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戸惑い。(7)
僕は、紅さんに怪しまれないようにするので精いっぱいだ。
頭をブンブン横に振って、何もないと意思表示する。
そんな僕を見て、クスリとひとつ笑った紅さんはまた口をひらいた。
「まさか、こんなところでわたしの腕が試されるとは思わなかった……」
ニッコリ微笑むと、グラスを目の前に掲げた。
紅さんが手にしていたのは……濁った、白い色の水が入ったグラスだ。
濁った水は、いったい何だろう?
(紅さんの腕が試される?)
言っている意味がよくわからなくて首を傾げると、「コレ、きっと美味しいよ」と話しかけてきた。
掲げられたグラスを両手に取り、匂いを嗅げば……。
甘酸っぱい匂いがした。
(この匂いは……リンゴ……かな?)
「リンゴ、ジュース?」
首を傾げて尋ねてみると、紅さんはゆっくりうなずいた。
そして僕の手からグラスを受け取った紅さんは、もう片方の空いている手で僕の背中をそっと抱き寄せた。
紅さん自らがグラスに口をつける。
また……。
そうやって、紅さんは僕に口移しで飲ませてくれるんだ。
僕が自分で飲むと、また咽 せてしまって飲めなくなるから……。
紅さんの優しい心遣いに、胸の奥がジンってした。
目頭が熱くなって、涙目になってしまう。
僕は本当に情緒不安定なんだ。
『ありがとうございます』
紅さんに心の中でお礼を言って、首の根元を支えてくれる指に従って、口を開けた。
紅さんの弾力のある唇が僕の口と重なる。
喉に向かってゆっくりと流れ込んでくるのは、甘い味の水。
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