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悲しみと苦しみと。(3)

 強い力で首を絞められているから、息をすることはおろか、唾液さえも飲み込めず、口から垂れ流しになってしまう。そんな僕の醜い姿を見た父さんは、そこではじめて声を上げて笑った。だけど目は相変わらず血走っている。僕が好きだった皺くちゃな、優しい笑顔じゃない。 「いい表情だよ、比良。私を殺したお前を……許さない」 (ああ、やっぱり僕は恨まれているんだ……) 『許さない』  父さんの言葉を聞いた瞬間、僕の目頭が熱くなり、涙が(あふ)れた。  僕は生きる価値もない人間なんだ……。 「そうだ、お前は生きていてはいけない。私と同じように苦しめ。殺してやる……」 (……ごめんなさい) (……ごめんなさい)  僕は生きていちゃいけない。  死んだ方が良いんだ。  目尻から流れるのは懺悔(ざんげ)の涙だ。  僕にとって最も大切な人をそこまで追い詰めていたという涙。 「――……ら――」 「――……良――」  絶望と悲しみが僕の胸を染めていく。その中で――誰だろう。  父さんとは違う、また別の、誰かの声が聞こえた。 「死ね……」  僕の首により多くの力が加えられる。  僕は死を迎え入れる。  硬く目を閉じた。 「――比良――」 (ああ……まただ)  僕を呼ぶ声が聞こえる。  この声は……(くれない)さんだ。  そう思った時だった。あんなに重かった瞼が嘘のように軽くなった。  目を開ければ、そこには長いまつ毛に覆われた、赤みを帯びた茶色の綺麗な目が見える。  彼の眉間には皺が寄っていた。

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