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17.吐露と告白
「だから俺は、おまえに惹かれたんだな」
吐きかけた音を止めて、康頼は呆然とした。
(いま、なんと?)
固まってしまった康頼に、照れくさくなった為明は眉を下げて首をわずかにかたむける。
「つまらない嫉妬をしてしまった」
止めた音を息に変えて吐き出した康頼は、まじまじと為明の目をのぞきこんだ。
「為明殿……?」
「色夫に惚れる、なんて妙だと思うか」
「そのようなことは……惚れ……ほ?」
(惚れる?)
背中に電流が走って、康頼は身を起こした。そのまま後じさり、壁に背中を激突させる。
「うっ」
(落ち着け、落ち着くのだ。これはきっと、閨の睦言としての世辞! 本気でそのようなことを……義朝殿のように艶麗な方を色夫となされておる為明殿が、それがしに惚れるなど……っ、ああ、なれど、なれど)
うれしい!
康頼は腕で頭を抱えて、床にうずくまった。一連の動きを唖然と見ていた為明は、まるまって震えている康頼に近づき、しゃがんだ。
「康頼」
背中をつつかれた康頼は、ビクンと大きく震えてさらに体をまるめた。やれやれと息を吐いた為明は、その場にあぐらをかいた。
「まるで野良猫だな」
やわらかな視線で康頼を包んだ為明は、ふうっと肩の力を抜いて壁にもたれかかった。
「俺の髪は、陽の光が当たると赤味が増すんだ」
独白をはじめた為明の声に、康頼の耳が反応する。
「鬼の子だと陰口を叩かれた。国主の血族であるし、父親は交易国の公使だから、面と向かって言えなかったのだろう。だが、どういうわけか耳に届く。母にうとまれていたわけではない。父は任期を終えて帰国してから、文や土産を送ってくれたが、もう二度とこの地を踏むことはないと判断したのか、故国で妻をめとったという連絡を最後に、なにも届かなくなった。母が父の今後の生活をおもんぱかって、連絡を絶ったのかもしれないが」
うずくまったまま、康頼は為明の過去をひとことも聞き漏らすまいと耳を澄ました。
「好意的な目を俺にくれるのは、母と母の兄である先代国主、乳母と来航した異国人くらいだった。表面的には親しみのある態度を取っても、目の奥には困惑や嫌悪なんかが見え隠れしていてな。子どもは、そういうものに敏感だ」
しずしずと降り注ぐ月光が、藍の濃淡で世界を描いている。やさしい闇に体を預けて、為明は己という存在を夜気に吐露する。
「だから俺は、無言の拒絶をされない場所に足しげく通った。俺を受け入れてくれる人と言葉を交わしたくて、異国語を覚えた。そんなときに義朝と出会った。――義朝は、俺を異国人だと思ったそうだ」
クスリと語尾をやさしく震わせた為明に、康頼の心がきしんだ。親しみのこもった声音に息苦しくなる。
「義朝とは商館で、しばしば顔を合わせるようになった。鬼子と呼ばれている俺の存在は、知っていたらしい。叔父の為家から聞いていると言われた」
為明は康頼の背に手を置いた。
「鬼にしか見えないと言われたよ」
さみしげな声に、康頼の魂がちいさく痙攣する。顔を上げて為明を抱きしめて、なぐさめたくなった。しかしそれを、為明は望んでいない。ただ話を聞いて欲しがっている。背中に置かれた手のひらから、そう感じた。
「異国人はみんな、鬼にしか見えない。だけど鬼はウソをつかない。そう、言われた」
言葉に情愛がにじんでいる。聞いていたくないと、康頼の心は硬化した。しかし耳は、もっと知りたいと体中を聴覚にしたがっている。
「そのころからの縁なんだ、義朝とは。同年代と遠慮なく会話ができたのははじめてで、俺はあいつを友と呼んだ。義朝は鼻先で笑いながら、それを受け入れた。――誰もが義朝を、俺が叔父から寝取ったと言っているが、そうじゃない。訂正をする気も必要もないから、放置しているだけで」
それでは、ただの友人だと言いたいのかと康頼は考える。
「悪友と言えばいいか……なんというか、政治向きのこともそうでないことも、気兼ねなく話せる相手であって、それ以上でもそれ以下でもない」
それはとても親密で、唯一無二の関係ではないか。康頼の心臓は押しつぶされた。苦しすぎて、うずくまっていられなくなり飛び起きる。
「そんな相手と、あのようなことをなさるのか!」
「あのようなこと?」
「ふ、ふたりがかりで、それがしを」
思い出して満面を朱に染めた康頼に、為明は決まりの悪い顔になる。
「あれは、義朝にそそのかされたみたいなもので」
首に手を当てて顔をそらした為明に、むうっと口をゆがめた康頼も視線を外した。
「とにかく、義朝は名目上の色夫なだけだ。内実は俺の補佐的存在で、そういう行為はしていない」
「あれほど艶めいておられるのに?」
「それは、俺のほかに相手がいるからだ。そのあたりはまあ、知りたいのなら義朝に……いや」
目元を引き締めた為明の手が康頼の顎を掴む。
「俺を見ろ、康頼」
うながされて首を動かした康頼は、怖いくらい真剣な為明の視線にひるんだ。
「義朝と、なにをした」
「なにを、とは」
「手ほどきを頼んだんだろう」
「それは」
「答えられないのか」
視線を迷わせてから、正直に答える。
「なにも」
「なにも?」
「まだ、なにも教わってはおりませぬ。教えを乞いはいたしたが、なにも」
目に力を込めてウソではないと伝えると、為明は嘆息した。
「そうか。なら、あれは義朝の……いや」
「なにか?」
盛大なため息をついて、為明は康頼の髪をクシャリと撫でた。
「俺をけしかけるためだったのか」
「は?」
「こう言ってはなんだが、相佐は豊かな国だ。交易も盛んで、繋がりを持ちたがる国は多い」
わかっていると康頼は首を動かす。
「それなのに色夫が義朝とおまえだけというのは、不思議だとは思わないか」
そう言われればそうだと、康頼はニヤリとした為明から答えが来るのを待った。
「康頼のほかにも、色夫として送られてきた人間はいる。そのすべてを俺は帰した。なぜか、わかるか」
いいえと視線を据えたまま首を振った康頼の頬を、為明は撫でた。愛しさをにじませた指先に、康頼の心がわななく。
「おまえ以外のものはすべて、俺に嫌悪を示したからだ」
泣き笑いの顔で苦しげに、けれどなんでもなさそうな風をよそおう為明に、康頼は手を伸ばした。渇いた目尻に幻の涙を見た気がして、康頼は問う。
「なぜ」
「俺を鬼とでも見たんだろう。表面的には従順でおだやかな顔をしていても、目はウソをつけない。恐怖を浮かべるものもあれば、侮蔑をにじませるものもあった。そういう連中をすべて、国元に帰した」
「それでは、そのもの等の国は」
「色夫の輿入れがなくても、国交は続ける。色夫として送られたものも、毛嫌いしている相手に身をゆだねるのは苦痛のはず。こちらとしても、そんな相手に手を伸ばす気にはなれないし、置いておくだけだと生殺しになる。帰すという選択が最良だろう」
そうかもしれないと、康頼は考える。そして――。
「それがしを帰さなかったのは」
「おまえは俺を見て、嫌悪も畏怖も侮蔑すらも浮かべなかった、はじめての人間なんだ」
哀切を含んだ笑顔に、康頼の心がキュウッとせつなく絞られる。
「どうということもない話だと思うか?」
返事に窮して、康頼はただ為明のさみしげな瞳を見た。
「当たり前のことが、俺にとってはそうじゃなかったんだ」
為明のほほえみを、康頼はそっと唇で撫でた。どうすれば彼の心をなぐさめられるのか。
為明は康頼の接吻を受けて、目を閉じた。薄く開いた唇から呼気が漏れ、康頼の唇に吹き過ぎる。
「うれしかった。だから、手元に残すと決めた。俺の身勝手だが、おまえは俺に輿入れをしにきたのだから、俺のものにしてもかまわないだろう」
はい、と康頼はちいさく答えた。抱きしめられて、為明の首に顔をうずめて心音をあわせる。聞こえるはずもない為明の鼓動が聞こえる気がして、康頼は目を閉じた。
「俺はおまえに色夫としてではなく、傍にいてほしいと望んでいる。だから、おまえの気持ちが任務を離れて、俺を見てくれる日を待つと決めた。それを義朝にも伝え、おまえの世話を頼んだ」
そうだったのかと、為明の気持ちを噛みしめる康頼の耳朶に息がかかる。唇で耳を噛まれて、康頼は熱っぽい息を吐いた。
「康頼は真面目なんだな。国元のために、色夫としての役割を果たそうとしていると、義朝から聞いた。三人でのあれは、義朝なりの気遣いだった。俺はそれを感じて受け入れ、心のままにおまえを抱いた」
思い出した康頼の体の奥から、ふつふつと淫らな熱が肌へと浮かぶ。
「慣れないおまえを、ゆっくりとなじませる気でいた。だから距離を取った。毎晩でも通いたかった。今宵、閨へと思いながらも己を律し、訪れなかった」
「為明殿」
「それで不安にさせてしまった」
すまないと耳奥に注がれた謝罪に、康頼の肌が粟立った。抱かれたいと強く願う。
「為明殿」
「おまえのほかに、色夫は取らない。妻もだ」
「それでは、世継ぎができませぬ」
よろこびと安堵を体に広げつつ、気持ちとは逆の言葉を発した康頼の髪が撫でられる。
「叔父には子どもがいる。その子を次代の国主にするつもりだ。そのための教育もしている。叔父の気持ちをなだめ、妙な動きをさせない牽制にもなっている」
「なれど」
「鬼と添いたい女など、いるものか」
吐き捨てた為明の声は、苦悩に彩られていた。声音の奥に為明の孤独を感じ、康頼は力の限り為明を抱きしめる。
「役目の上でもいい。俺のそばにいてほしい。俺だけのものでいてくれ。俺が、ただの俺としていられる場所になってくれ。気持ちをくれとまでは、言わない。だが、俺に愛されるのはかまわないだろう? そのために、国元がおまえを俺に差し出したのだから。おまえはその任に忠実であろうとしているのだから」
「為明殿」
愛しさが暴走して、声が出ない。康頼はやきもきした。強すぎる想いは、言葉という形に落とし込めなかった。けれど、なんと言えばいいのか、どういう言葉がふさわしいのかは知っている。
「愛しゅうござる」
言葉を絞り出した康頼の鼓膜を、ありがとうとささやきが揺らす。
(違う。そうではない!)
役目からの言葉だと、為明は勘違いしている。心の底から想っていると伝えなければ。
康頼は、ガッシと為明の顔を掴むと全力で叫んだ。
「惚れてござる!」
大声におどろいた為明を凝視して、康頼は早口に告白した。
「はじめは役目のために、寵愛を受けねばと考えておりもうした。なれど気がつけば、為明殿の笑みをひとりじめしたいと考え、義朝殿を嫉視いたすようになったのでござる。理由はわかりもうさぬ。目が勝手に為明殿に吸い込まれ、気持ちが流れてしまいまする。後づけであれこれ探すは、不誠実と存じまするゆえ、どこに惚れたかなどとは、問わずにいてくだされ。――ただただ為明殿が愛おしく、親切にしてくださる義朝殿を敵視してしまうほど、狂おしく想うておるとお伝えいたす!」
一気に言い切った康頼は、肩で息をした。まくしたてられた為明は目も口も開いて康頼を見つめ、「本心か」とかすれた声でつぶやいた。
「目は、ウソをつけぬと為明殿はもうされましたな。なれば、それがしの目を思うさま見分してくだされ」
さあ、と顔を近づけた康頼に、クックと為明が喉を鳴らす。
「なんだ。俺たちは相思相愛だったのか」
声を笑み震わせる為明の目じりに、光るものがあった。気持ちが伝わったのだと、康頼は愁眉を開いた。
「義朝殿に、あやまらねばなりませぬ」
「なぜだ」
「親切にしていただいたのに、それがしは妬み、うらやみ、その上で教えを乞うという、無礼なことをいたしましたゆえ」
「そんな必要はない」
「なれど」
「おそらく、義朝は気づいている。わかっていて、おまえの相手をしていたはずだ」
「なんと……器の大きな御仁でござる」
それに比べて、と顔を暗くした康頼の額に、為明の唇が触れた。
「互いに、おなじ相手に嫉妬をしていたなんてな」
「え」
「俺も、義朝に嫉妬をしていた。おまえがなついているようだったんでな」
「なついている、などと。それがし、犬猫ではございませぬ」
「そうだな。犬猫には、こんなことはしない」
「あ……っ」
為明の手が康頼の胸乳を滑る。突起をつままれ、康頼は短く啼いた。
「抱きたい。いますぐ、おまえと繋がりたい」
艶めいた声にうなずいた康頼は、ゆっくりと寝かされた。口を吸われてあえぐ康頼の脚が開かれ、為明の腰が入る。会話の間に落ち着いていた官能の熾火が再燃し、康頼は愛撫に甘く細い悲鳴を上げて腰を揺らした。
「康頼」
「あ、あ……っ、為明殿、ああ」
為明は丁子油を取り出すと、すぐさま康頼の尻を持ち上げて谷を濡らした。いままでにない性急な為明に、康頼はよろこびに胸をとどろかせた。
(それがしを、欲しておられる)
うれしさを噛みしめたいのに、愛撫に歯の根が浮いてしまう。それならばと、康頼は思うさま嬌声を響かせた。
「は、ぁあ……ああっ、あ、ああ……為明殿っ、あ、ああ」
「そんなにかわいい声で呼ばれると、こらえられなくなる」
低く艶めいた吐息が、康頼の唇をかすめた。ゾクリと背骨に甘美な悪寒が走る。
「っ、あ、為明殿……それがし、あ、ああ」
「達しそうなら、出せばいい」
「な、なれど」
秘孔に沈んで、康頼を追い立てている為明の指が、ある一点を強く掻いた。自分だけが絶頂を迎えることにためらっていた康頼の目の奥で、火花が散って体がはずむ。
「は、ぁっ、あ、あぁあああっ!」
腰を突き出し、欲望を吹き出した康頼の浮いた腰に腕をまわした為明は、指を抜いて腰を進めた。余韻にわななき、弛緩している康頼の芯を、己の槍で深く貫く。
「あっ…………は、ぁ、あぁ、あああ」
奥まで開かれた康頼は喉を開き、淫猥な悲鳴を上げた。それを追いかけ、為明が勇躍する。
「ふっ、康頼……っ」
「ひっ、は、ぁあ、あっ、はぅ、為明殿、為明殿ぉ」
激しく揺さぶられる康頼は、振り落とされまいと為明に全身でしがみついた。心臓が破裂しそうなほどに強く鼓動を打ち、体中から汗が吹き出す。ふくらんだ為明の匂いに、康頼の奥が蠢動した。
「あぁ……っ、は、はんっ、はぅあぁあ、ああっ」
「すがりついて、持っていかれそうだ」
「為明殿……っ、ふ、ぁ」
持っていかれそうなのは自分の魂だと、康頼は眉間にシワを寄せてほほえむ為明を見る。
(否。それがしは、もう)
魂を奪われているのだと、快楽にうわずったまま康頼はほほえんだ。
「なんて顔、しやがる……っ、康頼」
グンッと深く内壁をえぐられて、康頼はのけぞった。
「はあぁあああぁあ――――っ!」
二度目の絶頂は、途中で声が消え失せた。喉奥でうめいた為明も、康頼の内壁に絞られるままに精を漏らす。痙攣する康頼に、為明は腰を揺らして余韻を擦りつけ、詰めていた息を吐いた。
「康頼」
思いの丈と獣欲のすべてを与えた為明は、康頼の顔をのぞき込んで苦笑した。
「すこし、激しすぎたか」
目を閉じて静かに胸を上下する康頼の頬に唇を当て、為明は幸福そのものの声音で「おやすみ」とささやいた。
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