拗に発信しつづける。蒼玉人は受信器を持たないくせ、そのたびにコータセレステは触手核を締め付けた。艦玉個体のそこのように生殖液は詰まっていない。だが十分、イツミは繁殖行為と同じかそれ以上の衝動が治まらず、むしろさらなる暴走を煽ってさえいた。
「いや、いやっあっあっあ!イツミさァっ!んんっ!」
触手が蒼玉人の摂食し、意思疎通を図るための穴で揺れた。すっかりそこが気に入った。中で佇む柔らかな突起状の器官ともすぐに仲良くなり、分泌液が多量に漏れ出た。
「動かな…っで、イツ、ミさ…!あっあっあっ!」
床業個体にやるように髪を掴んでそのまま突き上げたかった。しかし蒼玉人は弱く壊れやすい。触手はコータセレステの交尾器と卵袋に巻き付いた。分泌液によって滑るように扱き、コータセレステは腰を震わせた。触手核は彼の内部に引き絞られ、奥まで挿入を許されると、そこで繁殖液を出した。蒼玉人のそこに繁殖液はない。だからこそ有用卵を望まないイツミにとって初めてケミカル薄膜を使用せずに交接を行える相手だった。別個体に包まれながら吐き出すのは悦びだった。
「あひっ!中で……そ、んな…!」
「セレステ…」
「だめ、お腹…苦しぃ…!」
艦玉個体的なやり方では互いの繁殖液を混ぜなければならなかった。腰を振り、抽送を速める。コータセレステは両手を触手によって拘束されながらも、ケミカル藺草マットに爪を立て、結合を解こうとする。触手は彼の退化した触手核を刺激し続ける。イツミの分泌液の他に彼の液体も触手を伝い、滴となって藺草の編み目に沁み込んだ。
「だめっだめっ、お腹がっ、あっあっ、んんっ…!」
コータセレステは膝で藺草マットを蹴った。イツミはわずかな隙間も許さずに彼の背中と尻を覆った。耳を噛む。結合部では混合液が潰れた。蒼玉人との有用卵を吐きたかった。しかし孵化することのない卵が上ってくる。
「お尻変っ、ぁ、んっ!イツミさ、あっ、やだ、だめっ、あっぁっ、やめて、やめてぇっ…!」
ジェミニ珠川と営むときは自ら腰を振っていた。より強く繁殖液が混ざるよう。交接に没頭すればするほど、繁殖液は濃くなる。コータセレステは、配偶個体も養個体もあるジェミニ珠川と可能ならばおそらく繁殖を望んでいたのだ。配偶個体となることも。査問会議が許すのならば。イツミはそれを阻止したくなった。コータセレステをジェミニ珠川の前に出したくない。ジェミニ珠川の感覚器官のどれからも隠したい。
「セレステ…、セレステ!」
「ん、やっ!あっあっ…」
奥へ打つたびコータセレステと接合したところは硬く、しかし柔らかく食い締め、イツミは揺さぶった。混合液は作れず、吸収するものもなかった。
「だめ……や、ぁッん、あっイツミさッ、なんか、あ、あぁ…なんか、ク…る、んぁっ、なんかクる、…!」
深くうねり返す箇所を穿つ。発声器による何の意味も成さない音をもっと聞いていたくなる初めての感覚が信じられなかった。触手で彼の交尾器を自身が受けただけ締め返しながら根元から先端までを往復する。
「止まって…!止まって、やだァ!ンッぁ!キちゃう!」
腰を掴み、一気に貫いて触手核を押し込む。コータセレステは身を痙攣させながら拘束された腕と下半身を支えていた膝を伸ばした。落ちそうな下腹部が離れないよう、しっかりと抱き留め、触手もそこに巻き付いた。艦玉個体ではないというのに内部はイツミのそこをきつく包み、残滓まで吸収させようとしていた。交接の悦びによって触手核はコータセレステの腹とともに大きさを増していく。混合液をより多く取り込むための反射だったが、空しくもコータセレステ相手では繁殖が成立しなかった。
「ア…ぁあ…」
彼は泡を吹いていた。艦玉的な藺草マットに蒼玉人の生殖液が滴り落ち。ジェミニ珠川との交接では、彼はあの大きな体格を持つ個体の上に寝て、意識もあり、頻りに声帯を使っていた。体表接触も怠らなかった。それどころか、破廉恥を極め卑猥甚だしく醜穢 ですらある艦玉個体の吐卵孔と蒼玉人の摂食孔を合わせ、吐弁と舌を使い、粘液同士をまるで互いの繁殖液のように絡ませ混ぜ合わせていた。まさに狂乱しているといえる。ジェミニ珠川はこの恥知らずの蒼玉人の変態行為を許し、積極的な姿勢をみせていた。イツミもまた今、半機能停止状態に入ろうとしているコータセレステへ頭部孔接することに何の躊躇いも恥じらいも消え、孔襞から流れる泡を拭い、異人の摂食門に吐卵孔を合わせた。額にある送受器盤が溶けていくようだった。腹の底で生成された卵の胎動を感じる。
「ぃ……ん、っ…」
手首を縛り付けていた触手を解き、ジェミニ珠川としていたように体表接触する。液状化反射を起こしたときに似ていた。自らが彼の繁殖液になっても構わなかった。半停止状態のコータセレステの周りを触手が囲んだ。翅虫を捕らえているカプセルに入れてしまおうかと思った。蒼玉から帰ったときに返還しなかったカプセルの余りをまだ持っている。この中に入れしまえば特殊な工程を踏まなければ開けられなくなる。コータセレステを捕まえておける。ジェミニ珠川と交接することもない。脆い肉体は傷付かず、摂食も要らない。部屋の中に置いておける。あの翅虫の隣に。
コータセレステを抱き上げ、ケミカル棚田の下を流れる川へ連れて行った。蒼玉人風に体表を清めてから再び布団に戻す。機能停止していないかばかりが気になり、頬を突ついたり、循環孔を確かめたりした。そのうちイツミの身に吐卵現象が起こり、コータセレステとの有用卵になりそびれたものをエッグシュートの中に吐き出した。ジェミニ珠川も空しく、こうしてコータセレステとの養個体になり得たものを捨てていったのだろうかと、エッグシュートを潰しかける掌を止めた。普段ならば潰している。しかしこの廃卵を握り潰せなかった。エッグシュートの中から取り出す。吐卵潤滑液がエッグシュートの素材に使われているケミカル繊維にいくらか拭われていた。蒼玉人がこれを割って摂食しているところを見た時は攻撃反応が出てしまったものだった。しかしそれは蒼玉内生命体が吐いたものではなく、別の蒼玉内生命体が吐いたものらしかった。掌の中の卵を眺め、蒼玉に暮らしていた頃の記憶を漁った。父役は夜遅くまで帰らずコータセレステとの浮気に励んでいた。父役の腰に乗り、交合を深めていた。繁殖目的には思えなかった。養個体が成個体を真似るような。ジェミニ珠川との交接はさらに激しく長かった。本物の繁殖行為よりも無駄が多く、もし両者とも艦玉個体であったなら混合するのは互いの繁殖液だけではないように。
ケミカル藺草で編まれたマットを叩いた。コータセレステを帰せばジェミニ珠川と交接するに違いなかった。触手核が熱 り勃つ。半機能停止中の蒼玉人の傍にイツミも肉体を横たえた。ジェミニ珠川としていたようにコータセレステの摂食口の唇にイツミは吐襞を合わせた。群体から排除されるほどの変態行為だ。しかしジェミニ珠川はその評価が高いだけに群体は黙認した。変態行為はやめられなかった。コータセレステの口唇を吐弁で濡らす。吐卵潤滑液が行燈に照る。分泌液交換と同じかそれ以上の悦びがあった。
『セレステ… セレステ… セレステ…』
「ン……ん、ん…っ、」
摂食口の中を吐弁で掻き回す。卵を割らず調節するためだけの器官が液状化反射でも起こすみたいに輪郭をなくした。蒼玉人の分泌液に吐卵潤滑液を混ぜた。コータセレステは活動再開をしたのか声帯を鳴らしたが、彼はまだ半停止状態だった。カプセルに入れてしまいたい。アークトゥルスに踏まれても砕けないらしかった。試したことはない。コータセレステをカプセルに閉じ込めて部屋に置いておきたい。
『セレステ… セレステ… セレステ セレステ セレステ!』
触手はコータセレステに伸びた。だが触れる前に引っ込み、藺草マットの上を暴れる。9本の触手を絡ませ、彼に触らないようにした。体表に触れたい。触りたい。絡みたい。締め付けたい。治まりのつかない触手核に苦悶する。布団の上についた腕へコータセレステは額を寄せた。
「……チアキ?」
ブラウンの瞳が薄く開いた。彼はジェミニ珠川の個体名を呟いてさらに強く額を押し付け、また半停止状態に入った。
蒼玉趣味の創星者によって設置されたケミカル陽玉の電源が入るのを待った。コータセレステはまだ寝ていたがアークトゥルスまで連れて行く。途中で何度か目を開いたがまた彼は半停止状態に陥り、膝に乗せたまま起動した。触手でしっかりと縛り付ける。格納浮遊艦ブルペキュラの入口はアークトゥルス2号機ミーティアを感知し、受け入れた。ライラの言ったように無断出動は"なかった"ことになっていた。まるでアークトゥルス2号機は管理センター監督のもと出動したとばかりだった。格納庫にアークトゥルスを停め、自動的にコックピットが開いた。ジェミニ珠川がブリッジに現れ、中を覗いた。
『セレステヲ 返スンダ。 今スグニ』
『渡サナイ。コータセレステハ 自個体(オレ)ト番ウ』
『嘘 ダナ。 セレステハ 自個体 ノ 妾個体ニナル。約束シタ』
ジェミニ珠川は太く逞しい触手をコックピットの中に入れ、コータセレステを渡すよう要求した。イツミは応じなかった。モニターが自動的に点き、メンテナンスのために早々と退席するよう促した。イツミは伸ばされた触手を弾き落とす。
『セレステヲ 渡スコトダ』
『渡サナイ』
しかしイツミの腕の中で半分機能を停止しているコータセレステは目蓋を持ち上げた。
「セレステ」
サイレンとは真逆で聞いているものを焦らせない、むしろ落ち着かせるような質でジェミニ珠川は蒼玉人を呼ぶ。
「チアキ…?」
自分が何の上に乗り、どこに居るのかも知ろうとする様子がなかった。イツミの腕を擦り抜け、亡星でみた翅虫のように目の前を舞い、ジェミニ珠川へ飛び込んでいった。イツミへ厳密にはその腕の中にいた者へ向いていた触手は体内に引き戻され、群体の中にいることも構わず、吐襞と摂食口唇を合わせるあの変態行為を交わしていた。それから体表接触をしながらジェミニ珠川は居住域のほうへコータセレステを連れて行こうとした。彼は肩を抱かれながらもイツミへ振り返る。
「イツミさん」
コックピットのモニターから消費した携帯糧秣 の申請をしようとした時だった。イツミはジェミニ珠川と並ぶコータセレステを見たくなかった。そうでなくてもすべての感覚器官がコータセレステと並ぶ個体の存在を伝える。
「ありがと!楽しかったです。その……またね!」
イツミは一度だけ彼を顧みた。ジェミニ珠川と目が合ってしまう。
『セレステト 交接シタネ』
『シタ』
「大事な話?」
コータセレステは通信するジェミニ珠川を見上げた。イツミは彼の横顔を眺めた。ブラウンの瞳はビーム光線の照準を定めたように隣の個体を凝らす。カプセルに入れる選択をしなかったことを悔いた。
「いいや。セレステには関係のない話だよ」
蒼玉人的に、ジェミニ珠川は大きな手でコータセレステの頭に触れる。
『強接ダネ』
『強接ダ』
『仲良ク シタイヨ。爾個体 トハ』
『仕事デナ』
イツミはコックピットに入り、送受信を終わらせた。コックピットにはまた退場を督促するモニターが現れた。
◇
翅虫の入ったカプセルを眺めるのは飽きなかった。何故コータセレステをカプセルに閉じ込めなかったのか、何故コータセレステを叩き潰さなかったのかばかり考え、蒼玉での記憶に浸っていた。主に、父役の上で腰を振るコータセレステの姿や、浮気を糾弾するため初めて顔を合わせたときのことを。常に彼のことを考えていた。アークトゥルス2号機パイロット適性検査にまで響き、反射テストもリンクテストも結果は散々だった。理由は明白だった。ブリッジに来ていたコータセレステに気を取られていた。彼は同時に行われているジェミニ珠川の客として管理センターに迎えられていた。ジェミニ珠川はアークトゥルス4号機ハーシェルの手に彼を乗せ、しまいにはコックピットに入れただけでなく、体表接触しながら機体の掌に乗り、ドックを見渡すなどという余裕まで見せつけた。イツミは再検査になり、あと2度落ちればパイロット教習生に降格する。他に2号機ミーティアを運転できるパイロット教習生はいない。
パイロット再検査の手引きが表示されている空中 を眺めてもコータセレステのことばかりで3行読めただけでも高い集中力を要求された。今回の適性検査について整備士やオペレーター、艦長や様々な分野の個体保健士からの考察や助言が記されている。特にリンクテストに於ける精理科 の個体保健士のコメントは知られたくないものをそのまま射抜くような内容だった。要するに、ジェミニ珠川に左右されるな、ということだった。ひとつ誤っているとすれば、書き方からして、イツミはジェミニ珠川に対して繁殖欲求を抱いていると思われている点だった。吐卵現象の前触れに似た落ち着きのなさで、イツミはカプセルを力強く握った。強力な圧に耐えられるバリアに守られ、翅虫が潰れることはない。カプセルも軋みさえしなかった。牙を剥いた瞬間、スクリーンが消える。
『機能停止サセテシマエバ 良カロウ?』
創星者ライラの気配があった。握ったカプセルが砕け、中から翅虫が飛んだ。空間を透視する。ジェミニ珠川の下でコータセレステは揺さぶられていた。変態行為に耽りながら、ジェミニ珠川の触手核に悶えている。
『機能停止サセテシマエ』
イツミはカプセルから逃げ出した翅虫が目の前に近付いた瞬間叩き潰した。触手核が爆ぜる。繊維の中で繁殖液が噴き出す。翅はまだ動いている。イツミは両手の中で機能停止間近の蒼玉生命体をライラに差し出した。
『機能停止サセテシマエ』
死骸を再び新しいカプセルに閉じ込めた。一度の放出で繁殖欲は治まらなかった。ジェミニ珠川と交接するコータセレステを透視しているうちに足はジェミニ珠川の部屋に向かっている。コータセレステと繁殖したい。コータセレステと番いたい。コータセレステをジェミニ珠川の妾個体にしたくない。彼のいる部屋の扉をレーザー光線で焼き切りそうだった。対面の壁に突っ立った。
『機能停止サセテシマエ』
ライラもイツミの隣にいた。扉からはコータセレステの声帯が震える音が聞こえた。繁殖欲求は留まるところを知らなかった。吐卵衝動は次から次へと湧き起こる。コータセレステの養個体を吐きたい。しかし蒼玉人にそのような機能はなかった。
『機能停止サセロ』
やがて交接を終わらせたコータセレステが現れる。彼はブラウンの目を見開いたが、ジェミニ珠川のほうは気付いていた様子だった。体表接触しながら浮遊艦ブルペキュラの降機口まで送るつもりらしく、触手はすべて蒼玉人を覆うように広がった。2つ並ぶ後姿を眺め、それから創星者からコータセレステの追跡情報が流れ込んできた。艦玉グランシャリオの繁華地域で交接相手として身を売り、艦玉個体になる改造のための礼石を積んでいるらしかった。イツミはコータセレステの向かう場所、寄る場所、帰る場所すべてに先回りし、彼の行動を眺めていた。カプセルに閉じ込める欲と繁殖欲求で鬩 ぎ合う。ジェミニ珠川を相手にするほどではなかったが、体表接触し、交接するだけで、ジェミニ珠川と頻りにやっている摂食口唇と吐襞を合わせたり、舌と吐弁を絡ませたりするあの変態行為はなかった。コータセレステが住む古い複合住宅の前でイツミは立ち、その生活を飽きもせず眺めた。パイロット適性再検査のことも些事だった。ここから去ることのほうが大事に違いなかった。コータセレステが半停止状態に入り復活し、住まいを出て、また半停止状態になるのを彼がブルペキュラに用があるのを除いては一度も帰らなかった。繁殖欲にも慣れたことによって消え失せ、イツミはコータセレステから片時も目を離さず、半停止状態の間も眺め続けていた。すべてを眺めていた。不随意な呼吸動作も見逃さなかった。ジェミニ珠川のメッセージを眺めながら繁殖欲を鎮めている場面も、ジェミニ珠川ではない個体と激しい交接をしている時も、その個体が吐卵衝動を起こし宥めている姿もすべて見ていた。どこで何を買い、何を食べ、どの個体と話したのか、すべてを記憶した。ブルペキュラにはもう戻れそうになかった。コータセレステがジェミニ珠川に逢いに向かった時、出会した管理センターの者から帰艦勧告を喰らったが、結構のところイツミはコータセレステが帰るとともにブルペキュラを出た。しかしポジショニングシステムの入ったタグを付けることになったため、緊急の用件がある場合、迎えが来ることになった。
何度目かの陽玉が落ち、陰光モードに変わる。創星者に導かれ、広場に出掛け、噴水前のベンチで座って待つコータセレステを熱心に眺めた。彼は忙しなくきょろきよろと辺りを見回し、じっと座っていられないらしかった。そのうちにジェミニ珠川がやってきて、群体の目も憚らずあの変態行為を交わした。胸と胸を合わせ、互いに腕を背に回す。そして体表接触したまま歩き始めた。
『撃チ抜ケ』
いつの間にか現れていたライラがイツミの耳元にまで迫っていた。送受器が疼き、頭痛を起こす。
『撃チ抜イテ ヤルンダ… 』
イツミは目を閉じた。そうしなければコータセレステを狙撃してしまいそうだった。ジェミニ珠川と体表接触を解かず、彼はイツミに気付くこともなく、待ち合わせていた個体と歩いて行ってしまう。
『叩キ潰シテ ヤルンダ…』
ライラはイツミの繊維に手を差し入れ、翅虫の死骸が入ったカプセルを抜き取った。
『返セ』
初めてイツミはライラを自身に害を成し得 るものと認識した。カプセルの中で翅虫の潰れた腹や破片が揺れた。ライラは創星者の権限によってイツミの腕を封じた。
『コンナ紛物 ニ 惑ワサレルナ…』
イツミの抵抗を躱し、ライラはイツミの耳元でメッセージを送信する。他の個体とやりとりするのとは違い、創星者の受信は額の器官基盤全体を震わすような感じがあった。
『返セ』
『コレハ アレデハ ナイ…』
コータセレステを顎で差し、ライラはイツミのカプセルを奪い取ったまま消えた。翅虫の破片を失い、蒼玉人とジェミニ珠川から離れてしまう。コータセレステの声が遠ざかる。潰れた翅虫がまだそこに居る。早まった触手が飛び出てしまった。コータセレステを捕獲しようとしている。踏ん張らなければ先へ急いでしまいそうなほど触手たちは活発だった。コータセレステに絡みついてその体表に分泌液を刷り込みたい。あの張りのある皮膚に食い込みたい。捕らえて奥深くまで繋がりたい。欲が溢れ返る。足は繁殖欲に忠実だった。気配を殺し、しかし隠れることもなくジェミニ珠川と蒼玉人を追う。コータセレステは頭部にある口から摂食することを恥じていることをおそらくジェミニ珠川は知っているため、そのまま少し値の張る婚姻宿泊所 に入っていた。近頃の艦玉個体の流行りだった。無駄な交接などなく、繁殖だけに重きを置くのは違和感があるという主張が比較的若い個体たちの間で支持され、ついにはドラマになり、そういった繁殖しない交接を肯定的に捉え、婚姻宿泊所が提案された。ジェミニ珠川もまた繁殖を目的としない交接をコータセレステに求め、コータセレステのほうもそれを積極性を持って応じている。この婚姻宿泊所で繁殖した個体ももちろんいるのだろう。しかしジェミニ珠川の事例のみでいえば、コータセレステに艦玉個体と繁殖できる機能はない。イツミは安堵と焦燥に素粒子分散しかけた。素粒子分散した時、グランシャリオの風力循環機が作動し、個体情報を載せた素粒子が各地に散り、他の活個体と交わり、有用卵となって再び孵化する。しかしコータセレステは蒼玉人であるため、叩き潰してしまえば素粒子分散も液状化反射もせず、肉体が損壊し、停止状態になってしまう。しかし蒼玉から持ち帰ってきたときのように蘇生させれば良い。だが両手の中の潰れた翅や、濁流に呑まれた姿は、素粒子分散しそうなほどの避けたいものがあった。蒼玉に潜入するために、平均的な蒼玉人の本能ごと擬態してしまったことをイツミは悔いた。
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