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戸惑い。(5)
「ご飯、あれから食べられなかったものね。お腹、空くよね、ごめんね」
『ごめん』だなんて、紅さんは悪くない。
悪くないよ。
僕の身体が食べることさえも、飲むことさえも拒絶した。
悪いのは、この僕だ。
それなのに、紅さんはそうやって謝る。
「僕、ご飯……あっても、きっと食べられないから……。昨日は、お水、飲ませてくださって、ありがとうございます」
そうだ。
お水が飲めたことだけでも、ありがたいことなんだ。
お腹が鳴って恥ずかしいけれど、僕は感謝を込めて紅さんに微笑んで見せた。
それなのに……。
いったい、どうしたんだろう。
さっきまでの優しい笑顔は消えてしまった。
紅さんは悲しそうに、眉尻を下げている。
僕が食べられないことを、自分の所為 だと責めているような、そんな感じ。
だけど、違う。
僕が汚いから仕方がないことなんだ。
だからこれは、紅さんの所為じゃない。
「比良、少し待っていて。いい方法を思いついたよ」
紅さんは何かを思いついたかのようにそう言うと、ひとつウインクをして、ベッドから抜け出た。
紅さんが部屋から出て行くと、部屋の中はすぐにシン、と静まり返ってしまう。
そうすると、何とも言えない孤独感がまた僕を襲うんだ。
でも、今はひとりじゃない。
違う。
自分にそう言い聞かせ、手を伸ばす。
そこはさっきまで紅さんがいたところ。
まだ紅さんのぬくもりが感じられる。
……紅さん。
「……んっ」
ぬくもりに顔をうずめ、そっと息を吸い込めば、薔薇の香りが僕の鼻孔をくすぐった。
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