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悲しみと苦しみと。(5)
はじめて会った人にこうやってしがみ付いて泣いてしまうなんて今までなら考えられないことだ。だけど紅さんはとても優しいから、きっとそうなって当然なんだ。
でも――。
いつまでも甘えていてはいけない。この優しい人も、父さんの二の舞になるかもしれない。
だから僕は、まだたくさん悲しい気持ちがあったけれど、紅さんから離れた。
頬から流れる涙をゴシゴシ擦って、何もなかった時みたいに紅さんと向き合おうとする。
「ごめっ……なさっ」
だけど声は掠れたままだし、嗚咽 だって口から漏れてしまう。
だけどもう帰らなきゃ。こには長くいられない。
そう思うと、胸がギュッて締め付けられる。
「比良くん?」
そんな僕の様子を、紅さんは気遣うようにして窺 ってくる。
紅さんと僕の視線が重なった。
たったそれだけなのに、ドクンと僕の心臓がまた大きく跳ねた。
僕は苦しくなる気持ちを無視して、にっこり笑う。もう、心配しなくてもいい。そういう気持ちを込めて――……。
それなのに、紅さんは綺麗な顔の眉間に深い皺をつくって僕を見つめてくる。だからきっと僕の笑顔は失敗したんだ。
「ごめんなさい。なんか、取り乱しちゃって……。ぼく、もう、帰ります」
ベッドから腰を上げた……んだけど、紅さんの手が僕の腕を掴んで離さない。
「もう帰ってしまうのかい? あ、そうか。君の家族が家でご飯を炊いて待っているものね……」
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