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悲しみと苦しみと。(1)
「……良」
「……比良 」
(だ……れ?)
(僕の名前を呼ぶのは……だれ?)
深い意識の中、僕は真っ白な空間で聞こえた声に意識を向ける。
「……比良」
ああ、また呼ばれた。
皺 がれていて、優しい響きのする声――。
いったい僕を呼ぶのは誰だろう?
聞いたことのある声だ。
目を開けようと、試みるものの……だめ。
なぜか目が開かない。瞼が鉛のように重いんだ。
だけどおかしい。目が開かないのにどうして周りが見えるんだろう。
それはとても不思議だった。
僕はそのまま、白い空間に意識を向け続ける。すると、世界は突然暗闇に変化した。
(――ここ、どこ?)
やっぱり目が開かないのに、周囲を見渡すことができる。遠くの方に誰かが立っているのが見えた。
身長は僕よりもほんの少しだけ高い。やせ細った身体は綺麗に和服を着こなしている。見ただけでもわかる、優しい雰囲気。襟足よりも少し上で短く切りそろえられた、白髪のあの人は……。
「……っつ!!」
(父さんだ!!)
そこでようやく、目の前にいる人物が誰なのかを理解した。
手を伸ばし、駆け寄れば……。
父さんの表情が少しずつ強張っていった。その表情はこれまで何回も見たことがある。
みんな……僕を見るたびにそうやって逃げていく……。
今の父さんも同じ。明らかに僕を拒絶していた。
(……どうして?)
(……なんで?)
(父さんまでどうしてそんな顔をするの?)
僕が口を開けば、父さんは有無を言わさず腕を伸ばす。僕の身体が押し倒されたんだ。
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