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16.嫉妬でいつくしむ

 閨にそっと下ろされて、康頼は為明を見上げた。為明は苦虫を嚙み潰したような顔をして、じっと康頼の目を見つめた。  身じろぎもせずに康頼は為明の次の行動、あるいは言葉を待った。為明はそのまましばらく逡巡し、やがて重い息を吐いた。 「義朝と……いや、いい」  康頼は問う目をした。為明はそれを流して顔を近づける。康頼のまぶたに為明の唇が触れた。そのまま康頼は顔中を為明の唇になぞられる。 (いかがなされたのか)  唇から迷いを感じて、康頼は考えた。 (よもや、それがしが義朝殿に手ほどきをされたこと、不快に思われておられるのでは?)  その理由が色夫としての務めのため、となれば怒るに怒れず、扱いに困っているのだと康頼は判断する。 (義朝殿が自分以外のものと色事をしたと、為明殿はうろたえてござる)  その相手が自分のもうひとりの色夫となれば、とがめることもできないと、気持ちのやり場を失っているのではないか。それをどう処理しようかと考えての接吻なのだと、康頼は体を硬くした。 (違うと言えば、為明殿は安堵されよう。なれど)  そんな顔を見せられた自分の心は、きっとふたつに割れてしまう。粉々に砕けてしまうかもしれない。 (為明殿)  康頼はそろそろと手を持ち上げて、為明の頬を包んだ。為明の動きが止まる。鼻先を重ねて、ふたりは無言で見つめあった。互いの気持ちや思惑を、瞳の奥に見つけようとして。  さきにそれを止めたのは康頼だった。首を伸ばして、そっと為明に唇で触れる。なにかを考えての行動ではなく、おのずとそう動いてしまった。すると為明の顔も動いて、康頼の口を吸った。首を動かし角度を変えて、なんどもついばみながら相手の帯を解いて着物を落とす。 (いまは、義朝殿のことを忘れてほしい)  自分を置いて義朝の部屋へ戻られたくないと、康頼は為明の首にしっかりと腕を絡めた。為明の手が康頼の頬を包み、首を滑って肩に触れ、脇腹を撫でて胸に置かれる。薄い胸板を下からすくい上げるように撫でられて、康頼は熱っぽい呼気をこぼした。親指が胸先にかかり、色づきをくすぐられる。ジワジワと官能が目覚めていく心地よさに、康頼は目を閉じた。 「は、ぁ」  為明の舌が伸び、康頼の口内に侵入した。唇の裏側を舐められた康頼の下肢が、ジワリジワリと頭をもたげた。ほんのわずかな刺激が、とてつもなく気持ちいい。もっと触れられたいと、康頼は舌を伸ばして為明の舌を招いた。 「んっ、ふ……む、んぅ、ううっ」  キュッと舌を吸われた康頼の腰が跳ねた。浮いたそこに腕を入れた為明の唇が移動する。顎を吸われて首に歯を立てられて、康頼はうめいた。もっと強く、痛いほどに噛まれたい。 「あ、ぁ……っ、為明殿」  はかない悲鳴を上げた康頼の乳頭に、為明の唇が到達する。たっぷりと舌でなぶられ、ぷっくりとそこが起き上がると、もう片方を淫靡にいたぶられた。 「は、ぁあ……あっ、あ、ああ」  それだけで康頼の下肢はムクムクと育ち、たくましい為明の腹筋をつつくまでになった。為明は康頼の脚を開かせて腹を押しつけ、彼の陰茎を体でつぶした。 「ふっ、ぁ、あっ、あ……っ、は、ぁ、あ」  腰を揺らめかせて、康頼は為明の腹に己の欲を擦りつけた。腹筋の谷に上下に擦れて、先端がヘソに引っかかるたびに、えもいわれぬ快感が頭の先に突き抜けた。 「ふぁ、あっ、ん、んぅうっ、あ、はぁ」  胸に吸いつく為明の頭を抱きしめて、康頼は淫靡な陶酔に意識を投げ出す。ただひたすらに、気持ちよくなりたかった。義朝と為明の絆を忘れるほど、為明におぼれたい。 (それがしを求める為明殿を、感じていたい。それがしで、気持ちよくなっていただきたい)  そのためになにをすべきか、康頼はまだよく知らない。なにをすればいいのかと考えて、自分がされて心地いいことを返せばいいのだと思いつき、康頼はそっと為明の肩を押した。  疑問を浮かべて、為明は顔を上げた。自分の愛撫が気に入らなかったのかと、顔をしかめる。不機嫌な為明の表情にひるみつつ、康頼はおずおずと申し出た。 「身を起こして、いただけませぬか」  為明はさらに目元を険しくした。 「したくないのか」 「そうではござらぬ」 「じゃあ、なんだ」  口ごもった康頼に、為明は鼻を鳴らした。 「ともかく、座ってくだされ」  舌打ちをしながらも、為明はそうした。不快もあらわに、あぐらをかいた為明におじけづき、康頼は後悔した。 (なれど、したいのだ)  気に入ってもらえるかどうか。  不安になりつつ手を伸ばし、為明の鎖骨に口をつける。 「なんのつもりだ」  低い声に緊張しながら、康頼は答えずに為明の肌を味わった。鼻孔に彼の匂いを吸い込むだけで、康頼の股間が震える。 (なんと、はしたない)  恥じ入りながらもうれしくて、為明もそうなってほしいと彼の盛り上がった胸筋を掴んだ。ぶ厚いそれを唇で撫でながら頭を移動し、色づきを口に含む。チロチロと舌先でくすぐった康頼は、愛撫をしている側なのに肌を粟立たせた。舌の表面が為明の突起で擦れると、甘美な痺れが腰に生まれた。 「は、ぁ」 「そういうことを、教わったのか」  怒気を孕んだ声音に目を伏せ、康頼は顔を下ろした。為明の腰の短槍が、立派にそびえている。ゴクリと唾を呑み込んだ康頼は、根元に手を添えて先端を舌でつついた。 (熱い)  口を開いて先端を舌に乗せ、クビレに唇をひっかける。赤子が乳を飲むように吸うと、荒く詰まった為明の呼気が落ちてきた。陰茎が脈打って、感じてくれているのだとわかる。それに勇気を得た康頼は、頭を上下させた。舌と上顎で挟んだそれは、ビクビクと力強く脈打っている。  なるべく深くまで呑み込んで、唇がクビレにかかるまで引き出して。はじめはゆっくり、だんだんはやくしていくと、舌の上に苦味が乗った。 (感じてくれている)  先走りを吸えば、艶めいたうめきが聞こえた。康頼の欲が呼応し、先走りをもらした。康頼は為明を高めながら、昂っていった。やがて――。 「くっ」 「ぐっ、ぅん……っ、く、ぅ、げふっ、ごほっ」  吹き出たものに喉の入り口を叩かれて、咳き込んだ康頼の口から精液と唾液のまじりあったものがこぼれた。荒く胸を喘がせる康頼は、こぼしたものを舌で追いかけ、放ったばかりでありながら、硬さを残している為明の陰茎をしゃぶった。 「んっ、ふ、ぅ……んっ、ん」  苦労して、喉に引っかかる精液を呑み終えた康頼は、無事にやりおおせたと安堵して顔を上げた。よろこびと怒りを織り交ぜた笑みを、為明は浮かべている。 「お気に召されませなんだか」  不安になって聞いた康頼の肩に、為明の大きな手のひらが置かれた。 「いいや」 「では」 「気持ちよかった」  弱々しくほほえんだ為明のそれを、康頼は世辞だと受け止め落胆した。放ちはしたが、きっと満足がいくほどではなかったのだ。 (義朝殿なら、きっともっとうまくなされる)  長年連れ添っているのだから、互いの好みも熟知していよう。そんなふたりの間に割って入り、為明の寵愛を奪いたいと望む自分の愚かさに康頼はうつむいた。それにつられたのか、為明の視線が落ちて、康頼の下肢を見る。 「達したのか」  為明の手が康頼の太ももに触れた。 「俺をしゃぶっただけで、なんの刺激も与えられずに」  濡れた自分の内ももを見ながら、康頼はゆるゆると頭を振った。 「なんの刺激も、なかったわけではござらぬ」  口内で味わう為明に興奮した。擦れると気持ちがよくて、たまらなくなった。淫らな肌が、為明にはどう見えるのかと怖くなって、康頼は顔が上げられない。為明はしばらく康頼のうなじをながめ、顔の上がる気配がないと知ると、手を伸ばして康頼の陰茎を手のひらに乗せた。 「愛らしいな」  耳元でささやかれ、康頼はビクリとする。陰茎を握られて、根元を指の腹でくすぐられると、甘えた音が口からこぼれた。 「は、ぁ……っ、あ、あ」 「康頼」  耳の中に舌を入れられ、康頼はとろけた。為明を気持ちよくさせたかったのに、自分ばかりが彼に陥落させられる。 (ああ、だめだ)  どうしようもなく為明に惹かれている。彼に触れられるだけで、名を呼ばれるだけで、視線を感じるだけで、心が浮かれておぼつかなくなり、体が反応してしまう。 (なんと淫らではしたなく、あさましいのか) 「康頼」 「ふっ……く、ぅん」  耳を噛まれて陰茎の先を擦られた康頼は、子犬に似た声を上げた。 「ずいぶんと、かわいい声で啼く」 「っ、は……もうしわけ、ござらぬ」 「なぜ、あやまる」 「それがしばかりが、このような」  為明の手の上で、康頼の陰茎は硬くなっていた。ニヤリと唇をゆがめた為明は、唐突に康頼の陰茎を激しく擦った。 「っ、は、ぁ、あ、あぁ、あっ」  目を白黒させてあえぐ康頼の顎が持ち上げられる。まっすぐに見下ろされたまま、康頼は絶頂を迎えた。 「は、ぁあっ、あ、ああ……っ」 「そんな顔をして、達するんだな」  康頼の全身が、興奮と羞恥で熱くなる。為明の瞳がやわらかくなった。 「その顔は、ほかのものに見せるな」 「え」 「色夫の技の修練なんて、しなくてもいい」  そっと唇をふさがれて、康頼は目を閉じた。横たえられて、脚を開かれる。 「為明殿は、己の手で好みに育てたいのでござるか」 「なんだ、それは」 「我が父が、そのようにもうしておったのです。それがしが知識に乏しいのは、相手に添うために、余計なことはなにも知らずにおらねばならぬ。相手の好みに合うように、養育されることが肝要と教えられておったがゆえに」  ふむ、と為明は鼻を鳴らした。 「それなのに、なぜ義朝に師事をした」 「それは」  口ごもった康頼は目をそらし、小声で返事をした。 「聞こえない」 「……にも、心地よくなっていただきたかったゆえ」 「ん?」 「た、為明殿にも……それがしで、気持ちよくなっていただきたいのでござる」  ギュッと目を閉じて腹の底から声を出した康頼は、下唇を噛んだ。こみ上がる感情がふさがった喉から出られぬと、目に移動して涙となってあふれ出る。泣きだした康頼に、為明はあっけにとられた。 「康頼」 「ふがいなく、もうしわけ……ござらぬっ」  口惜しさに歯噛みする康頼の胸を、為明がトントンとなぐさめる。 「そんなことを気にしていたのか」 「そんなことでは、ござらぬ。それがしばかりが与えられ、なにも返せぬことが口惜しゅうて」 「俺は、べつになにも与えてはいないけどな」  苦笑する為明を、康頼はキッとにらんだ。 「与えられておりもうす! それがしばかりが心地よくなり気を失うて、なにもできておりませぬ」  あんぐりと口を開けた為明に、康頼は首をかしげた。 (なにか、妙なことでも言うてしもうたか)  キョトンとした康頼が目をぱちくりさせると、為明は吹き出した。 「為明殿?」  声を上げて為明が笑う。  顔を片手でおおって呵々大笑する為明を、まったくわけのわからない康頼は奇妙な顔でながめた。  ひとしきり笑った為明が、笑いに息を乱しながら康頼の頬を両手で包む。 「俺にされて、気持ちがよかったのか」  ハッと息を呑んだ康頼は、羞恥に目をそらしたくなるのをこらえて、正面から為明を見据えた。 「己を制御できなくなるほどに」  きっぱりと答えた康頼に、為明は破顔する。とろける彼のほほえみに、康頼の心が溶けた。恋しさがまっすぐに為明に流れる。 (それがしは、為明殿が)  唇を湿らせて、想いを伝えようとした康頼の唇がふさがれた。丁寧に唇を味わわれ、目を閉じた康頼は為明の肩に手を乗せた。体を寄せて、抱きあって、唇を離してじっと見つめる。 「素直だな、康頼は」 「己を偽るなど、できもうさぬ」 「なるほど。自分の気持ちには、逆らえないと? たしかに、そうだな。自分の心は、あざむけない」  それは義朝のことを指すのだと、康頼は思った。為家の色夫だった義朝を引き取った為明は、それだけ彼のことを大切に想い、いつくしんでいる。だからこそ互いに気安く名を呼んでいる。周囲がそれを認めているから、義朝は自由に動き回れるのだ。 (つまりそれだけ、為明殿は義朝殿を大切にしておられる)  何度もふたりの絆の深さを目の当たりにしているのに、それでもどこかに自分の入り込める隙間はないかと、康頼は考えてきた。だけど、そんなものはどこにもなかった。 (観念し、正直に気持ちを伝えるしかあるまい)  緊張に喉が渇く。総身に力を入れて、康頼は気持ちを音に変えようと息を吸った。

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