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いつもとは違う日常。(3)
そう思うのに……。
いざ、紅さんから離れる時のことを考えてしまうと、胸がぎゅっと締めつけられる。
悲しくなるのは父以外に僕を受け入れてくれる人がいなかったからだ。
「比良はリンゴジュースかな?」
紅さんに続いて紺色の暖簾 をくぐる。
すると僕の返事を待たなくても紅さんはすぐにリンゴを取り出しミキサーを用意する。
僕が頷かなくても、こうやってリンゴジュースの用意をしてくれるのは、もう、ほとんどそれが日課になっているからだ。
僕は甘くて少し酸味がある、紅さんが作ってくれるリンゴジュースにすっかりハマってしまったんだ。
「ありがとうございます」
ひと言、紅さんにお礼を言うと、僕の身長と同じくらいの高さの棚から食パンを取り出した。
紅さんが僕のお気に入りのジュースを作ってくれるのが日課なら僕の日課はふたり分の食パンをトースターに入れて焼くのが日課だ。
「比良、わたしは今夜から仕事に行こうと思う」
紅さんは手にしていたコーヒーカップに口をつけ、リビングにある木目のテーブルにコトリと置くとそう言った。
目の前にはサラダとゆで卵が盛られたお皿……それにキツネ色をした焼きたての食パンが乗っている。
「はい」
本当は寂しいけれど、そんなことを言っちゃいけない。
だから、ニッコリ笑って返事をした。
「ここには結界を張ったし、わたしがいなくても、霊体に襲われる心配はないと思うけれどね。寝ている間はそうはいかないだろう? 夢の中で、パラレルワールドへ行っても問題ないよう、知り合いを呼んだから、何も心配しなくていい」
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