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優しい手のぬくもり。(8)
「お腹がすいたんだね。余りものになるけれど、何か作ろうか」
男の人はそう言うと腰を上げた。
その時、僕は今さらながらに自分の体質を思い出したんだ。
だって僕は眠っていた。それなのに、この人を襲っていないみたいなんだ。
それにお腹を空かせるなんて今までになかったこと。だっていつも霊体たちは、僕は醜くてとても汚い存在だって囁 く。
だから苦しくて、悲しくて、辛くなる。
生きることを拒絶してしまうから、正直ご飯どころじゃない。お腹が空くなんてもってのほかだ。
それなのに今は違うなんて……。
そう言えば、ここに来てから霊体の囁く声が聞こえてこない。
僕は、『彼ら』の存在を確かめるため、怖いけれど、そっと耳を傾ける。そうすれば絶対に霊体の声が聞こえるハズだから。
だけど……。
「――――」
何も霊体たちの囁きは聞こえない。あるのは穏やかな静寂と、そして甘い香りだけ……。
信じられない。この人と初対面なのに、父といる時よりリラックスできているなんて……。
「あのっ!!」
僕は腰を上げる男の人の二の腕をグイッと掴んだ。
『汚らわしい。触らないでくれる?』
その瞬間、聞こえてくるのは過去に言われたことがある奏美さんたちの声だ。
「ご、ごめんなさいっ!!」
僕はすぐに掴んでいた手を離した。すると男の人はもう一度、ベッドに腰を下ろしたんだ。
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