148 / 253

彼が優しい理由。(16)

「紅さんっ!!」  身体が数メートルほど飛ばされる。 『べしゃり』と音を立て、地面に打ち付けられた。 「あうっ!!」  激痛が僕の身体を襲う。  地面に這いつくばっていた身体をゆっくり起こす。 「紅……さ、ん!?」  腰を上げて、さっき僕がいた場所を見ると、そこには――……。  ちょうど巨大な蜘蛛が紅さんへと圧し掛かかる場面だった。  大きな爆風と一緒に、砂埃が公園のすべてを覆う。  うそ……。  うそだ。 「ふっ……あははははは!! 人間を庇った愚かな人外を(ほふ)ってやったわ!!」  蜘蛛の笑い声が僕の平衡(へいこう)感覚を狂わせる。  うそ、そんなの。  いやだ。 「紅さんっ。いやあああああああああっ!!」  僕の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。  もう、何も目にすることはできなかった。 「さて、お前の魂をいただこうか……」  僕の近くで、蜘蛛の声が聞こえた。  だから蜘蛛は僕のすぐ傍にいるんだと理解できる。  だけど……死ぬのはもう、怖くはない。  僕の胸を覆っているのは、紅さんを失ってしまったという悲しみ……ただ、それだけ……。 「なぁに、痛みはほんの一瞬だ。俺にたてついた、あの愚かな人外の元へ、すぐに送ってやるよ。おっと、魂をいただくから、結局は人外の傍にも逝けないか……」  恐ろしく頑丈な蜘蛛の身体を支えている触手の数十本あるうち、二本が僕の項垂れる身体を取り押さえる。  新たな一本の触手が、僕の魂が埋め込まれている、みぞおちへと狙いを定めた。  僕の全身に悪寒が走る。 「っ……」

ともだちにシェアしよう!