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彼が優しい理由。(1)

「誰だ!!」  意識を霊体に乗っ取られた男の人がそう言った直後、骨が軋(きし)む音と、何かにぶつかる大きな物音が静かな公園内に響いた。  それと同時に僕の身体が軽くなり、ふんわりとした柔らかな布に包まれる。周囲には、甘い薔薇の香りが漂う……。  僕に布をかけてくれた人が誰かなんて、見なくてもわかる。  (くれない)さんだ。  彼は映画館から遠く離れているだろう、こんな薄気味悪いところまで、僕を追いかけてくれたんだ。  紅さんはどうしてこんなに優しいんだろう。 「くれないさっ……ふぅ……くれないさ……」  涙で歪む視界のまま、目の前にいる紅さんを見上げる。  紅さんに自由にしてもらった腕を伸ばし、優しい紅さんの服をギュッと掴んだ。 「比良(ひら)、怖かったね。もう大丈夫だよ。アレは、わたしが退治するからね……」 「ふぇ…………」  大きな掌が、僕の頭を撫でてくれる。  もう、紅さんから逃げる気力はない。  そのあたたかな存在に寄り添い、僕は泣いてしまう。 「貴様……よくも……よくもこの俺様を弾き飛ばしてくれたなっ!!」  何重にも重なった低い声はもうすでに人間のものではない。  僕と紅さんがいる少し前でさっき僕のすべてを奪おうとしていた男の人が、地面からゆっくり起き上がった。  空気がビリビリと振動している。  霊体が、怒っているんだ。  ――怖い。  今まで、こんな状況を経験したことがなかったから、とても怖い。  僕は紅さんの背中に腕を回し、しがみ付いた。

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