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優しいひと。(5)
水さえも飲むことのできなくなった僕の身体――。
人間として当たり前の機能を失ってしまった身体――。
やっぱり僕は、醜い存在なんだって実感させられる。
目から溢れる涙は、やるせない思いと、情けない思いだけ。
もう……イヤだ。
「げほっ、げほ、げほっ!!」
大声で泣きたいのに泣けない苦しさ……。
僕はまた、苦しくて悲しい感情に苛まれる。
その時だった。
「比良……大丈夫だよ」
あたたかな手が、丸まった僕の背中を撫でてくれる。
むせる僕を宥(なだ)めてくれる紅さんの優しさに……別の涙が流れはじめる。
「くれな……げほっ」
ありがとうって言いたいのに言えない苦しさ。
僕は……なんて愚かな人間なんだろう。
「いいよ、比良。あまり気にしないで、大丈夫、大丈夫」
「ふぇ……げほっつ、げほ!!」
紅さんは何度も何度も優しい言葉をかけてくれる。
だから僕の涙はいよいよ止まらなくなった。
僕の背中を撫でていた大きな手が肩に移動する。
僕の身体が、紅さんの方へと傾く……。
あたたかな体温が僕を包んでくれたんだ。
僕の中にあった情けない気持ちが少しずつ消えていく……。
やがて咳も落ち着いてくると、僕の背中を撫でてくれている手とは反対側の手が、テーブルに置いてあるグラスへと伸びた。
紅さんが水を飲む姿はすごく美味しそうで、思わず喉を鳴らしてしまう。
でも、僕には水を飲む資格すらもたない。
胸が苦しい。
痛いよ……。
たまらなくなって、また涙が溢れてくる。
視界がぐにゃりと歪んでいく……。
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