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薔薇の香りは誰のもの?(1)

 大きな門構えを抜け、重たい木戸を開けた。そこは父と僕しか住んでいない家。周りはやっぱりシン、と静まり返っている。明かりさえも見えない暗闇。  ――もう、広間に行っても父さんの笑い声も聞けない。  あの、(しわ)くちゃな優しい笑顔も……見られないんだ。父を殺したという、とてつもない罪悪感が僕の心に宿る。  玄関と繋がっている長い廊下を少し歩けば、二階にある僕の部屋に続く階段がある。部屋に戻るため、僕が階段を踏むそのたびに、キシキシと音が響く。  父さんがいた頃はこの(きし)みさえもなんとも思わなかったのに、ひとりになったとたん、この音が恐怖へと変わる。  階段を上りきるとふたつ並んだ部屋があって、手前のそこが僕の部屋だ。そっと襖を開けて部屋の中へ入る。畳八畳分の部屋にあるのは勉強机だけ……。本来あるだろうベッドも、布団もない。眠るためのものがあれば、きっと僕は欲に負けてしまう。僕はけっして寝ることを許されない。一度眠ってしまえば、意識を失った僕を、彼らは狙うから……。だから僕自らが眠るための道具をすべて無くすようにお願いしたんだ。  静かな部屋でひとり(たたず)んでいると、不意に遠くから濡れた足音が聞こえた。その足音は、少しずつ近づいてきている。  僕の魂を狙う霊体たちだ。僕はこれから自分に降りかかる出来事に耐えるため、ぎゅっと唇を噛みしめた。また恐怖に包まれた眠れない日々を暮らすんだと覚悟して……。  そういうことを考えている今も、向かって来る足音は止まない。

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