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薔薇の香りは誰のもの?(3)
(いや。もう、いやだ。誰か……誰か……助けて!)
また、あの底知れぬ恐怖を抱くことになるのだと思うと僕の頭は、心は、身体は、ずっと冷たくなっていく。
そして僕はとうとう、恐怖に負けた。ありったけの力を振り絞り、足を引きずるようにして部屋を抜け出す。恐怖に駆られた今の僕には、誰かを犠牲にするとか、他人のことなんて考えていられなかった。この恐怖から、逃れることだけを一心に願う。
「……はあ、はあっ」
どれくらい走っただろう。道なき道を無我夢中で走る僕の足は、靴を履いていないせいで無数の傷がついていた。傷から生まれた血液で足が赤く染まっている。
ここはどこだろう。僕はいったい、どこへ逃げようとしているのだろう。僕が逃げた方向は家々が立ち並ぶ村じゃなくて、山の方向だ。だから地面は整備されていない砂利道が続く。しかもここは山奥で人気もない。ただ、無数の枝が交差しているのが見えるばかりだ。
『まって、おにいちゃん……』
女の子は地面を這って追いかけてくる。
僕は恐怖で鼓動する胸に触れた。胸のあたりで滑った何かを感じて見下ろせば、僕の手が女の子の血で赤く染まっているのに気がついた。父さんを見送った黒のスーツが、女の子の血で染まっていく……。
(――父さん。どうして僕をひとり残して逝ってしまったの? 僕はもう、ひとりはいや。いやだよ……)
『まってよ、おにいちゃん』
僕を追いかけてくる女の子との距離は数メートルだったところがほんの数十センチに縮まっている。
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