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袈裟斬りマイハート 1
不祥事を起こしたアイドルグループのマネージャーにメンバーの1人が恋慕する話。
アイドル×マネージャー 片想い/
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週刊誌がスタッフルームの淡いグレーのテーブルに叩き付けられた。男性アイドルグループ・カーマインハーツのリーダーsHu-suI、本名・秋水 波紋 は名前からは想像できない少し老けた面をして髪を掻いていた。それを薄ぼんやりと通称AZZ 、本名・畦地 餡 は見上げた。
「やったな」
見開きには、バックコーラスやバックダンス、パフォーマンスなどを務める双子コーディネートや抜群のコンビネーションを持ったペアのメンバー、芸名Q-GAこと本名・内空閑 月光 が下世話な見出しと記事とともに写っていた。『ガチムチ年上兄貴と熱愛』『ムチ肉を狙うイケメンアイドルの素顔』と暗い写真の中で迫真的な書体が白抜きにされている。
「ボクこれから生放送なんだが?何て答えればいいんだよ」
カーマインハーツは音楽番組以外のバラエティ番組などには露出しなかったが秋水だけはタレント活動としてのバラエティ番組の生放送に一部出演していた。ファンクラブの「マイハート」からは「ガチ恋枠」や「リア恋 枠」と呼ばれ、親しみの念を込められ一種、カーマインハーツとファンクラブ「マイハート」を精神的に繋ぐ役目を担っていた。
「オレも映画のインタビューこれからあるんだけど」
カーマインハートの楽曲が使われた漫画原作の実写映画だったがあまり売れそうにない。ただカーマインハートのランダム出演によって試写会の予約は瞬時に満員となった。
「下手なこと言うなよ」
リーダー秋水はスタッフに囲われスタジオで生放送に出る自身よりも、何百人のファンを前にして出なければならない畦地に危機感を持ったらしかった。
「うん」
畦地はメンバーが盗撮のようにして写るページを閉じた。つい先日、音楽番組に一緒に出演したことがある大きなアイドルグループの盗撮画像がSNSによって拡散され、写っていた1人のメンバーが自殺してしまった。メディアは何も学ばない、半分、人の不幸で飯を食う仕事の業の深さを知ってしまう。
スタッフルームにまた1人メンバーが現れた。センターを務めるHuRaこと本名火浦 青炎 だった。カーマインハーツの最年少メンバーで絶世の美少年としても雑誌によく取り上げられている。事務所からメディアの露出が制限され、音楽番組でもあまり喋らないキャラクターとしてミステリアスな雰囲気、実年齢を下方に偽り年齢に見合わない大人びた妖艶さを売りにしているが、実際は畦地もいくら疑念を抱くほどリーダー秋水に対して甘えた態度をとった。
「おはよ、あずきとリーダーさん」
髪はぼさぼさに絡まり、生クリームの中に埋まったようなオーバーサイズのフーディを着た火浦は問答無用でリーダーに抱き付いた。
「好きぴっぴ、好きぴっぴ」
「こらこら」
2人のやり取りに気を遣い、畦地はスタッフルームを出た。週刊誌に撮られた内空閑のペアである風祭 がまだ来ていなかった。自販機前の休憩スペースで座る。少し早いが畦地はこの時間にここに居るのが好きだった。目の前の廊下の奥から足音がする。畦地は待った。話し声も聞こえた。2人いる。風祭と一緒なのかと畦地は思っていたが、近付くにつれ違う声だと気付く。
『だから言っただろう。お前のやり方だといつかはこうなると思っていた』
『メンバーにだってプライベートくらいあるだろ。まだ若い男の子なんだぞ』
畦地は虚空を見つめ、耳を澄ましていた。片方はカーマインハーツのマネージャーで、もう片方は同じ事務所の違うタレントを扱うマネージャーだった。
『そういう甘いことを言っているから今回みたいなことになる』
『なんでもかんでも雁字搦めってワケにもいかないだろ』
『それが甘いと言っているんだ。彼等のすべてが売り物なんだ』
畦地はいつものように出ていくタイミングを逃す。話題は今日出たばかりの週刊誌のことだった。
『マネージャーならしっかりしろ』
そしてまた別の声が聞こえた。経年による嗄 れた声は取締役会長だった。叱責が飛び、謝罪が返った。まったく無関係な木之本とかいうマネージャーも一緒に謝っていた。畦地は固まり、小言が止むのを待つ。取締役会長と別れ、また何か気拙げな会話を交わし木之本とも別れ、目の前を畦地の待っていた人が横切っていく。
「金山 さん」
疲れた感じのする眼鏡の男が振り向いた。黒い髪を後ろに撫で付け、角張った額が知的な色気を持っているが全体的に疲労し、萎びている感じがある。
「あ、あず。おはよう。朝飯ちゃんと食ったか?」
普段と変わらない第一声だった。
「うん」
「よし。じゃ、行くか。今日は昼から試写会だもんな?」
金山は畦地の肩に触れた。まだメイクもせず衣装も決めていない。しかし大体はスポンサーに付いているハイブランドのよく分からないシャツを着るのが常だった。カーマインハーツが着ていればファンが商品を特定するのだ。畦地も外では40万ほどする物の入らない鞄を使わなければならなかったが愛用しているのはシンプルさにこだわりのある量販店のナップサックだった。畦地は金山に寄り添ってスタッフルームに戻った。暗黙的にメンバーはここに集まることになっている。決まりはなかったがいつの間にかそうなった。
「おはよ、マネージャーさん」
「おはよう」
「おはようございます、金山マネージャー」
「ん、おはよ」
ソファーでは秋水に火浦がべたべたと纏わりついていたが金山は特に気にした様子もなく、彼等を兄弟のようだと無邪気に評していた。双子ペアも同様に仲が良い。ファンの中では2人を男色の関係として崇める傾向があり、またカーマインハーツもそのようにして売っていた。そのために2人はテレビや雑誌に出るたびに意味深長な発言や行動をさせられていた。
「風祭は……まだ来てないか」
「いつもならもう来ている時間なんですけどね」
金山は腕時計を見下ろした。秋水はソファーから立ち、金山の傍に寄ってきた。後から火浦もついてきて、リーダーの腰に腕を回した。畦地のスマートフォンが一度震えた。メッセージが来ている。風祭からだった。
「かざまぁは事務所行けないそうでーす」
メッセージをそのまま伝えた。ただ短く、[事務所には行けない]と書いてある。金山は電話をかけ始め、畦地は彼を少し離れたところで眺めていた。風祭は、気が弱いところがありプライベートが減 り込み気味な仕事上のパートナーの内空閑 に依存している節があった。それを感じているのはおそらく畦地だけでなく、時折秋水や火浦も口にしていた。メンバーたちは金山を注目していたが、連絡用の携帯電話はすぐに彼の耳元から離された。
「拒否されたんだけど」
「あいつのマンション行こうか、僕。スタジオのついでに寄れるしさ」
火浦は雑誌の写真撮影がある。個人的に付き合いのある俳優と表紙を飾るらしかった。
「いいや、おれが直接行って話聞くよ。お前らが行ったんじゃ向こうも気を遣うだろ」
メンバーと連絡が取れない中、呑気にも畦地は金山の保護者のような表情に目を留めていた。そして
「くー坊は来るのかね?」
畦地は誰にともなく訊ねた。メディアの質問は厄介だったが、畦地にとって熱愛報道がそこまで悪いものには思えなかった。法は犯していない。そこまで大事だとは思わなかった。
「おれのとこに連絡は入ってないけど。直接ダンススタジオに行ったんじゃないか」
誰も内空閑を心配することはなかった。彼は気が強く、横暴なところがあった。もしメンバー5人の中で誰かが不祥事を起こすことになるとしたらおそらく4人は内空閑を思い浮かべたことだろう。そして内空閑が自身にその覚えがあったとしても風祭は自分の仕事のパートナーに対しどう思っていたかは分からない。
「ま、風祭のことも内空閑のこともおれに任せて、お前らは仕事に集中してくれ………すまなかったな、上手く立ち回れなくて」
頭を下げた金山に秋水は眉を顰め、火浦は目を丸くする。
「何言ってるんですか」
「そうですよ。マネージャーさんは別に悪くないでしょ」
金山は取締役会長と、木之本に言われたことを気にしているらしかった。畦地はゆっくり頭を上げるマネージャーを黙って見つめる。元々メンバーの中でも口数が少なく浮いていた。
◇
金山の乗る車に畦地は割り込んだ。後部座に座り、シートベルトを引く。運転席から金山が驚いた顔をして振り向いた。
「あず?この車は五大シネマズには行かないぞ」
「かざまぁのとこ、オレも行くよ。まだ時間あるし。帰りに赤司屋 駅で下ろして」
「分かったけど…」
畦地はマネージャーの運転する後姿を見ていた。助手席に座れば良かったと思った。しかしそうすれば下されるだろう。左折する時の滑らかな手の動きに見惚れる。
【未完】
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