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薔薇の香りは誰のもの?(2)

 気を失っちゃだめ。僕はその場に立ったまま、自分に言い聞かせる。  逃げても無駄な事は知っている。『彼ら』はどこにだって出現する。逃げれば逃げるほど、恐怖に包まれるだけだ。それに、この場所から逃げ出して助けを呼べば、その人も僕の餌食になって命を落とす危険性がある。だったら僕はここにいて、誰にも迷惑をかけないようにするしかない。たとえ、身のすくむような恐ろしい出来事が待ち構えていたとしても――。 入り口の襖に目を向けて、ジッと朝が来るのを待つ。目をつむっても結果は同じ。彼らは(まぶた)の裏に現れる。逃げようにも逃げられない。  耳を澄ませば、やって来る濡れた足音は止まり、周囲は虫の鳴き声すらしないことに気がついた。虫さえもこれから起こる恐ろしい出来事を感知しているみたいだ。足音が消えたと思ったら、ぼってりした大きな音と一緒に僕のすぐ足元に落ちてきた。それが人だとわかったのはそのすぐ後だ。  あまりの恐怖に足はすくみ、声さえも出せない。  畳の上に視線を置けば、肩までの髪に赤いワンピースを着た、小学生くらいの女の子が、畳を()うようにしてそこにいた。 『おにいちゃんのたましい、ちょうだい』  女の子は漆黒の髪から片目だけを覗かせ、僕の身体にまとわりついてくる。足に当たった水滴のようなものは、けっして水滴なんかじゃない。そこには赤い血液がべっとりとついていた。 「……っつ!!」

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