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彼が優しい理由。(11)
拒絶する僕とは裏腹に、蜘蛛は糸を進ませ、ぐりぐりと僕のお腹の中を這う。
「やぁ、やああああっ!!」
お腹が壊れてしまう。
苦しい……とても辛い。
助けて……。
僕の目に溜まっていた涙が散っていく。
「わたしの美しい比良を……これ以上穢 すな……」
その声はとても低くて……とても強い声。
その声が聞こえたと思ったら、暗闇の中で宙を浮く僕の目の中に、目映いばかりの真紅の光が入ってきた。
……何かが焼け焦げるような、ツンとした匂いが僕の鼻をかすめる。
目をこじ開け、見ると、周囲に張り巡らされていた蜘蛛の糸が散り散りになって、灰と化している……。
(な……に?)
涙で歪みきった虚ろな目で灰と化していく蜘蛛の糸を見つめていると、お腹の中を這い回っていた糸と、身体を縛っていた糸も、灰になって消えていくのが見えた。
糸に固定され、宙に浮いていた僕の身体は傾き、地面へと落下する。
(落ちる!)
地面に叩きつけられる。そう思った瞬間――……。
ふわり。
僕の身体は痛みを訴えることなく、力強い腕に支えられた。
見上げると、そこには紅さんがいた。
だけど、いつも穏やかな微笑みを浮かべた紅さんの表情はどこにも見当たらない。
眉尻を上げ、唇をへの字に曲げた顔があった……。
怒っているんだ。
紅さんが僕のために戦っているのに、僕は快楽に身を寄せ、喘いでいたから……。
僕が汚いから、紅さんが怒っているんだ……。
もう完全に嫌われた……。
――ああ、でも嫌われたっていうのも違うかもしれない。
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