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12.めくるめく

 閨の隅で耳を澄まして座している康頼は、ゆらめく灯をながめていた。 (この灯が消えるまでは、為明殿を待っていよう)  訪れがなければ、あきらめて眠るしかない。しかし――。 (今宵は、この身をかわいがっていただきたい)  腹を据えて細い茜色を見つめていると、昼間の出来事が次々に脳裏に浮かんだ。  にぎやかな街の様子。はじめて見る異国船や異国人。為明とともに歩いた甲板。そこでの接吻。別れてから、義朝と入った店で聞いた為明の出生の話。叔父である為家の存在。家臣の中では、いまだ為明が国主であることに不満を持つものがいる事実。 (なんという)  そっと息をこぼした康頼は、灯明の上にほがらかな為明の笑顔と艶麗な義朝の姿を描いた。 (大変な時期に、ふたりは寄り添っておられたのだな)  腹の奥に重く大きな石がある。ズシリと存在感のあるそれは冷たく、康頼の気持ちを苛んでくる。 (供を連れずに外出ができるほど、義朝殿は存在を認められ、自由を手にするほどに信頼されておる)  それがあるから、新たな色夫として献上された康頼を受け入れられたのだ。ゆるぎない絆が、為明との間にあると確信をしているから。 (その他に、あれほど義朝殿が悠揚たる物腰でおられる理由はない)  暗澹たる気持ちになりつつ、負けてなるものかと心を奮い立たせる。 (為明殿は、それがしを受け入れてくださった。なれば、それがしは為明殿にかわいがられるよう、精進するのみ)  かならず果たしてみせると腹の底に気合を入れて、気鬱の塊を抑え込む。国元のためであるのはもちろんのこと、己の気持ちのためにも成してみせると、全身が硬くなるほど気負っている康頼の耳に声が届いた。 「入っても構わないか」  障子に人の影が映っている。 「為明殿」  立ち上がった康頼は、いそいそと障子の前に移動して開いた。肩に羽織をかけた襦袢姿の為明が、邪魔をするぞと入ってくる。康頼は、ふと見えた三日月に己の覚悟を重ねて、障子を閉めた。 「眠る前に、邪魔をしたな。すこし、話をしようと思ったんだ」 「それがしも、為明殿がいらしてはくださらぬかと待っておりました」 「そうか」  うれしげに目じりを下げて、為明が座する。康頼はその前に裾を整えて座った。 「あの後、どんな場所を見て回ったのかと気になってな。どうだった、街は」 「まるで祭のようなにぎわいで、おどろきました。誰もが浮き立った顔をして、鮮やかな色味の着物を身にまとい、行きかう姿は見ているだけでもたのしゅうござった」 「そうか。まあ、異国船が入港しているからな。そのせいで、普段よりは活気がある。これからしばらく、街はにぎやかだ。他所から商人をはじめとした、さまざまな人間が流れてくる。唐船の入港時も人の出入りは多くなるが、南蛮船はそれ以上の動きがあるんだ。なんせ、唐よりも遠い場所から、珍しいものを運んでくるからな。この国にはいない動物の毛皮や絵図なんかは、おもしろいぞ。今度、それを見せてやろう」 「それは、たのしみでござる。――して、為明殿は異国語に通じておられると、義朝殿からうかがいました」 「うん?」 「それゆえ、それがしが蘭語を勉強するのは不要ともうされたのでござるな」 「まあ、そうだ。気持ちはうれしいが、康頼が心からしたいことではないだろう? 俺に気に入られるためにする、というのなら不要だ」 「なにゆえ」 「そんなことをしなくても、俺はおまえを気に入っている。だから、無理をする必要はない」 「無理などしておりませぬ」 「どうすれば俺に気に入られるか、悩んでいるらしいと義朝から聞いた」  否定も肯定もできずに黙った康頼を、為明はやさしい瞳で包む。ふわりと心があたたかくなった康頼は、自然と膝を進めて為明に近寄った。 「為明殿」 「ん?」 「船上での会話を、覚えておられまするか」 「ああ」  わずかに照れを浮かべた為明に、康頼は顔を近づけた。 「ここならば、海の匂いはいたしませぬ。為明殿の肌から海の匂いがするかどうか、確かめさせていただきとうござる」  肩から羽織を落とした為明が、胸元をくつろげる。康頼は盛り上がった胸筋に、鼻を近づけた。 「どうだ。するか」 「よく、わかりませぬ」  ドッドッと鼓動が高まる。それを抑えて、康頼は為明の肌に手を乗せた。 (熱い)  自分よりもずっと体温の高い為明の、はち切れそうなほどに力強い肌に手を滑らせる。為明の肩から襦袢が落ちて、広い肩に康頼は頬を当てた。 「ほんのりと、香るような、香らぬような」  腕をそのまま背中にまわし、体を密着させた康頼は目を閉じた。心音がうるさい。息が上がる。張り裂けそうなほどに鼓動が激しく苦しくなるのに、もっと強く肌を触れあわせたい。  緊張に喉が渇いた。唇を開いて、軽くあえぐ。体の奥がじんわりと熱くなり、腰のものがゆっくりと頭をもたげた。ただ身を寄せているだけで、官能の兆しをしめす自分の肌をあさましく、心に正直だと笑う。 「為明殿」  康頼は身を離して、襟を広げて肩を出した。 「それがしの肌が、山の匂いがするかどうか嗅いでくださらぬか」 「ああ」  わずかに為明の息がかすれていた。自分だけが淫靡な気配を感じていたのではなかったと、康頼は安堵と期待に息をつく。為明に腰を抱かれて首筋に顔を伏せられた康頼は、ちいさく身じろぎした。鎖骨に当たる息がくすぐったい。 「いかがでござろう」 「よく、わからないな」 「ならばもっと、深く嗅いでくだされ」  為明の舌が康頼の鎖骨のくぼみに触れる。フルッとちいさくわなないた康頼の薄い胸に、為明の舌が這った。乳頭を含まれた康頼がかすかな息を漏らす。為明はそのまま色づきに吸いついて、康頼は彼の頭を抱きしめた。 「あっ、あ」  じんわりと広がる甘い刺激が、波紋となって康頼の全身に広がっていく。脚の間が可憐に震えて、康頼は太ももを開いた。為明がのしかかり、康頼の背が床に触れる。腰を抱かれて胸乳に唇で甘えられ、康頼は目を細めた。  灯明がゆらいで消える。  待つと決めた刻限が終わったと、康頼はほほえんだ。 (今宵は、かわいがっていただける)  求める気持ちを腕に込め、康頼は愛撫に細い悲鳴を上げた。たっぷりと濡らされた乳頭はぷっくりと膨らんで、為明の指につままれる。 「あっ、ん……っ、ああ」 「康頼」  首を伸ばした為頼に、康頼は顔を寄せて唇を重ねた。舌を伸ばして互いに絡め、深く相手の口腔へ差し入れる。 「んっ、ふ……ぅむっ、んはっ、ぁ、んぅ」  角度を変えて口内の隅々までを味わうと、下帯がふくらんだ。康頼の腰に為明の体が押しつけられて、互いの短槍が挑むための準備を整えていると知る。 「ふは、あっ、あ……んっ、ふぅっ、う」  康頼は為明の腰を脚で挟んだ。ニヤリとした為明にグリグリと腰を押しつけられて、熱された部分の先から快感のしるしがにじむ。 「ふ、ぅう……んっ、は、ぁあ」  うっすらと汗ばんだ、互いの肌が匂い立つ。 (為明殿の匂いが)  口吸いをしながら、康頼はそれを感じた。 (太陽の匂いを含んだ、海の香り)  それが為明の匂いだった。自分の香りも為明に伝わっているのだろうかと気になって、けれど唇を離したくなくて、康頼は体を擦り寄せた。 「ふっ、んぅ、う……は、ぁ……っ、為明殿」 「おまえの匂いがする、康頼」  低くうめいた為明の唇がゆがむ。康頼は、よろこびにはにかんだ。 「土の匂いが、いたしまするか」 「草木の匂いだ。雨上がりの野山のような、馥郁とした命の香りだ」 「そのような、大仰な」 「大げさじゃない。俺は、そう感じた。大地に抱かれているような、心地よい風の吹く、のびのびとしていられる晴れの日の匂いがする。俺が俺として、ただの俺という一個の人間として、存在してもいいと感じられる、自分を自分に還せる場所。そんな匂いだ」 「為明殿」  ジンと心が熱く震えて、康頼の喉にせり上がるものがあった。視界がよろこびでにじむ。 (それほどのものと称してくださるとは)  感涙をこぼす康頼は、故国の豊かな山の景色を思い出した。 「俺は、どうだ。俺の匂いは、海の匂いか」  涙を瞳にたたえて、康頼はほほえんだ。 「海の匂いがいたしまする。なれど、それより先に太陽の匂いがいたした」 「太陽の匂い? 太陽に、匂いなどないだろう」 「ございまする。たっぷりと日を浴びた布の匂いを、為明殿は存じませぬか」  すこし考えてから、あると為明は答えた。 「それに似た匂いがいたしまする。ふっくらとあたたかく、やすらぐ香りがいたしまする」 「やすらぐ、か」 「その奥に、海の匂いがいたしまする。海がいかなるものか、それがしはよく存じませぬが……遠い国とこの国を繋ぐものであり、クジラのごとき大きな生き物も悠々と過ごせる、広くて大きな場所なれば、慈愛に満ちたものであるのではと考えまする」 「海は、荒れるぞ」 「大地とて、荒れまする」 「船を呑み込むほどの波が立つ」 「山も土砂や雪が崩れて、多くのものを呑み込みまする」 「なるほど。似たもの同士か」 「そのようでござるな」  額を重ねて、おなじ笑みを浮かべた唇があわさった。ついばみあって帯を解き、襦袢を脱ぐ。下帯姿となったふたりは身をくねらせて、短槍の穂先を打ちあわせた。為明は舌で濡らしてふくらんだ康頼の胸乳に指をかけ、濡れていない方に唇を移した。双方の乳頭を刺激され、康頼は腰を浮かせた。 「ぁ、はぁ……っ、ふ、ぅんっ、ぁ、あっ」  肌が粟立ち、頭の芯がとろける。康頼は為明の腰を脚で引き寄せ、先走りで濡れた己を押しつけた。 「ぁ、ああっ、為明殿」 「かわいい声で呼ぶ」  あえぐ康頼の胸から顔を上げた為明は、彼の下帯を剥いで陰茎を掴んだ。 「あっ」 「こんなに濡らして」 「んっ、ぁ、為明殿」  扱かれて、康頼は腰をくねらせた。追い立てられるままに快感を受け入れて、絶頂を迎える。 「はっ、あ、ああああぁあっ!」  切なく細い悲鳴を上げた康頼の首を、為明は強く吸った。花びらに似たうっ血が残る。 「は、ぁあ……っ、は、ぁ」 「まだ、大丈夫か」 「んっ、為明殿」  とろけた視線を為明に注いで、康頼は彼の下肢に手を伸ばした。いきり立った熱い肉欲に、心臓をとどろかせる。 「為明殿の短槍で、それがしを貫いてくだされ」 「ずいぶんと淫らなことをねだる」  耳に口を寄せられて、康頼は顔を赤くした。 「なりませぬか?」 「いいや。俺も、おまえを俺の槍で貫きたい」 「なれば」 「ああ」  身を起こした為明が、丁子油の入った竹筒を取り出す。康頼の脚が、為明の肩に乗せられた。尻の谷に油が垂らされ、康頼は冷たさに身を縮めた。流れる丁子油を指で受け止めた為明が、康頼の菊座にそれを塗りつける。ヒダにたっぷりと油を含ませ、指を入れて内壁を濡らして指を抜き、油を足しては奥へと進む。 「は、ぁ……あ、あ……ああ、あ……っ、ふ、ぅ」  丁寧にほぐされて、康頼は目を細めた。窓から月光が差し込んでいる。ひくつく康頼の秘孔の口が為明の指にすがり、ほぐす動きにあわせて油と空気の混ざる音がした。 「ふ、ぁ……っ、為明殿ぉ、あっ、あ」  奥が空虚を訴えて、康頼は腕を伸ばした。 「まだだ。もうすこし」 「んっ、ああ」  眉間にシワを寄せて情動をこらえながら、為明は丹念に康頼の内壁を濡らし、ほぐした。収縮する内壁が指にすがり、奥へ奥へと誘い込む。その誘惑に堪えながら、もう充分と納得できるまで康頼を開いた為明は指を抜き、隆々とそびえる己を可憐な菊座にあてがった。 「いいか、康頼」  無言でうなずいた康頼の目が、艶やかに濡れている。はやる気持ちを抑えて、為明はゆっくりと己を奥に埋め込んだ。 「は、ぁ、あ、ぁ、あ、あ、あ」  開かれるよろこびを、康頼は短い嬌声で示した。為明はあせらないよう自制して、康頼の顔に苦痛が現れないかを確認しながら腰を進める。 「は、ぁ、ああ、あ……っ、は、ぁあ、う、んっ」 「苦しくないか、康頼」  根元までぴったりと埋め込んだ為明は、康頼の顔をのぞき込んだ。康頼は息を弾ませながら、唇を笑みの形にゆがめた。唇から舌先がのぞいている。それに誘惑されて、為明は康頼の口を吸った。 「んっ、ふ……ぅ、んぅうっ」  繋がったままの接吻に、康頼の秘孔がヒクヒクと反応する。蠕動する内壁に刺激を受けた為明の陰茎が脈打って、擦れた媚肉がわなないた。 「ああ……っ、あ、あはぁ、た、為明殿」  淡々とした快感に、康頼は堪えられなくなった。それは為明もおなじで、荒い息を抑えてうめくと康頼の脚を持ち上げてのしかかり、腰をゆるゆると動かした。 「は、ぁあ……あ、ああっ、ふ、ぁ、あ」 「康頼」 「為明殿……っ、んっ、あ、は」  為明の首にすがって、康頼は体を揺らした。もっと欲しいと訴えられて、為明が勇躍する。 「んはぁあっ、あっ、あああっ、はっ、はんっ、はぅう」 「康頼、康頼」  汗をしたたらせるほどに激しく為明に求められ、康頼は幸福に満たされた。もっと彼を味わいたいと、つたないながらも為明にあわせるために腰を動かす。そのいじらしさに為明はますます興奮し、肌の打ちあう音がするほど強く突き上げた。 「ぁはぁあっ、あっ、ああっ、は、はぁううっ」  体の芯が為明に支配された。  康頼は自分の体が頼りなく崩れるのを感じた。為明がいなければ、己を保っていられない。なにもかもが彼に制圧されている。それがとてもうれしくて、それほど求められているのが誇らしくて、康頼は声を限りに快楽を叫んで示し、為明に気持ちを伝えながら極まった。 「あっ、はぁあああ――っ!」  悲鳴の後半は声にすらならなかった。為明の熱が康頼の奥に注がれる。それを受け止め、康頼はうっとりと目を閉じた。 「康頼」  呼ばれた康頼が重いまぶたをわずかに上げると、口を吸われた。 「為明殿」  気だるい声で呼び返せば、髪を撫でられた。 「康頼は、いい香りがする」  髪に鼻を寄せられた康頼は、為明の首に顔を押しつけた。 「為明殿も、よき匂いにござれば」 「そうか」 「はい」 「もっと、康頼の匂いを味わいたい」 「ぞんぶんに。為明殿の望まれるままに」 「いいのか」 「望むところにござる」  軽く唇を触れあわせて、為明は康頼から自分を抜いた。ヒクリと秘孔が動いて、為明の熱を追い求める。 「床の上で、背中が痛んだだろう」 「問題ござらぬ」 「閨へ」  抱き上げられた康頼は、為明の胸に頬を預けた。

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