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優しい手のぬくもり。(10)

 僕は勢いよく頭を振って言い直す。 「いえ……えっと……。貴方の首を絞めたりとか、傷つけたとか、そういうことです……」 「君はわたしのベッドでぐっすり眠っていたけれど?」 (えっ? なにそれ、おかしい)  僕は意識を失えば、霊体に身体を乗っ取られる。  ――ハズだ。 「あの……本当に?」 「うん、本当」 「――――」  じゃあ、このお家から出て誰かを襲うったということも考えられる。  今までの経験上、意識を手放した僕が一度も霊体に操られなかったことはない。 「あ、あの。だったら外に出て誰かを襲ったりとか……」 「外へも出ていないよ。玄関へ行くには階段を下りて、さっきまでわたしがいたリビングを抜けなければいけないからね。それにここは山奥でね。人はあまり寄りつかないんだ。君が誰かを襲う前に、ここがどこだか把握できないと思うから、君がもし、家を出たなら、今ごろは迷路のような山の中で迷っているんじゃないかな?」 (そっか、ここ、山奥なんだ…………)  男の人が言うとおり、僕は誰も襲っていないというのなら、いったいどうしてだろう?  なぜ、霊体たちの声はしないんだろうか?  なぜ、僕は意識を失っても霊体に乗っ取られていないんだろうか?  今朝はたしかに霊体の存在を感じたし、頭の中では(うるさ)いくらい、僕を苦しめる言葉を聞いた。  それなのに今は何も聞こえない……。  霊体の声が聞こえなくなったのはこの人の傍にいるようになってから。

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