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君の絵にはアオが足りない 4

◇  イツミはパイロット適性の再検査、再々検査も受けなかった。そのためにパイロットの免許は剥奪され、ブルペキュラにさえ寄らなかった。コータセレステを追い回し、ポジショニングシステムに呼び出されても応じなかった。蒼玉人の床業を透視し、半停止状態を待ち、婚姻宿泊所に籠りジェミニ珠川との変態行為を眺めた。吐弁と舌が絡み、吐卵潤滑液と分泌液が混ざり合う。酷似した部位は同じ機能を持っている器官にみえた。実際のところコータセレステは艦玉個体と区別がつかなかった。しかしジェミニ珠川を巻き込んだ拒否感を催す変態行為が、コータセレステを艦玉個体から遠ざける。  婚姻宿泊所の前に立っているとき、ジェミニ珠川はイツミのほうへやって来た。コータセレステはいつものように交接後の半停止状態に陥り、ソファーに沈んでいた。イツミはジェミニ珠川に関心を示すこともなく、彼個体から何か発信があるまでコータセレステの姿を見上げていた。 『セレステヲ 明日 妾個体ニ スル』  ジェミニ珠川はすでに空回った卵を吐き終え、交接後の容態は安定していた。アークトゥルスの初号機ルベリエ、3号機ネメシス、4号機ハーシェルのパイロットの権限を持ち、艦玉社会で確立した地位を持つだけでなく、成熟した個体という風格がさらに群個体を惹き寄せた。おそらく対艦攻撃、対地攻撃に特化した2号機ミーティアも搭乗パイロットがいなくなった今ジェミニ珠川が新たに免許を取るに違いなかった。管理星府も査問委員会も配偶個体が許しさえすれば多少のことは無かったことにするだろう。蒼玉人が妾個体ならば有用卵が吐かれ、孵化することもなく養個体に害を成したりはしない。さらには素粒子分散も再生も液状化反射もない脆い個体である。コータセレステはジェミニ珠川の配偶個体に脅かされながら暮らすのだ。 『ヤット 艦玉体ニ シテヤレル』  イツミはジェミニ珠川から目を逸らした。まだ通信は途切れない。イツミの立つほうには背を向け横たわっていたが、コータセレステは姿勢を変えるついでに身体を転がした。イツミからその顔が見える。 『セレステハ 爾個体(キミ)ニモ 表明式ニ来テホシイ ソウダ』 『必要性ガ 見当タラナイ』 『モウ 追跡モ ヤメテアゲナサイ』  送受器を閉ざした。ジェミニ珠川もそれを察したらしく婚姻宿泊所へ戻っていった。イツミもまた少しの間コータセレステを見上げ、帰宅した。浮遊艦ブルペキュラに置いてきた数少ない私物はケミカル茅葺きの家の前に届けられ、そのボックスの上には、固定用転送機からリストタグやブルペキュラのクルータグ等の返還を求めるテキストモニターが表示されていた。ボックスを適当に中へ入れた。明日は雨天シミュレーターが作動する。ケミカルな藺草で編まれた床マットに上がり、行燈が家主を感知し明かりを灯した。イツミは所在なくケミカル土壁を眺めた。どれだけ経ったのか分からなかったが、ふと何かに呼応するように振り返ると古代蒼玉趣味の艦玉的な土間にライラが立っていた。そこから翅虫の入ったカプセルを投げ渡される。潰した腹や破れた翅が再生していた。 『不合理(クルシイ)ナラ 機能停止サセレバ 解決スル』  気配が消える。一度だけ視界が揺れた。ライラの創星者権限によって経過(プログラム)が書き換えられたのだ。そしてそれを知るのはいつもイツミだけだった。 ◇  ライラによって過程(プログラム)を書き換えられてもイツミはまたその前と同じく、ブルペキュラに顔を出さなかった。アークトゥルスの免許剥奪の注意が届いていることも変わらなかった。コータセレステを追うのも一切やめ、家にまで届いた表明式の案内が記されたテキストモニターから逃げるように蒼玉的な釣りシミュレーターをしに出掛けていった。この同時刻にジェミニ珠川はコータセレステを妾個体にしているはずだった。吐卵現象に似た苦しさに襲われる。目から体液が滲んだ。しかし目に何か異物が入ったわけではなかった。蒼玉内生命体に擬態していた後遺症だと保健士からは診察されている。そのためにアークトゥルス2号機の適性検査でリンクテストが平均値を下回ることは暫くの間起こり得ることらしかった。蒼玉内生命体はこの吐卵現象を常時携えているのならば、液状化反射や再生ができなくても艦玉個体よりも強いものであるはずだった。しかしコータセレステは同じく蒼玉内生命体のさらには同じ科目の群個体に攻撃されていた。濁流から引き上げたときにはすでに機能停止していた。その姿は今にもイメージモニターとして表示出来そうで、同時に吐卵しそうでそれとはまたわずかに違う苦しさもあった。

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