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悲しくて苦しくて。(10)

 異臭を漂わせているのに、紅さんはそうやって優しく包み込んでくれる。今日、初めて会ったとは考えられないほど優しく……。 「ごめんなさい。父さんが亡くなってから……お風呂入っていなくて……どれくらい経ったのかはわからないけれど、たぶん三日くらいは経っているハズなんです……」  最後の方は、もうあまりにも惨めすぎて消え入りそうな声になっていた。 (ああ、もう、最悪だ。この世界から消えてしまいたい)  それなのに、僕の頭上から聞こえた声はとても優しくてあたたかだった。 「そうなの? そんなふうには見えないし、異臭もしないよ? 君の香りは、とても甘い……」  紅さんがそう言った瞬間だった。 「ひゃんっ!!」  僕の口からヘンな声が出た。それは紅さんが僕の首筋に鼻を擦り寄せてきたからだ。 「ダメっ!! きたないからっ!!」  僕は慌てて紅さんの両肩に手を置いて、距離を置こうとした。だけど――ダメ。僕の力じゃ、紅さんはビクともしない。  それどころか首筋に鼻を近づけてクンクンと嗅いでくるわけで……。 (もう、いやだ……僕、汚いのに……)  惨めすぎて泣きたくなる。だけどそれだけじゃない。  紅さんと至近距離になると、薔薇の香りがより強く匂ってきた。  そうすると、頭がボーッとして何も考えられなくなってしまう。 「……くれないさん……」  ふにゃりと、身体の力が抜けていく……。 「君の匂いは……優しいね。雨の……甘い匂いだ」 (雨の……匂い……?)

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