149 / 253

彼が優しい理由。(17)

 身を切り裂く、醜い音が僕の耳を襲う。やがてやってくるだろう激痛に堪えるため、零れ落ちる涙を抱えたまま、強く目を閉じた。それとほぼ同時――。  大きな何かが崩れ落ちるような音が聞こた。  蜘蛛の鋭い触手が僕のお腹を貫いたという痛みは……やってこない。  えっ?  どういうこと?  閉ざした目を、そっと開けると、そこには――……。 「ばか……な」  黒い物体が、地面に倒れていた。  目の前で起こっていることが知りたくて、涙で溢れた目をごしごし(ぬぐ)う。  視界に映ったのは蜘蛛の6個あるうちの、ひとつの目が緑色の血を流している姿――。  その上では、紅さんが立っていた……。  紅さんはたしかに、蜘蛛に踏みつぶされた。  それなのに、今、彼は蜘蛛の上に颯爽(さっそう)と立っている。 「何故だ……俺はたしかに……」  蜘蛛が発するその声は荒く、かなりの致命傷を受けている。  対する紅さんは、蜘蛛に踏みつぶされたのに息も上がっていない。  彼は淡々とした口調で話していく……。 「光の屈折で蜃気楼をつくり出した。お前がわたしだと思い、踏みつぶしたのは、ただの木の破片だよ……」  光の……屈折? (あ……) 「紅さんの霊気……。赤い宝石みたいな霊気が光の屈折をつくり出したの?」  それじゃあ、今まで蜘蛛の装甲に攻撃していた霊気は、この攻撃に繋げるための手段だったっていうこと……?  あらためて周りを見ると、周囲にはまだ光り輝く紅さんの霊気が、まるで火の粉のように散りばめられていた。

ともだちにシェアしよう!