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悲しみと苦しみと。(9)
きっと紅さんは、霊媒師さんみたいな力があるから、今までも僕みたいな人間をたくさん見てきたんだろう。
だから汚い僕でもこんなふうに優しく接してくれるんだ。
「涙と汗でびしょびしょだ」
紅さんがそう言ったのは、僕がひとしきり泣いたあと――。
「ご、ごめんなさい……」
泣きすぎて、紅さんのシャツが僕の涙でびしょびしょだ。皺ひとつない綺麗だった茶色いシャツは、胸のあたりがぐっしょりと濡れている。
「いいよ、気にしなくても。とはいえ、このままご飯というのも、居心地が悪いね……」
「お風呂、入ろうか……」
思わぬ紅さんのひと言。
そこで恐ろしいことが発覚した。
恐ろしいことっていうのは……つまり……。父が亡くなってから、僕はお風呂に入っていなかったんだ。
(それって、それって、とっても大変だ。きっと、僕からは恐ろしいほどの異臭が漂っているに違いない!!)
「ご、ごめんなさい!!」
僕は慌てて、紅さんの背中にまわした両手を離す。広い胸板を押しのけた。
「どうしたの?」
紅さんは慌てふためく僕の姿を見て、眉間に皺を寄せている。
ああ、僕ってば本当に最低だ。
今の今まで、自分の状態を把握していなかったなんて!!
常識的なことも何も考えていなかった。
「臭いですよね。ごめんなさい!!」
「比良くん?」
(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)
頭の中は真っ白で、そればっかりだ。
お風呂にさえ入っていない、不潔な僕。それなのに、紅さんは両手を外してくれなくて、いまだに僕は彼の腕の中にいる。
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