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悲しみと苦しみと。(6)

「――っつ!」  胸がズキズキする。  その言葉に胸が痛んだのは、僕の帰りを待っている家族はいないから。  でも、本当の事は言えない。言えばきっと、紅さんはとっても優しい人だから、夕飯を一緒にしようとすすめてくるに違いない。  だったら……。 「はい、だから早く家に帰らないといけなくって……」  紅さんは勘が鋭そうだから、僕はもう一度、ニッコリ笑ってみせた。  今度は嘘だと見抜かれないように、重ねた視線を外さないよう、踏ん張る。 「本当に?」  紅さんは僕の言葉に嘘がないかを見抜こうとしているんだろう。僕の目をジッと見つめてくる。  この視線から逃げたい。  でも逃げたら嘘だとバレてしまう。誰にも必要とされてないっていうことがバレてしまう。  そうしたら、父のように、今度は紅さんを巻き込んで殺してしまうかもしれないんだ。 「はい」  僕は笑顔を崩さず、そのまま微笑み続ける。  早く帰してほしいと、そう願いながら……。  こうして優しい気持ちにさせてくれた後、ひとりになるのはすごく心細い。すごく悲しい。 (だから早く、僕を家に帰して……)  そう願っていると、紅さんは満面の笑みを浮かべながら口を開いた。 「そう……なんて、言うと思うかい?」 (――えっ?)  直後、僕の笑顔は崩れてしまった。たぶん、口は逆三角形になっているんじゃないかな。それくらい、紅さんの言葉は、僕にとって予想外だった。 「そうだね。もし、比良くんが誰かしらに大切にされているなら、君は悪霊には目をつけられていないんだ」

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