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優しいひと。(4)

 バクバク煩い心臓に混ざって聞こえる、紅さんの声。だけど紅さんが何を話しているかなんて心臓がドキドキしっぱなしで理解できない。危うく聞き逃してしまいそうになった。 「えっ?」  紅さんは今、傍にいると言っていなかった?  紅さんの……? 「うん? わたしが君を見殺しにする(はず)がないだろう? 君は、わたしといれば安全だ。これから共に暮らそうね」  当然のことのように微笑んだ。  それはあまりの優しい笑顔。  見惚れてしまって何も言えなくなる。  そのまま黙っていると、紺色の暖簾(のれん)をくぐり抜け、リビングに辿り着いた。  十帖くらいある広いリビングも寝室と同じクリーム色でローテーブルと二人掛けの薄い桃色のソファーが向かい合わせで配置されてある。  ……ストン。  柔らかい感触のソファーに下ろさたかと思うと、紅さんは僕の隣からいなくなった。  ――かと思えば、水が入ったグラスをふたつ持ってきて僕の隣に座る。 「はい。ゆっくり飲むといいよ」  紅さんはそう言うと、僕にストローが入った方のグラスを手渡してくれた。  僕はひとつ頷くと、グラスに口をつけて水を飲む。  ――だけど……。 「げほっ!!」  久しぶりすぎた水は僕の喉を通らない。  せっかく綺麗に着せてくれた真っ白な着物を、濡らしてしまった。 「げほっ、げほ、げほっ!!」  ……息が、できない。  苦しくって、苦しくって……。  呼吸することさえ困難になる。

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