81 / 253
戸惑い。(4)
さっきまで何が悲しくて泣いていたのかとか、それさえも忘れてしまうような強い薔薇の香り……。
「……くれないさん……」
「比良、雨の甘い香りといい……。なぜ君は、わたしを魅了していくのだろうか……」
「んっ、ひゃん……」
僕の耳元で、そっと囁 かれ、紅さんの甘い吐息が耳孔に入る。
おかげでヘンな声を出してしまう。
「比良…………」
僕の背中にあった片方の腕がゆっくりと上がってきて……うなじを撫でた。
「っん……ふっ……」
まるで愛でも告げられているような仕草に、胸の奥がぎゅうっと苦しくなるし、みぞおちが疼く。
紅さんの親指が僕のうなじで円を描き、クリクリと撫でる。
「ん……ぁ……」
(こそばゆい)
紅さんの背中にまわした腕に、力が入った。
(とてもあたたかい)
それなのに、落ち着かない。
辛くないのに、胸が締めつけられて苦しい。
だけど……とても心地いい。
まるで、僕を全部受け止めてくれているような錯覚に陥ってしまう。
「比良、何か飲もうか……」
いったいどれくらい、そうやっていただろう。
今まで、僕を抱きしめてくれていた紅さんが、動いた。
紅さんの視線が上にあるのを感じ、僕も視線をたどって、同じ方向を見れば、白い目覚まし時計が午前10時を指していた。
そうしたら、目覚まし時計を見るなり僕のお腹がぎゅるるって、鳴った。
「……っつぅ……」
(……恥ずかしい)
あまりの恥ずかしさに俯 いたら、紅さんが微笑むような、そんな息を耳に感じた。
ともだちにシェアしよう!