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レイニーデイ 摩天楼に消ゆ 1

クール美青年攻め/陽気受け/無理矢理/暴力表現/ミュージカル風 ※作中に出てくる歌詞と作曲者は架空 <カレンデュラ合衆国連邦政府は本日、瑠璃苣(ルリヂサ)自治区に空爆を――>  テレビを消した。西条山(サイジョウザン)深霧(ミクリ)は静かにリモコンをテーブルに置いた。雨の日は何事もやる気が起きないと彼は自身に言い聞かせていたが、雨に限らず、常日頃からそうだった。控室の窓には滝ができている。彼はソファーに凭れ、時間を潰そうとしたが足音が近付いてきていた。予想よりも大袈裟に扉が開く。(おぞ)ましいほど整い、息を呑むほど美しい顔は黒いテレビを画面をぼんやりと凝らしている。雨音を聞き、飴玉を秘めたような薄い目蓋が伏せられる。 「おい!ミッちのためのパーチーなのに、なんで引きこもってんだよ!」  税金逃れのために開催したパーティーに主催の存在は大して重要なものではなかった。イベント会社と代理人にほとんどのことは任せてある。深霧は呼びに来た友人を振り向くこともなく雑に手を振ってみせた。窓を叩く雨が強まる。天気の悪い日に当たってしまった。 「おい、ミッち…… ♫なぜ あなたは 心を閉ざすの  雨もタイルを叩くというのに   返事(アンサー)もなくって  もう15時(さんじ)  アタシ まだ あなた想う  窓を開いて 濡れてもいいから  やがて分かるでしょう? 」  [レイニーデイの憂鬱]山梨タケダ・マイヤ ◇  西条山深霧は都市部のタワーマンションだけでなく郊外にひとつと貧民窟にひとつ、家を持っていた。貧民窟のほうはアパートで、すでに壁にはスプレーの落書きがされている。深霧以外の住人はおらず、大家もすでに死没しているが、経営者が代わりこのアパートの賃貸契約は存続するらしかった。治安は非常に悪い。現に彼はすれ違う若者のグループのひとりと肩をぶつけ、囲まれていた。夜ひとり出歩けば暴力は日常的な場所で、軍警や警団連を呼ぶようなことではなかった。むしろ夜の暴かれたくない貌を掘り起こそうとする不成者、退廃的な和を乱す卑劣漢として通報者が白い目を向けられる。  深霧は胸ぐらを掴んだごろつきを投げ飛ばし、殴り掛かってくる腕を捻り上げた。鉄パイプを振り上げた陰を蹴り押し、背後から来た鈍器を躱す。深霧の不気味な瞳孔がよく目立つ色素の薄い眼は爛々と光っていた。興奮を忘れさせないこの貧民窟の住まいを彼は気に入っているようだった。  ごろつきはさらに仲間を呼んだ。なりふり構わなくなった若く活きのいい肉を蹴散らし、(なぐ)った。 ♫腐った卵飛び交う 世界にlet's go  オレたちの街 ハエが群れたちまち  foul playの人生に面白ぇ逆転はねぇ  めぐる めぐる 汚ねぇ螺旋  血生臭ぇ ブラックホールにfall 所詮  この世は社長の室内飼い   野良猫どもよりバイ菌扱い  飢えても長生きする奴かい?  これがホームシティ いいちゃん姉とセックスしてぃ    あれもしてぃ これもしてぃ 寂れたホームシティ 億ション住まい 叶うあてもねぇ……  Fall into this city…  Fall into this city…  Fall into this city…  [Fall into this city]like a cherry feat. flesh balls.  浮浪者の死体に(たか)るハエよろしく暴漢たちは方々に逃げ出した。そのうちのひとりが派手な音を立てて転んだ。ブリキ製の縦長の缶に(つまず)いたものらしい。深霧は一歩踏み出した。怯えた悲鳴が聞こえた。逃げ遅れたチンピラのひとりはゴミの張り付いて湿ったアスファルトに這いながら後退る。深霧はその分、距離を縮めた。ほぼ無意識だった。彼に必要以上に相手を甚振る趣味はない。己の力を誇示する意欲もまた薄かった。しかし足は前に出て、自ら荒い砥石のような床に擂られにいく。取り残された荒くれ者がまた悲鳴をあげた。深霧の視界を人陰が横切る。ステッカーと落書きだらけの外灯で緋色に染まり、濃い陰を落としている。子供に思えた。しかし子供ではない。青年といえるくらいには肩幅や背丈は成熟している。しかし第一印象は子供だった。それは腰を抜かしている与太者を助け起こしている。買い物袋がゴワゴワと高い音を出す。立ち上がることができると、取り残されたごろつきは一目散に駆け出した。しかし割り込んできた者は共に行かなかった。反動を利用するかの如く突き飛ばされたために、そうする隙がなかった。背後にはすぐ捕食者が佇んでいるのだ。  深霧はぽつんとそこに留まる子供を見下ろす。その視線に気が付いたのか徐ろに振り返った。21の彼からみて、15、6といった頃合いのまだまだ少年で、深霧の切れの長い冷ややかな目付きとは正反対に円い目をしていた。そこに外灯の橙色が差す。生温い夜風がビニール袋を鳴らす。大雨の後の貧民窟は腐乱臭とも、傷んだタマネギとも異国産のニンニクともいえない鼻につく淡い刺激臭が漂っていた。 「ご、ごめん」  ぱん、と少年は両手を打ち鳴らして顔の前で合掌した。条件反射のように捕食者になりきり、逆上(のぼ)せていた深霧は少年の首根っこを鷲掴んだ。2人寝転び、締める。一瞬のことだった。先程まで丸い目を開き、軽快な態度をとっていた子供は西条山の腕の中でぐったりと四肢を投げ出していた。 ♫目と目を合わせたら  すべてが 分かるなんて 嘘っぱち  分かることなんて 一握りなのに  その瞳の奥に映った輝きを 知りたくなる  教えて 未来(あす)があるなら  2人の可能性(ミライ)を  目を閉じないで 向き合って  信じられそう 賭けてみたい  けれど怖いから この手は放せない  [見つめて3秒]氏康史子    ベッドに少年の身体を放り投げた。拾ってきたビニール袋をテーブルに置く。粘こいくも(いき)りたっていた目は通常の、すべてに無関心で、何も見ようとはしない冷淡なものに戻った。すでに着崩している礼服からネクタイを抜き取ると、まだ意識の戻らない子供の両腕に結んだ。固結びは容赦なく肉に喰い込む。コンクリート打ちの壁に電球がぶら下がったようなダウンライトは暗く、少年の顔色を悪くした。コップに水を汲み適当に飲み干すと残りを少年の口に捨てた。ほとんど口腔には入らず、シーツの色を変える。しかし閉じていた目蓋が持ち上がる。ボールが回るように首が動く。ぎしりと大きくベッドが軋んだ。少年に影が重なる。スラックスから出したハンケチを騒ぎ出しそうな口に詰める。クリーニングに出したため、アイロンを当てられ綺麗に畳まれたハンケチが跡形もなく崩れていく。白さが目を引く歯の奥にしまわれると、少年の小さな口は手の助け無しにそれを吐き出すことができなくなっている。固く結んだネクタイを押さえ、抵抗する少年を組み敷く。服を剥く。転がす。健康的な肌を叩き、無理矢理に突き入れる。生肉が生肉を力尽くで擦り上げ、捲り、休むことなく出入りする。ベッドが唸り、シーツが叫ぶ。贄はハンケチに声を殺され、膝を震わせた。  汗とカビじみた匂い、貧民窟の住処もないのか体臭もある。そこに鉄錆の匂いが混じった。手巾の奥のこもった息切れが呻めき声に変わる。拒み続ける隘路に西条山深霧は残酷な楔を叩き付け、解放に向け発奮した。やがて奥深くで迸る。本来とは違う用途を強要された器官が収斂する。この半グレ集団のひとりをベッドに放り投げるまで考えたこともない使い方だった。貧民窟の荒れた夜によって燻ることは珍しくない。今日は手近に娼婦の代わりがいた。チンピラの子供ひとりやふたりが蹂躙され、辱められたところで何か起きるということはない。  西条山はネクタイに纏められた手に紙幣を握らせる。そしてその(いましめ)を解き、ハンケチも取り除いた。少年は自由を返されたというのにベッドの上から動かなかった。西条山のほうでも待つこともなく、彼は礼服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びると、何もかも忘れてソファーで寝てしまった。 ◇  シャワーの音は薄らと聞こえていた。微かな物音でも敏く目覚めてしまう体質が嘘のように彼はそのあとも静かに眠り続ける。近くまで気配が忍び寄っていることにも気付かなかった。抓るほどもない頬の肉を抓られやっと深霧は薄い目蓋を上げた。即座に引っ張られる感触が消え失せた。鈍い音がする。 「死んでるのかと思った!」  ソファーの横で少年が尻餅をついている。一夜を明かしたようで、昨晩連れ込んだ娼婦代わりのチンピラの姿がはっきりと見てとれる。傷んで色の抜けた髪、片眉に走った傷、八重歯、朝日が作る光芒。まじまじと見てから目を逸らす。 「死んでんの?」  少年は首をこてんと倒した。呑気な態度は昨晩無理矢理に身を暴き、切羽詰まった悲鳴を漏らしていた姿からは想像もできない。ここに落ち着こうとしているような図々しさまである。 「あ、そだシャワー借りた。あとなんかシャツも。5日ぶりのシャワーきもちかった〜」  彼の着ている草臥れたラグランのロングシャツには見覚えがあった。部屋干しのまま放置して、乾いたのを手にしたらしい。ここの住処にはハウスキーパーを入れていないため洗濯物はあらゆる場所で干され、また回収もしていない。干されたものを適当に取って着回している。  少年はソファーの上の家主であり彫刻を物珍しげに見ていた。何か喋りださないかと期待している。しかし深霧は黙っている。顎を、舌を、喉を使うのが重労働な気がしてならない。屈託なく輝いている円い目ならば言葉がなくても恐ろしい内容まで、考えていることが伝わってしまいそうな不思議な感じがある。彼はまだ首を捻って少しも目を逸らさない。人に手懐けられた犬みたいだった。 「とっとと出て行け」  脚を伸ばし、蹴ろうとする。少年は大袈裟に身を捩った。 「ケツ痛いからまだ待って!」  すばやく立ち上がり少年は床についた尻を撫でる。 「飯買ってくる。なんか食う?朝メシ食った?」  偶々居合わせたために自宅へ連れ込み陵辱したが、本物の娼婦みたいなやり取りをする。眠気を堪え、娼婦代わりを摘み出す。暫くはドアを叩く音やインターホンの連打が聞こえた。入れろよぉ、入れろよぉ、という声もやがて消えていく。目を閉じる。もう一度惰眠に沈む。 ――姉さん………… ――姉さん……… ――姉さん……  顔面に固く冷たいものがぶつかり、眠りから覚める。布とは違う質感で濡れている。 「飯!」  鍵を締めたはずだった。しかし、追い出したチンピラが部屋の中に、それも眼前にいる。 ♫心の扉をトントントン  まな板も合わせてトントントン  人生も手を繋いだらトントン  一緒に行こうよ 足音が  トントントン  広場に響く [こくみんのうた 5番]富勝  西条山深霧は起き上がると顔を覆い、頭を抱えた。 「何故いる」 「お客さん来てたぜ!かっこよかった」  まるで我が家とばかりに力尽くで連れ込まれた少年はテーブルにビニール袋の中身を開けた。会話が噛み合わない。目元から顎までを撫で下ろす。 「帰れ」 「やだね。ここ屋根あるし」  長年使われることなく埃の溜まったキッチンチェアを日焼けした手が雑に払い、そこに無遠慮に座った。それが気に障る。 「詰めパン買ったから食えよ」 「帰れ」 「じゃ、これ食ったら」  深霧は今までの気怠い動きが嘘のように俊敏に立ち、食事にありつこうとする娼婦みたいな子供を本日二度目、外へと摘み出す。昨日の分と合わせてビニール袋も放り投げた。動かされたキッチンチェアを元に戻す。  頭痛がした。視界がずれる。血に染まった白いワンピースがすぐそこに横たわっている。輪郭はぶれ、霞む。幻覚だ。貧血をこじらせたときのような眩暈がする。テーブルの木目ばかりを追った。床を見れば、あるはずもない女の死体が転がっている。  玄関から金具の軽快な音がした。花の匂いがする。姉の好きだった馨しい白のフリージア。しかし目の前に現れたのは娼婦として扱ったチンピラの少年だった。何より、彼の手に花などという叙情的なものは握られていない。 「ダイジョブかよ?」  性処理道具扱いされた子供は馴れ馴れしかった。身体を重ねただけで特別な関係が結ばれたと思うような年頃でもないはずだ。鬱陶しく居座る少年を無視した。後ろに忌々しい姿が見える。背が高くチョコレートのような色のストレートヘアに昏い目をした静かな印象を与える美しい男で、黒のスーツと革の手袋、瑞々しいフリージア中心の花束がいくらか嫌味だった。 「客人をぞんざいに扱うな」  埃を払われ戻したばかりのキッチンチェアを引き、花束の男は少年に座るよう促した。 「客人じゃない」 「配達員か?」  否定すると、深霧同様の冷めた眼差しは彼から少年に移った。 「デリ丈夫(じょう)ってコト?」  深霧と違い、花束の男は微かに困惑の表情があった。目は相変わらず昏いが、2人は視線を合わせ、互いに首を捻る。 「昨晩連れ込んだ」 「……程々にしなさい」  キッチンチェアに座った少年は頭上で交わされる会話をじゃらされた猫のように聞いていた。雰囲気のよく似た2人は兄弟と思われた。 「兄ちゃん?」 「違う」  深霧は口を引き結び、代わりに答えたのはやはり花束の美男子だった。見た目は20代後半ほどの落ち着きがあったが、見た目の幾分中性的な部分も残しつつ端麗な感じからいうと30代前半には達していないだろう。 「それの義理の兄だ」 「違う」  花束の麗男の言葉に少年はまた首を傾げ、深霧がやっと口を開いたのは否定のためだった。 「じゃ、今の違うって何?どゆこと?ギリギリじゃなかったら兄ちゃんってこと?」  少年は市街地に屯ろする鳩のように首を左右に揺らす。 「それの兄の婚約者」 「結婚はしていないだろうが」  深霧の身体は一気に沸騰した。怒声を上げられ、頭の悪そうな少年が狼狽えた。 【未完結打ち切り】

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