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彼が優しい理由。(13)

 それなのに、覆い被さってくる蜘蛛は怯むどころか、そのまま何事もなかったかのように薄気味悪い笑い声を上げながら速度を落とすことなく、僕たちがいるところへと落下してくる。 「比良、しっかり掴まっていて……」  紅さんの言葉に、僕は紅さんの首に両腕を巻きつけた。  するとほぼ同時――。  大きな音とものすごい風が僕の耳を襲う。  たまらず目を閉ざして紅さんにしがみ付く。 「上手い事、回避したな……」  感嘆の声を上げた蜘蛛の声を合図にして閉じた目をゆっくり開けると、僕の斜め前には傷ひとつ負っていない、巨大な蜘蛛の姿があった。  それは紅さんが蜘蛛からの攻撃を回避した証拠でもあった。  だけど、紅さんがあれだけ攻撃しても蜘蛛の身体に擦り傷ひとつもつけられないなんて……。  僕がそう思っていると、蜘蛛は僕が思っていることを知っているかのようにぐにゃりと襞を曲げた。 「そこの坊やが俺に力を与えてくれたおかげで、装甲が硬くなったよ……感謝しなくちゃな……」  蜘蛛の身体に貼りついている6個の目が、嬉しそうに笑う。 (――えっ?)  僕の……おかげ?  それって……。  蜘蛛の言った意味が理解できず、頭上にいる紅さんと、蜘蛛を交互に見る。 「俺は色欲で引きつけられた霊だ。坊やの放った蜜は俺の糧になる。ご親切にありがとうよ、坊や」  困惑気味の僕に、蜘蛛は僕残酷な事実を突きつけてくる。 (それってつまり……)  僕が、蜘蛛の手助けをしたっていうこと?  それじゃあ、紅さんは今とても不利な状況なの?  僕は、大好きな人を殺す手助けをしているっていうこと? (……そんな……)

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